第九話:感謝の裏で

 神也の頼みで、ザナークが街の訓練場に鍛錬に出ていたあやかし達を迎えに行ってもらっている間、二人はひと足先に応接室へと足を運んだ。


 部屋に入ると、ソファーに座っていたゼネガルドと、神也にとっては見慣れない、やや小柄でふくよかな中年、バルクがその場で立ち上がり、恭しく頭を下げる。


「姫様。お久しぶりにございます」

「いえ。バルク。旅から戻ったばかりでお疲れの中、時間を取らせて申し訳ございません」

「いえ」

「二人とも、まずはお掛けください」

「はい」


 言葉に従いソファーに座ったバルク達。

 向かいのソファーにセリーヌと神也が腰を下ろす。


「それで。ドルディマン伯爵に一体、何があったというのですか?」


 真剣な表情で尋ねたセリーヌに、バルクは神妙な面持ちで話し出した。


「はい。ドルディマン伯爵が、帝都にて内乱を企てたのです」

「内乱!?」

「はい」


 バルクの言葉に、驚き神也と顔を見合わせるセリーヌ。


「それで。ドルディマン伯爵はどうなったのですか?」

「は、はい。ガラムザード城に数百の兵を率い、女帝サラディナの命を狙ったものの、騎士達に阻まれたそうです。結果、ドルディマン伯爵は戦いの最中に仲間の兵士達と共に倒されたと」

「それは何時頃のお話ですか?」

「二週間ほど前です。内乱は失敗。加担した者は全て戦いで戦死したそうです。なお、女帝サラディナも無事でしたが、心労を患い帝位を息子サーバルに譲りました」


 話に食いつき質問する彼女に対し、戸惑いつつも状況を説明したバルク。

 彼の話を聞き、目を瞠るセリーヌに対し、神也は神妙な面持ちでその話を聞いている。


「シ、シンヤ様……」


 セリーヌが驚きと戸惑いが入り交じった顔を向けると、彼は事の重大さを感じさせず小さく頷く。


「多分、これが玉藻が言っていた、皆さんが平穏を手にした理由なんだと思います」

「そう、ですか。これで、私達わたくしたちは……」

「……はい。晴れて自由ですね」


 少し声を震わせたセリーヌは、その場で両手を顔に当て、静かに涙した。


 ドルディマンを始めとした、敵対していた者の死を喜んだわけではない。

 ただ、一度は絶望の淵にあった自身や街の者が、本当にあの男から解放されたという現実を知って、自然と感極まってしまう。


「姫様……」


 ゼネガルドが優しそうな顔で彼女を見守る中。


「良かったですね」


 神也が小さく微笑み優しく声を掛けてやると、彼女は突然、ばっと彼の胸に飛び込んだ。

 目を丸くする彼に支えられながら、セリーヌは涙をそのままに、長らく伝えられなかった思いの丈を溢れさせた。


「ありがとうございます! シンヤ様達がいなければ、私達わたくしたちは今頃、どうなっていたかわかりません! 本当に、本当に! ありがとうございます!」


 人目も憚らずに泣きじゃくる彼女の想いを感じ、一度は驚き目を丸くした神也も優しい顔になり。胸に顔を埋められているのに抵抗も示さず、子供をあやすかのように背中をぽんぽんと優しく叩き、落ち着くのを待つ。


  ──シンヤ様のお陰で、本当に、自由になれたのですね……。


 彼の優しさとあの時の決断に感謝しながら、セリーヌは改めて喜びを噛みしめるのだった。


   § § § § §


 それから少しして。

 セリーヌが落ち着きを取り戻し、神也から離れ涙を拭った頃、ザナークに案内されあやかし達がやって来た。

 先にバルクに退室してもらった後、あやかし達に合わせて立ち上がった神也が、先ほど聞いた話を伝える。


「これって、玉藻がんだよね」

「……そうじゃ。すまぬ。神也には悪いと思うたが、あの者達をそのまま野放しにすれば、またセリーヌ達に危害が及ぶ恐れもある。であれば、先の戦いを知る者はすべて、生かしてはおけん」

