第十一話:戦いの終わりと、異世界生活の始まり

「救世主だと?」


 鴉丸が思わずいぶかしむと、セリーヌは静かに頷く。


「我が国に代々伝わっていた伝承に、異世界から来た救世主のお話があるのです」

「そりゃ、どんな話なんだい?」

「はい。『世界に大いなる災いが生まれし時。異世界より現れた聖者とアヤカシ達が、勇者と共に世界を救う』と」

「聖者にあやかし。それに勇者じゃと?」


 異世界で聞くとは思えないという言葉と、ここに勇者の末裔がいるという偶然。

 あまりに出来すぎた伝承に、玉藻が思わず驚いた顔をする。


「つまりそれって、ダーリンが聖者って事?」

「それは買い被りだよ。僕なんて『救いの庇護ひご』しか使えないし」

「『救いの庇護ひご』ですと!?」


 謙遜する神也の言葉に、目を瞠ったのはゼネガルドだ。


「ゼ、ゼネガルド様。それは一体……」

「またの名を救いの庇護プロテクト・サルベーションいにしえの聖者様が駆使されたとされる、邪神から受けた傷すらも治癒する、まさに神の力を具現化したと言われる奇跡にございます。まさかこんな所で目の当たりにできるとは。長生きした甲斐がありましたわい!」


 戸惑いながら問いかけたザナークに、年甲斐もなく興奮気味に話すゼネガルド。

 彼はもう神也が聖者と信じて疑わない。そんな雰囲気を醸し出している。


「やはり、あのお力は聖者様の物だったのですね!」


 セリーヌもまた、彼こそ自身が感じていた存在であった事に驚きを見せ。


「そうじゃったか。やはり神也は何か違うと思うておったぞ」

「うん。お兄ちゃん、凄い」

「ほんとだぜ。やっぱ、あたし達の目に狂いはなかったってわけだ」

「そんなの今更じゃん! ダーリンの凄さは、メリーも身をもって体験してるし!」


 玉藻、せつ、六花、メリーの四人も、まるでそれが当たり前と言わんばかりに納得した顔をする。


 とはいえ、当の本人はというと。


  ──みんなして盛り上がってるけど、別に僕が聖者だなんて思えないんだけど……。


 そんな気持ちのせいで、手放しでは喜べずにいた。

 複雑な顔をしながら神也が鴉丸の方を見ると、その視線に気づき、微笑みを浮かべる。


「聖者か否かは別としても、若が過去に我等を救い、今宵もセリーヌ姫を救ったのもまた事実。胸を張って構いませんよ」

「そう言われても。今まで大した事なんてしてないでしょ。皆に護られてばかりだし……」


 鴉丸の言葉に、頬を掻きながら困った顔をする神也。

 相変わらず控えめな彼らしい反応を見て、あやかし達がくすくすっと笑い、釣られてセリーヌ達も微笑み合う。


 と、そんな中。

 ふっと意識が飛びかけた神也の目の焦点が合わなくなり、力なくベッドに沈み込んだ。


「ダーリン!?」

「……あ? だ、大丈夫だよ。ちょっと疲れてるせいで、眠くなっちゃって」


 それに気づいて思わず叫んでしまったメリーに、神也は自嘲気味に笑う。

 だが、流石に先程までの事もある。皆が一転心配そうな顔をする。


「まさか、わたくし安らぎの心ピース・オブ・マインドが既に切れて──」

「だ、大丈夫です! 本当に痛みは今も引いてますし、効果は続いていると思います。あの、本当ですから。信じてください!」


 あまりに不安そうな表情を崩さないセリーヌに、必死になって真実を伝えようとする神也。

 それでもまだ納得できていない彼女に、鴉丸がため息をき、こう戒めた。


「セリーヌ殿。先程の若の苦しみようを見たであろう? お優しい若がごまかせない程だったのだ。今のように平然と話せるはずあるまい」

「あ……。た、確かに。そうですね……」


 その言葉の説得力に、流石の彼女も不安を拭うことができたのか。

 納得した顔をする。


「さて。この世界や妾達わらわたちについて話したいのは山々じゃが、神也の体調の事もある。今日はお開きにせぬか?」

「それは構いませんが。お食事はお風呂はいかがなされますか?」


 セリーヌの質問に、あやかし達は一度互いに顔を見合わせる。


「それなら、こっちの世界に飛ばされている前に済ませてるし、このまま休んでもいいんじゃないかい?」

「私はいいよ」

「私もダーリンと一緒なら、別にどっちでもいいかなー」


 六花の意見にせつとメリーが同意を示し、鴉丸も無言のまま玉藻に頷いた。


「では、その辺は明日起きたのち、世話になるとしよう」

「そうですか。では、皆様のお部屋を用意いたしますね」

「いや。それも不要じゃ」

「え? ですが、流石にこの部屋には見ての通り、ベッドは一組しかございませんが……」


 これには流石にセリーヌも強く戸惑いを見せる。

 だが。


「神也に何かあってはいかんし、普段も皆で共に横になっておる。先に其方達そなたたちも見た通り、妾達わらわたちは特異な存在。寝場所に困りなどせんから安心せい」


 玉藻はどこか自慢気にそんな言葉を口にした。

 確かに、戦いの前から人ではない雰囲気を感じ取っていたとはいえ、すぐに理解し納得できるものではない。

 だが、彼等が構わないと言うものを無下に扱うのも憚られる。

 セリーヌは内にある釈然としない気持ちをごまかし、それを受け入れることにした。


「承知しました。ただ、わたくし安らぎの心ピースオブマインドは初めて発現できた物で、どこまで効果が続くかわかりません。もし、お休みの最中にシンヤ様が苦しむようであれば、すぐにわたくしをお呼びください。向かいの部屋にて休んでおりますので」

