第十一話:女達の本音
あの場は一度解散となり。
夕食を終えた後、あかやし達とセリーヌは、六人だけで屋敷の大浴場で湯船に浸かっていた。
「んー! やっぱり風呂は最高だぜ! な?
「うん。お風呂っていいよね」
「いつも思うけどさー。雪女がお風呂好きって、ちょっと面白いよねー」
「うん。これもお兄ちゃんのお陰」
並んで湯船に浸かる、六花、メリー、
その脇で一人、緊張した面持ちで座っているセリーヌに対し、向かい合うように湯船の淵に腰掛けた玉藻と、仮面を外した鴉丸が座っている。
ちなみに、鴉丸もまた名前に似合わず、れっきとした女である。
普段は仮面をし顔が見えないこと。また、さらしを巻き隠された胸や、女にしては低い声もあり男と勘違いされやすいが、本人はそれを気にも留めていない。
彼女達をちらちらと見ながらも、セリーヌは何も言えずに俯いていた。
なにしろ、彼女達が神也と共に旅立てるかの鍵を握っているにも関わらず、共に風呂に誘われ、ここに来て体を洗い終え今に至るまで、それらしい話をまったくされなかったからだ。
あやかし達は彼女がいても変わらない、ある意味普段通りの会話。
それが別な意味で不安を掻き立てる。
──
不安になりながら、彼女はちらりとあやかし達を見る。
湯けむりの中に見える、彼女達の裸体。
──皆様……やはり、人外のお美しさをお持ちですよね……。
改めてそれを見ながら頭に浮かんだのは、そんな素直な感想だった。
五人とも、それぞれに色白で綺麗。
幼い外見の
玉藻に至っては、巨乳なのも相成り、怪しく妖艶な女性らしさをひしひしと感じさせる。
「どうじゃ。
「は、はい……」
視線を感じた玉藻がにんまりと笑うと、彼女に見惚れていた事に気付いたセリーヌは、顔を真っ赤にし恥ずかしそうに俯いてしまう。
「そういう
自慢の時と違う、一段階低くなった玉藻の声に、セリーヌははっとした。
「あ、はい。その、こちらは──」
「神也のお陰、じゃろ?」
「……は、はい」
そう。セリーヌの肌は、以前からこのように、傷一つない麗しい肌だったわけではない。
国を失いここに住むようになってから、姫という立場など関係なく、皆とともに畑を耕し、食事を作り、一人の街人として暮らしてきた。
そのため、彼女の身体には、まるで使用人と変わらぬ傷や手荒れがあったのだが。あの日、神也の救いの
女であれば喜ばしい事なのかもしれない。だが、セリーヌの心はそうならなかった。
あの日、彼はその力を駆使したせいで、代わりに苦しむ事になったのだから。
と。彼女はふと、あることに気づく。
「もしや、皆様のお身体も?」
「うむ。我等は皆、若に助けられたからこそ、傷すらもなくなった」
「昔の
「あー。わかるわかる。ま、あたしの場合は逆だけどさ」
少し遠い目をした玉藻の脇に、にゅるっと首を伸ばし、顔だけ並べた六花が会話に交じる。
「殴り合いの喧嘩なんて、怪我の代名詞。傷ひとつでどうこう言いはしなかった。けど、神也に助けられてからは、この身体に傷一つ付けられないくらい強くならなきゃ、なんて思っちまった」
「
「お兄ちゃん、私達の事を沢山心配してくれるもんね」
「そうそう! ダーリンのそういう所、大好き! だからこそあたし達は、ダーリンが苦しむのを見たくないの」
さっきまでの楽しげば雰囲気から一変し、話に加わったメリーや
その変化に、セリーヌも釣られて表情を引き締め気構える。
「さて。では、そろそろ本題といくかのう」
ふぅっとゆっくり息を吐いた玉藻は、どこか人らしからぬ怪しげな瞳をセリーヌに向ける。
「セリーヌよ。
「……え!? あの! それは……その……」
唐突な質問。
勿論それは正解なのだが。あまりに直球過ぎる問いに動揺を隠せず、顔を真っ赤にしまた俯いてしまう。
「セリーヌちゃんって真面目だから、そういうの隠せないよねー」
