第十話:わがまま

「え!?」

「な、何ですと!?」


 セリーヌの言葉に、神也以上に驚きの声をあげたのはゼネガルドだった。

 ザナークもまた、目を皿のように見開き驚愕する。


「ひ、姫! それはなりません!」

「そうです! 冒険者とは危険と隣り合わせ。旅行するのとは違うのですぞ!」

「わかっております」


 生まれてから、長らく自身を支えてくれた二人の家臣の言葉に、セリーヌの心が強く痛む。だが、彼女は己を曲げなかった。


「……わたくしは勇者の末裔ながら、まだまだ未熟でございます。そんなわたくしの成長の為、シンヤ様と共に参らせてください。わたくしを護衛いただける代わりに、支援させていただけば、対価としては十分──」

「だ、駄目です!」


 セリーヌに対し、慌てて神也が戸惑いながらも声を上げる。


「僕に助けを求めている人が誰なのかもわかっていなければ、その先にどれだけの危険があるかもわからないんですよ!?」

「はい。それは十分承知しております」


 彼の危惧など関係なし、と言わんばかりに、凛とした態度を崩さなかった彼女だったが、ふぅっと息を吐くと、少しだけ表情に影を落とし、目を伏せる。


「……わたくしは、ずっと後悔しておりました。幼かったとはいえ、故郷を救う事ができなかった。共にここまで逃げながら、救ってやれなかった者達がいた。そして……先のドルディマン伯爵の一件もそう。自らに少しでも力があれば。そう思わない日はございませんでした」


 そこまで語ったセリーヌは、ゆっくりと顔を上げる。決意を表に出して。


「ですが、今は違うのです。シンヤ様のお陰で、多少なりとも勇者の末裔としての力を使えるようになりました。だからこそ、わたくしは少しでも成長し、皆様のお役に立ちたいのです。これがわたくしのわがままであることは、重々承知しております。ですが、どうか受け入れてはいただけませんでしょうか? お願いいたします」


 その場で深々とお辞儀する彼女に、神也は返す言葉を失った。


 神職としての戦いのほとんどを、鴉丸をはじめとしたあやかし達に頼らざるを得なかった神也。

 今でもそんな鬱々とした気持ちを持っているからこそ、セリーヌの気持ちは痛いほどわかる。


 だが、戦いとは危険と隣り合わせ。

 特に、直接経験したわけではないものの、冒険者という職業がどれだけ危険かを理解している彼だからこそ、簡単に承諾できないのも事実だ。


  ──僕は、どうすればいいんだろう?


 セリーヌの事を下手に気遣うからこそ生まれた苦悩に、彼は俯きぐっと奥歯を噛む。

 そんな中、突然ゼネガルドがそう言って深々を頭を下げた。


「……シンヤ殿。どうか姫様のお話を聞き入れてはいただけませぬか?」

「ゼネガルド様!?」


 予想外の決断に、ザナークが驚愕の声を上げる。が、ゼネガルドは揺らぎはしない。


わたくしは見て参りました。気丈に振舞われておる姫様が、裏でずっと苦しんでおられるのを。そこに光をもたらしてくださったシンヤ様とアヤカシの皆様となら、姫様も心から笑顔となれる日が訪れるはず。ですから、何卒……」


 神妙に語られる彼の願いに、神也は素直に答えを返せない。

 そのせいで部屋には沈黙が流れ、重苦しい雰囲気に包まれる。


 そんな中、鴉丸の視線を感じた玉藻は、目を合わせ小さく頷くと。


「神也よ。ちとよいか?」


 空気を読まない普段通りの声で、神也に話しかけた。

 ゆっくりと向き直った彼に、彼女は飄々とした態度で笑う。


「この件、妾達わらわたちに預けぬか?」

「え? どういう事?」

「単純じゃ。其方そなたは優しすぎる。じゃからこそ、判断に迷うのもやむなし。とはいえ、このまま平行線では埒はあかぬ。であれば、共に旅をするやもしれん、妾達わらわたちと話すのも一つの手じゃろ。神也が良しとしても、妾達わらわたちが納得できるかは別じゃしのう」


 どこか楽しげな笑みは、この状況に似つかわしくはない。

 ゆっくりと頭を上げたセリーヌやゼネガルドも。それこそ提案された神也すらも、はっきりと困惑を顔に出す。


「それって、決断はみんながするって事?」

「そういう事じゃ」

「若。敢えて申しあげますが、若は今、セリーヌ殿を危険に晒す不安と、あの者の想いを叶えてやりたい優しさ。そんな二つの気持ちの中で揺れ動いておりますな?」

「あ、う、うん……」


 図星。

 といっても、鴉丸が心の内を読む事を知る神也だからこそ、そこに驚きはしない。

 ただ、普段の鴉丸であれば、そういった所にまで踏み込まず沈黙を通す。だからこそ、珍しくはっきりと明言されたことには驚き、戸惑いを見せた。


 そんな彼の戸惑いをよそに、急にあやかし達が盛り上がり始める。


「ま、確かに玉藻の言うとおりだね。あたし達だって一緒に旅をするんだ。セリーヌに色々と聞いておかないといけないしね」

「そうかな?」

「そうだよー。せつだって、ダーリンと寝る時の場所、取られたら嫌じゃん?」

「うん。それはやだ」

「ね、寝る場所?」


 メリーとせつの予想しなかった会話に、ゼネガルドとザナークが戸惑い思わずセリーヌを見る。

 話を聞いていた彼女は、以前覗き見てしまったあの日の光景を思い出し、一気に顔を真っ赤にする。


「あ、あの! わ、わたくしは別の部屋で休ませていただきますので。そ、そこは問題ございません!」

「セリーヌちゃん駄目だってー。何かあったら、すぐダーリンを護れないといけないんだよ?」

「うん。でも、お兄ちゃんの隣はあげないよ?」


 若き美少女と無表情な幼女。そう見える二人が当たり前のように寝床について話す状況に、口を開けたまま唖然とするゼネガルドとザナーク。

 真っ赤になったままセリーヌも固まっていると、その初々しい光景にくすくすと笑い出す六花。


 唯一、この辺の感情に疎い神也だけが、首を傾げる中。


「まあよい。神也よ。此度こたびの話は妾達わらわたちに任せよ。よいな?」


 と、にやにやしながら合意を取り付けようとする。


  ──僕なんかより、みんなのほうが護る相手が増えるんだ。だからセリーヌさんを受け入れるにしても、納得したいんだよね……。


 皆の想いとは裏腹に、一人真面目に状況を整理した神也は。


「うん。わかった。みんなに任せるよ」


 と口にし、しっかり頷いた。

 それに玉藻が納得し頷くと、パンッと一本柏手を打つ。


 乾いた音にはっとして、我に返るセリーヌ達。

 そんな中、玉藻は再びセリーヌに顔を向ける。 


「そうとなれば話は決まりじゃ。セリーヌよ。夜、夕食後に少々時間をもらうぞ」

「え? 夜にございますか?」

「うむ。流石に神也や其方そなたの家臣がいては、話しにくいこともあるでのう」

「は、はい。それは構いませんが。またこちらにお集まりいただく、でよろしいでしょうか?」


 会話が勝手に進んでいく感覚に戸惑いながらも、そんな確認をするセリーヌ。

 だが、彼女の心の内など関係なしに、玉藻は首を振った後、どこか意味深な笑みを浮かべると、こう口にした。


「いや。折角、赤裸々に話をするんじゃ。裸の付き合いでないとな」

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