「うむ。面倒をかけてすまんが、その時はよろしく頼むぞ」

「承知しました」

「では、ザナーク。ゼネガルド。参りましょう」

「はい」


 玉藻の言葉に頷いたセリーヌは、そのまま二人を連れ扉の前に立つと、一旦振り返る。


「では、シンヤ様。皆様。ごゆっくり」

「はい。ありがとうございました」


 神也が微笑みながらそう言うと、セリーヌもまた釣られて微笑む。そして、さん人はそのまま部屋を出ていった。


「やっと落ち着いたな」


 ぼそりと鴉丸が口にすると、皆が神也に顔を向けた。


「ね? ダーリン。いつもみたいに寝ていーい?」

「あ、うん。みんなも頑張ってくれたし」

「やった! じゃ、みんなささっと寝よ!」


 ダブルベッドとはいえ、流石に六人同時に寝るにはスペースがないはずなのだが。神也はさも当たり前のように、メリーの意見を受け入れていた。


「あ、でも六花はどうしよう?」

「あー。ちょっと待ってな」


 神也の言葉に、六花は自慢の首を伸ばし、窓際にあった一人掛けのソファに首を巻きつけると、それをいとも簡単に持ち上げ、ベッドの右横に移動した。

 そして、そのままソファに腰を下ろす。


「これで大丈夫だろ。座り心地もかなりいいし」

「そうか。良かった」


 神也は六花の満足げな顔に、ほっと胸を撫で下ろす。


「では。皆。何時ものよう横になるか」

「うん。じゃ、お兄ちゃん。お邪魔します」

せつはそっちね! あたしはこっち!」


 玉藻の指示に、迷うことなくせつが神也の左に添い寝すると、メリーは反対側に座った後、ぽんっと先程までの姿を模した、西洋人形に変化へんげした。

 同じく玉藻は狐の姿になると、布団の上から彼の太腿辺り上がって丸くなり。鴉丸もまた黒い鴉の姿になり、そのまま彼の左肩に止まる。

 そして六花は、ソファに持たれたまま首を伸ばし、神也の右肩に寄り添うように頭を置いた。


 全員が当たり前にように収まるこの寝方。

 これは、彼等がベッドで寝る時の普段通りのポジションだった。


「やっぱダーリンの側は落ち着くねー」

「うん」

「ほんにそうじゃな」

「ふわー。今日はいい運動もしたし、よく寝れそうだぜ」


 鴉丸以外の四人が気持ちよさそうな顔でそんな感想を述べると、鴉丸もまた目を細める。

 と。そんな中。

 ふっと玉藻とメリーの頭に添えられた神也の手が、ゆっくりと二人──いや、一体と一匹を優しく撫でる。


「二人共。ありがとう」

「……えへへ。ダーリンの頼みだもん。頑張るに決まってるじゃん」

「そうじゃぞ。これでちゃんと、セリーヌもこの先平穏に暮らせるはずじゃ」

「そっか。良かった」


 手で撫でられる心地よさに、メリーも玉藻も心地よさそうな顔をする。

 神也はそれ以上何も言わず、ゆっくりと二人を撫でていた。

 が、内心は申し訳無さでいっぱいだった。


  ──きっと僕に気を遣って、また辛い思いをさせたんだよね……。


 別に心の内を読んだわけでも、その状況を見たわけでもない。

 だが、玉藻の口にしたという言葉の裏に隠された真実を、何となく察していた。


 玉藻の力の枯渇。

 彼女が九尾の狐として、強大な妖力を持っている事を彼も知っている。

 それが枯渇するという事とは、相当なことをしてきたに他ならない。

 実際あれだけの悪意を持った敵だ。

 それにも関わらず、セリーヌに平穏をもたらせたとするならば、ドルディマン達の先にあるであろう、断たれし未来があったであろうことは、神也にも容易に想像がつく。


  ──どうすれば、みんなを危険な目に合わせずに済むのかな……。


 若干十五歳ながら、現代世界で時に人やあやかしを助け、また助けられなかった経験をしている神也。

 そこに戦いがあるからこそ、あやかし達を危険に晒している事も理解している。


  ──僕が、本当に聖者だとしたら……この世界でもっと強くなれるんだろうか? みんなの負担を減らし、助けを求めている人の力になれるんだろうか?


 そんな疑問に捕らわれるものの、答えもわからず、自信も沸かない。

 ただ、わかっていることはただひとつ。

 セリーヌを助けても元の世界に戻っていないということは、元の世界に戻るためには、真に助けを求めている人を救わなければいけないであろう事実だけ。


「みんな。また巻き込んじゃって、ごめんね」


 彼等と共に行動するようになってから、こういった事が起きる度、皆もまた共に転移し、事件に巻き込まれてきた。

 それがずっと心苦しかったからこそ、口から漏れたのはそんな言葉だったのだが。


「我等は、若と共にいられるのであれば本望です」

「そうそう。気落ちなんてしなくていいって」

「私、お兄ちゃんと一緒で嬉しいよ?」

「メリーもダーリンといれるだけで嬉しいよ。しかも異世界なんて、めっちゃテンションあげあげだし!」

「そういう事じゃ。折角やって来た、普段と違うこの世界。存分に楽しもうぞ。神也よ」


 そんなあやかし達の優しい言葉が心に染み。


「……うん。ありがとう」


 神也もまた、感謝とともに優しく微笑んだ。

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