「うん。バレバレだよね」
自身より幼く見えるメリーと
彼女が助けをすがるように玉藻の方を見る。と、彼女から意外な反応が返ってきた。
「その想いは構わん。
静かに、諭すように話す彼女に、普段通りの飄々さはない。
先ほどの質問とのギャップに未だ戸惑いながら、セリーヌは再び顔を上げた。
「セリーヌよ。
「……え? 命を?」
「そうじゃ」
突如口にされた重い言葉に頭がついてこず、呆然と問い返してしまった彼女に、玉藻はこくりと頷く。
「神也の言っておった通り、
「我等の使命は、若を御守りし、若の願いを叶える事。もしセリーヌ殿が、我等と共に参りたいというのなら、同じだけの覚悟を持てねば認められん」
「セリーヌ。あんたはドルディマンから解放されて、晴れて自由の身となったんだ。この先ここで、平穏に暮らす事だってできる。あたし達に付いてくるって事は、それを捨てるって事だ。確かに、愛する奴を追う事は、悪いわけじゃない。だけど、あんたは出逢ってたった一ヶ月の男の為に、命を懸けなきゃならないんだ。そこまでの気持ち、持てるかい?」
玉藻、鴉丸、六花。
三人の言葉の重み。それをセリーヌは痛いほど感じる。
自身も覚悟はしていた。
平穏な日々を捨て、冒険者になるというのは危険であると。
ただ、より強い力を持つあやかし達の言葉を覚悟を聞き、自分はまだまだ考え方が甘かったのだと感じる。
──
静かに目を閉じ、呼吸を整える。
共に行くのか。諦めるのか。
心に生まれた葛藤。
だが、それも一瞬だった。
瞼を開け、凛とした顔をしたセリーヌは、静かにこう言い切った。
「
その答えを聞いても玉藻と鴉丸、
「勇者の末裔とはいえ、
「だめだめー!」
偽りなく、真剣に語っていたセリーヌ。だが、そんな宣言に割って入ったのはメリーだ。
セリーヌが少し驚いた顔をすると、メリーは立ち上がって両手を腰に当て、ふてくされた顔のまま素肌を隠そうともせず、ちっちっと指を振る。
「そんな事したら、ダーリンが悲しむじゃん! だから、命は大事にする事!」
「え? ですが、先程命を懸けろと……」
「あれは例え話じゃ。
またも戸惑いを見せたセリーヌに、玉藻がやっと普段通りの笑みを見せる。
「よいか?
「生きる事……」
「うん。お兄ちゃん、私達の誰かが死んじゃったら、絶対悲しむでしょ? それは駄目」
「そういう事。勿論あたし達だって、命を懸けるくらいの覚悟はしてるさ。だからって、死んじゃ元も子もないんだよ」
「我等はできる限り若と共にある。でなければ、若の願いに応えられんし、若を哀しませる。セリーヌ殿。それを重々心得よ」
「そういう事。わかった?」
「あ、あの。ということは……」
もしや。
そんな気持ちでおずおずと尋ねた彼女に、あやかし達は一旦お互いの顔を見た後、セリーヌに頷いた。
「前にも話したが、
「こちら側……」
「そう。ダーリンに助けられて、ダーリンに力をもらって、ダーリンに恋しちゃったんだもん。あやかしじゃないけどこっち側だよねー」
「でも、お兄ちゃんの独り占めはだめだよ」
「そういう事。ま、あたし達もたまには二人っきりの時間とかもらうけど、抜け駆けはなし」
「ま、鴉丸のように、堅物を装う手もあるがのう。のう?」
「ふ、ふん! 若を御守りするのが我が使命。そ、それ以上の事はない!」
「そう言ってさー。いっつも寝る時べったりじゃん。ね?
「うん。鴉丸はべったりしてる」
「う、五月蝿い!」
逆上せたわけでもないのに、顔を真っ赤にし動揺する鴉丸に、あの
あまりに話が急に進んだせいで、認められた実感のないセリーヌ。
ただ、緊張を煽っていた先程までとは打って変わったあやかし達のやり取りに、彼女も微笑ましくなり、くすりと笑ってみせたのだった。
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