第十話:わがまま
「え!?」
「な、何ですと!?」
セリーヌの言葉に、神也以上に驚きの声をあげたのはゼネガルドだった。
ザナークもまた、目を皿のように見開き驚愕する。
「ひ、姫! それはなりません!」
「そうです! 冒険者とは危険と隣り合わせ。旅行するのとは違うのですぞ!」
「わかっております」
生まれてから、長らく自身を支えてくれた二人の家臣の言葉に、セリーヌの心が強く痛む。だが、彼女は己を曲げなかった。
「……
「だ、駄目です!」
セリーヌに対し、慌てて神也が戸惑いながらも声を上げる。
「僕に助けを求めている人が誰なのかもわかっていなければ、その先にどれだけの危険があるかもわからないんですよ!?」
「はい。それは十分承知しております」
彼の危惧など関係なし、と言わんばかりに、凛とした態度を崩さなかった彼女だったが、ふぅっと息を吐くと、少しだけ表情に影を落とし、目を伏せる。
「……
そこまで語ったセリーヌは、ゆっくりと顔を上げる。決意を表に出して。
「ですが、今は違うのです。シンヤ様のお陰で、多少なりとも勇者の末裔としての力を使えるようになりました。だからこそ、
その場で深々とお辞儀する彼女に、神也は返す言葉を失った。
神職としての戦いのほとんどを、鴉丸をはじめとしたあやかし達に頼らざるを得なかった神也。
今でもそんな鬱々とした気持ちを持っているからこそ、セリーヌの気持ちは痛いほどわかる。
だが、戦いとは危険と隣り合わせ。
特に、直接経験したわけではないものの、冒険者という職業がどれだけ危険かを理解している彼だからこそ、簡単に承諾できないのも事実だ。
──僕は、どうすればいいんだろう?
セリーヌの事を下手に気遣うからこそ生まれた苦悩に、彼は俯きぐっと奥歯を噛む。
そんな中、突然ゼネガルドがそう言って深々を頭を下げた。
「……シンヤ殿。どうか姫様のお話を聞き入れてはいただけませぬか?」
「ゼネガルド様!?」
予想外の決断に、ザナークが驚愕の声を上げる。が、ゼネガルドは揺らぎはしない。
「
神妙に語られる彼の願いに、神也は素直に答えを返せない。
そのせいで部屋には沈黙が流れ、重苦しい雰囲気に包まれる。
そんな中、鴉丸の視線を感じた玉藻は、目を合わせ小さく頷くと。
「神也よ。ちとよいか?」
空気を読まない普段通りの声で、神也に話しかけた。
ゆっくりと向き直った彼に、彼女は飄々とした態度で笑う。
「この件、
「え? どういう事?」
「単純じゃ。
どこか楽しげな笑みは、この状況に似つかわしくはない。
ゆっくりと頭を上げたセリーヌやゼネガルドも。それこそ提案された神也すらも、はっきりと困惑を顔に出す。
「それって、決断はみんながするって事?」
「そういう事じゃ」
「若。敢えて申しあげますが、若は今、セリーヌ殿を危険に晒す不安と、あの者の想いを叶えてやりたい優しさ。そんな二つの気持ちの中で揺れ動いておりますな?」
「あ、う、うん……」
図星。
といっても、鴉丸が心の内を読む事を知る神也だからこそ、そこに驚きはしない。
ただ、普段の鴉丸であれば、そういった所にまで踏み込まず沈黙を通す。だからこそ、珍しくはっきりと明言されたことには驚き、戸惑いを見せた。
そんな彼の戸惑いをよそに、急にあやかし達が盛り上がり始める。
「ま、確かに玉藻の言うとおりだね。あたし達だって一緒に旅をするんだ。セリーヌに色々と聞いておかないといけないしね」
「そうかな?」
「そうだよー。
「うん。それはやだ」
「ね、寝る場所?」
メリーと
話を聞いていた彼女は、以前覗き見てしまったあの日の光景を思い出し、一気に顔を真っ赤にする。
「あ、あの! わ、
「セリーヌちゃん駄目だってー。何かあったら、すぐダーリンを護れないといけないんだよ?」
「うん。でも、お兄ちゃんの隣はあげないよ?」
若き美少女と無表情な幼女。そう見える二人が当たり前のように寝床について話す状況に、口を開けたまま唖然とするゼネガルドとザナーク。
真っ赤になったままセリーヌも固まっていると、その初々しい光景にくすくすと笑い出す六花。
唯一、この辺の感情に疎い神也だけが、首を傾げる中。
「まあよい。神也よ。
と、にやにやしながら合意を取り付けようとする。
──僕なんかより、みんなのほうが護る相手が増えるんだ。だからセリーヌさんを受け入れるにしても、納得したいんだよね……。
皆の想いとは裏腹に、一人真面目に状況を整理した神也は。
「うん。わかった。みんなに任せるよ」
と口にし、しっかり頷いた。
それに玉藻が納得し頷くと、パンッと一本柏手を打つ。
乾いた音にはっとして、我に返るセリーヌ達。
そんな中、玉藻は再びセリーヌに顔を向ける。
「そうとなれば話は決まりじゃ。セリーヌよ。夜、夕食後に少々時間をもらうぞ」
「え? 夜にございますか?」
「うむ。流石に神也や
「は、はい。それは構いませんが。またこちらにお集まりいただく、でよろしいでしょうか?」
会話が勝手に進んでいく感覚に戸惑いながらも、そんな確認をするセリーヌ。
だが、彼女の心の内など関係なしに、玉藻は首を振った後、どこか意味深な笑みを浮かべると、こう口にした。
「いや。折角、赤裸々に話をするんじゃ。裸の付き合いでないとな」
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