第八話:納得できない二人

「……え?」


 セリーヌは短い声を漏らすと、思わず呆気にとられる。

 それは、まったく予想だにしていなかった言葉だったからだ。


「あの、みんなと昨日話をして、僕達もそろそろ、冒険者となる為に旅立とうかって話になったんです。ただ、今ってセリーヌさんや街の方々にお世話になっているけれど、お金を稼げているわけじゃありません。なので、どうにか旅の資金を工面したいなって思ったんです」


 突然の願いに困惑したのだろうと思い、神也が頭を下げたまま詳細を話し出す。

 改めて説明を受けた彼女は、心にあった期待が萎んでいくのをはっきりと感じ取る。


  ──そ、そうですよね。わたくしなど、あの方に付いていらっしゃるアヤカシの皆様の魅力に、遠く及びませんし……。


 期待と入れ変わるように心を覆う、失意と卑屈な気持ち。


「……はぁ……」


 重々しくなった感情のせいで、自然と大きなため息を漏らしてしまうセリーヌは、表情にもはっきりと影を落とす。

 ため息にちらりと顔を上げた神也は、彼女の失意の表情に失態を演じたと察した。


「す、すいません。やっぱりこんな話、流石に横暴ですよね。今の話はなかったことに──」

「ち、違います! 今のお話が嫌だったわけではございません!」

「え?」


 慌ててそう言葉を吐いた彼に、セリーヌのほうがはっとすると、慌ててそれを否定した。

 そのせいで、逆に困惑する神也。


 流石に、告白されると思っていたなどという真実は口にできない。

 だからこそ、彼女は慌ててそれを取り繕う。


「い、いえ。そろそろ皆様が、そのような決断をされるかと思っておりましたが。お会いして一ヶ月。私達わたくしたちも随分と親しく接していただきましたので、少々寂しい気持ちになっただけにございます。間違っても、ご相談の内容に呆れたわけではございません」


 そこには彼女なりの本音が見え隠れしていた。

 もしこの話を受け入れれば、神也達はこの街を旅立つ事になる。それはやはり、淡い恋心を抱いているセリーヌにとっても切ない話。

 先ほど心で膨れ上がった失意をより深くしたものの、彼女はそれでも自然に笑顔を浮かべ、彼を安心させるように努めた。


「そうだったんですか」


 彼女の言葉に、神也は少しほっとした顔をする。


  ──よかった。断られたらどうしようかと思った。


 そんな不安を持ち続けていたのもあるが、何よりお金の話という世間体が悪い話。セリーヌが訝しんでも仕方ないと思っていたからだ。


 ちなみに、ここサルディアの街は、セリーヌが身を隠している場所。

 そのため、できる限り他の街や都市との関係を絶っており、街の中で通貨でやり取りする事は基本なく、街の人達は皆で役割を分担し、それぞれ生活に必要なものを調達したり生産し、分け合って暮らしている。


 とはいえ、この街ではどうしても用意できない物を、街の外で調達しようとすればやはり通貨が必要。

 そのような時の為に、街で生産した物を他の街に行商に行ったり、一部の者が冒険者として生計を立てながら、一部を街の運用資金に回すなどしていた。


 ただ、神也達は基本、前者の恩恵に預かり生活していたのもあり、彼等は生活に困ることはなかったものの、お金を持っていない。

 それ故に、彼は皆を代表し、今回の話を懇願せざるを得なかったのだ。


「それで、どのような事をすればお金って手にできますか? やっぱり、街まで物を売りに行ったりとかでしょうか?」

「いえ。そのような事をシンヤ様達がする必要はございません」

「え?」


 話を続けた神也に、静かな物腰でそう答えたセリーヌ。

 予想外の答えに、彼は少し戸惑いを見せる。


「ですが、お金を工面するなら、何か仕事をしないとですよね?」

「いえ。私達わたくしたちが無償で支援いたしますので。お気になさらないでください」

「え? そ、それはだめです。ここでのお金って、街の皆さんの物じゃないですか」

「確かにごもっとも。ですが、この街がこうやって無事なのは、シンヤ様やアヤカシの皆様のお陰でもあります。街に断る者などいないでしょう」

「で、でも!」

「ご安心ください。旅に出るために必要な道具や装備については、街で生産しご提供するなどして、資金は皆様がある程度旅をできる形に抑えるなど致します。ですから、ご心配なく」


 納得がいかず、声を荒げそうになる神也に、セリーヌは毅然とした態度で、はっきりとそう答えたのだが。

 ……実は、既にセリーヌはシンヤ達に内密に、この事を街の者達に話していた。


 いつかこのような日が来ることはわかっている。

 だからこそ、先んじて理解を求めるべく、街の者達にこの話を伝えていたのだが。先程述べた通り、彼等への協力を惜しむ者は現れず、彼女の案は既に話が通っている。だからこそ、堂々と態度に示すことができたのだ。


  ──確かにこの街を助けたけれど、それとこれとは別だと思うんだけど……。

  ──これで、少しはシンヤ様のお役に立てるはず……。


 互いの想いがすれ違い、真剣に見つめ合ったまま、二人から言葉が消えた。


 納得がいかないからこそ言葉にすべき事もあるのだが。

 神也はそれでセリーヌの気分を概してしまわないかを気にし。

 彼女は彼女で、彼が納得の意思を示すのを待っている。

 が、互いに続く言葉を発せない。


  ──どうすれば僕の気持ちを理解してもらえるんだろう? そこまで迷惑をかけたくないのに……。

  ──何も仰られない……。やはり、納得がいかないのでしょうか?


 互いに相手を思うが故か。

 沈黙が長くなり、気まずさが増してきた、その時。


「お取り込み中、失礼いたします」


 と。部屋に入ってきたザナークが、バルコニーに顔を出した。

 二人が顔を向けると、彼は恭しく頭を下げる。


「姫。バルク一行が行商よりお戻りになられたのですが」

「そうですか。後で顔を出しますので、一度自宅でゆっくりするよう伝えてください」

「それなのですが。シンヤ様と共に、すぐお会いしたほうがよろしいかと」

「え? 僕もですか?」

「はい」


 予想外の言葉を耳にし、神也とセリーヌが顔を見合わせる。


「何があったのですか?」


 また街を危険に晒すような話でも有るのか。

 緊張しながら尋ね返す彼女に、ザナークも釣られて表情を硬くすると、二人が驚くのに十分な話を口にした。


「ドルマディン伯爵が、亡くなりました」

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