第七話:一ヶ月後
──色々とすべき事があれば、月日の進むのは早いもの。
神也達がこの世界に姿を現してから、一ヶ月が過ぎた。
あの後、神也達ははそれぞれに冒険者となりこの世界で暮らすべく、セリーヌの屋敷に住まわせてもらいながら、多くの事を学んでいった。
この世界の文化、文明、風習や言語の読み書き。通貨の価値や、様々な店の役割。
そして、冒険者となる為の知識や技術などなど。
座学はセリーヌを講師に、神也達全員が受けていたが、やはり勉強というものは退屈さもある。
特にメリーと六花は顕著に飽きを態度に出し、言語の読み書きこそ物にしたが、その後はさぼって冒険者としての鍛錬に逃げる事も多かった。
驚きだったのは、文字こそ異なるものの、神也達の世界と同じ文字を表す物があった事。
特に冒険者のランクを示すアルファベットは、一部とはいえこの世界に根付いていた。
また、
彼等の生活は勿論、鍛錬や勉学だけではない。
日中にはあやかし達が、それぞれの力を街の者達に貸していた。
屋根の修繕に空を舞える鴉丸が協力し。
森で食料を得る為の狩りには、六花やメリーが同行し。
食料の保存の為、
怪我人が出た時には、玉藻が妖術で治療し。
街の者達とすっかり打ち解けたあやかし達は、街でもすっかり人気者となっていた。
そして。
自らを未熟だと思っていた神也もまた、歩みは遅いものの、この一ヶ月で少しずつ成長していた。
§ § § § §
午後の晴れ空の下。セリーヌの屋敷の中庭で、神也とセリーヌは司祭が使う術のひとつ。神聖術の鍛錬をしていた。
他のあやかし達は既に
向かい合い立っている、この世界の町民の服姿の神也とセリーヌ。
『神よ! どうかその者を聖なる力で護り給え!』
目を閉じていた神也は、高らかにそう術を詠唱すると、両手をセリーヌに向けた。
すると、白く淡い光がセリーヌを薄っすらと覆う。
神聖術、
司祭の術の中でも初歩的な術ではあるが、彼が発動したその術は、しっかりと効果を発揮していた。
「お見事でございます」
結果を見てセリーヌが微笑むと、神也も術を解き、安堵した顔をする。
「ありがとうございます。これもセリーヌさんの指導のお陰です」
「そんな事はございませんよ」
「いえ。一人じゃきっと、術を使えるようになるのはまだまだ先だったと思います」
笑顔で会話をしながら、彼はセリーヌを姫と呼ばずにさん付けする。
これは、既に国を失いその地位など飾りでしかないからと、彼女からの申し出を受け入れたため。
ここまで約二時間ほど。
通しで訓練をしてきたせいか。肩で息をする神也に疲れが見える。
「では、一旦この辺で休憩を入れましょうか」
「はい。わかりました」
二人はそのままバルコニーにある白いテーブル側の椅子に腰を下ろす。
「しかし、シンヤ様は素晴らしい素質をお持ちですね。戦技も魔法もお使いになれるなんて」
「いえ。魔法はちょっとは様になってきましたが、戦技はまだまだです」
「それでも素晴らしいことです。むしろシンヤ様こそ勇者の末裔に相応しいかもしれませんね」
「そんな事ありませんよ。あの日、皆さんの為に助けを求めた勇気を持つセリーヌさんこそ、勇者に相応しいですよ」
セリーヌに褒め言葉を返しながら、はにかんだ神也。
内心褒められた事が嬉しかったのだが、それをごまかしテーブルに置かれた冷たい紅茶を口にする。
今まで神術ひとつしか使えなかった彼にとって、この世界の魔法が少しでも使えるというのは、自身が皆の役に立てる機会が増えるかもしれないという期待に繋がるもの。
勿論、あやかし達ほどの力があるとは思っていない。
だが、この結果が少しだけ自信になったのは確かだ。
そして、褒められ返されたセリーヌもまた、彼の笑顔に内心ドキッとする気持ちをごまかし、紅茶に手を付けた。
年の差五歳。
兄弟などいなかったセリーヌにとって、彼は弟のような年頃といってもよい。