「他にセリーヌさんを知っていそうな人は?」

「おらん。ドルディマンとその側近は、意外にも口が堅かったようじゃ。念の為、一通り彼奴等あやつらの心の内を覗き見たが、誰もこの事を口外などはしておらんかった」

「そっか」


 真剣な顔で質問を重ねる神也に答えながら、申し訳無さそうな顔をする玉藻。


「ダーリン。玉藻だってダーリンのことを想いながら、それでもみんなのために辛い決断をしたんだよ。だから、責めないであげて」


 そんな彼女を庇ったのは、意外にもメリー。

 事実を知った事で、神也は自分が堅い表情をしていたのに気づき、表情を和らげる。


「うん、わかってるよ。玉藻。ありがとう」

わたくしからも、改めて感謝の言葉を述べさせてください。皆様、本当にありがとうございます」


 彼に続き、立ち上がって頭を下げたセリーヌ。

 号泣したせいで、少し目が赤いが、どこか吹っ切れたその表情には、平穏を手にした実感がある事が伺える。

 二人からの感謝を聞いた玉藻やメリーも小さく笑顔を見せると、釣られて他のあやかし達も笑う。


「そういや神也。セリーヌにはしたのかい?」


 そんな中。ふと思い出したように、六花がそんな質問をする。


 勿論、あの話とはお金の件。

 それを聞いた神也は、先程までの笑顔から一転、少し困った顔をする。


「うん。ただ、その話をしたらセリーヌさんが、無償で支援するって……」

「ほう。若。それは願ったり叶ったりでは?」 

「いや、そう言ったって。ここのお金は街の人みんなの物。急にこんな話をされたって困るだろうし、こういう物には対価がちゃんとないと」

「ま、セリーヌの事だ。街を救った事こそ対価って思ったんだろ?」

「はい。ロッカ様の仰るとおりです。また、先程お話しきれず申し訳ございませんが、既に街の者には話をし、許可をいただいております」

「えっ? 何時そんな話をしたんですか!?」


 完全に寝耳に水だった彼の驚き。

 だが、彼女は表情を変えず、淡々と話し続ける。


「皆様が冒険者を目指すと決断された直後です」

「そんな前にですか!?」

「はい。いずれはこのようなお話が出ると思っておりましたので」


 相変わらず毅然と話すセリーヌ。

 ただ、表情に出さないものの、この先の事を想い心が強く痛む。


  ──そう。これでシンヤ様と、離れ離れになるのですよね……。


 恋い焦がれる相手との別離。

 それはやはり、彼女にとっても辛いものだった。


 そんな事など露知らず、神也達はそのまま会話を続ける。

 

「お兄ちゃん。街の人達もいいなら、いいんじゃない?」

「でも、今まで一ヶ月お世話になってるわけだし。それとこれは別じゃないと……」


 せつの言葉に、やはり渋い顔をする神也。

 この生真面目さこそ彼の良さでもあるのだが、それでは話が平行線になるのも確か。

 そして、あやかし達はやはり、こういった神也の気持ちを無下にはしたくない。


「セリーヌ殿。お気持ちは非常に有り難いのだが、若も若なりに考えておられる。できれば、何か代案をいただくことはできぬか?」


 鴉丸がそんな提案をしてみると、セリーヌは少し俯き考える。


  ──対価……代案……。


 そういった案がないわけではない。

 単純にお金を工面できるような依頼をし、仕事をしてもらうだけでも十分対価にできるだろう。

 ただ、それは彼等の旅路の始まりを、より遅くする事に他ならない。


 無論、彼女にはそれにより得られる物もある。

 それは、神也と共にいられる時間。街に長く滞在してもらえれば、それだけ共にいることもできる。

 正直、彼女にとってそれは、とても魅力的なもの。だが、自身のわがままで神也達の足止めはしたくないとも思っていた。


  ──シンヤ様と、共にいる時間……。


 ……それは、慈愛の女神からの天啓だったのだろうか。

 ゆっくりと立ち上がったセリーヌは、心にある決意を固め、改めて神也に向き直る。


「……でしたら、ひとつお願いがございます」

「何ですか?」


 彼も改めて真剣な顔で彼女に正対すると、彼女は少しだけ目を閉じ大きく息を吐いた後、神也をじっと見つめ、こう口にした。


「……どうかわたくしも、旅にご同行させてください」

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