だが、この一ヶ月。神也の真っ直ぐな優しさを向けられ続けた結果、彼女もすっかり魅了されてしまっていた。
自身の教えを素直に信じ、しっかり術の鍛錬にも付いてきてくれる。
そんな素直さもそうだったが。
「そういえば、セリーヌさんはお疲れじゃないですか?」
「え? あ、いえ。まだ大丈夫ですが」
「そうですか。少々顔が赤かったので、体調でも悪いのかなって。無理はしないでくださいね」
「……はい。お心遣い、感謝いたします」
極めつけはこれだ。
細かな事に気づいては、こうやって心遣いを見せてくれる神也。
それは、部下の気遣いとは違う、胸を温かくしれくれるもの。
──シンヤ様はやはり、お優しすぎです……。
笑顔を向けられて、恥ずかしくなった。
そんな現実を素直に口にできるはずもなく、セリーヌは肩にかかった薄茶色の髪をくるくると弄りながら、その場で俯いてしまう。
彼女にとって、今まで見知らぬ異性とここまで密に接してきた機会がなかったのもある。
だが、その中でここまで素直に厚意を向けてくれる彼と一ヶ月もいれば、男性慣れしていない彼女の乙女心がくすぐられても仕方がない。
とはいえ、神也の方はといえば。
──大丈夫かな? 熱とかなければいいけど……。
と、まったく乙女心を理解していない、頓珍漢な考えを持っていたのだが。
だが、彼も相手の言葉にずけずけと否定や疑問を突きつけられるほど、無神経な男ではない。
だからこそ、セリーヌの言葉を信じる事にしたのだが。
──あ、そういえば……。
ふと、鍛錬に夢中になり忘れていた、セリーヌに話をしなければいけなかった、ある事を思い出す。
──こんな話、していいのかな……。
不安が心で膨れ上がり、少し緊張した顔を見せた神也。
恥ずかしさを心の内に残したまま、ちらりと彼を見たセリーヌは、彼の表情の変化に気づく。
何かあったのかが気に掛かった彼女は、再び顔を上げた。
「あの。何か、ございましたか?」
「え? どうしてですか?」
「いえ。先程より緊張されたようでしたので」
素直にそう答えたセリーヌ感想を述べると、今度は神也のほうが俯いてしまう。
喉が渇いてしまい、彼はごくりと唾を飲む。
今までと違うその態度に戸惑っていたセリーヌの脳内に、はたと思い出されたのは、読んでいた恋愛小説のあるシーンだった。
身分違いのある姫と平民の青年。
身分を隠し街の外で会っているうちに、青年が姫に愛を告白するのだが。
神也の態度は、まるでその時の青年の反応そのものだったのだ。
──……もしや、シンヤ様は……いえ。まさか。そんな……。
俯いたまま、ちらちらと様子を伺う神也。
考えてみれば、この場にはザナークもゼネガルドも従者もいない。
互いに向かい合い座る、二人だけの空間。
そんな中で、露骨に緊張しだした彼の顔が赤くなる。
「セ、セリーヌさん!」
「は、はい」
「あ、あの! 聞いて欲しいお話が、あるんですが……」
意を決して何とか声を上げた神也だったが、自信がなくなったのか。尻つぼみに声が小さくなる。
そんな彼の態度が、いやが上にもセリーヌに期待と緊張を煽ってくる。
──こ、この反応……や、やはり……。
ごくりと唾を飲み込み、思わず背筋を正す彼女。
心構えなどできていない。が、もしかすると、彼の方から想いを口にしてくれるのだとしたら……断る選択肢は、ない。
「は、はい。どのようなお話でしょうか?」
凛とした態度で向かい合うセリーヌ。
内心はすっかり告白を待つ乙女の気持ちになっているが。
そこはやはり亡国の姫君。身分相応の落ち着きを見せる。
会話を聞く姿勢を整えた彼女に、神也も心を決めたのか。
深呼吸をすると、改めて背筋を伸ばし、しっかりとセリーヌに向き直る。
そして。
彼は、彼女にばっと頭を下げると、こう口にした。
「あの! どうか僕達に、お金を工面する協力をしてほしいんです!」
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