第十話:勇者の末裔と救世主

「え? あ、あの、先程の話を──」

「聞いておったぞ。其方そなたが勇者の末裔だと。神也が病を祓った今の其方そなたであれば、その力を使えるやもしれん」


 何を言っているのかと戸惑っていたセリーヌは、玉藻の予想外の言葉に驚きを見せる。


「それは、どういう事なのですか?」

「話は後じゃ。わらわの推測に誤りがあるやもしれんが、可能性は十分」

「身勝手なのはわかってる。けど、あたし達は少しでも、神也を楽にしてやりたいんだ」

「お兄ちゃんのために、お願い」

「お願いセリーヌちゃん!」

「どうか、皆を救った若のために、お力添え願えぬか」


 各々に願いを口にし、頭を下げてくるあやかし達。

 助けてもらった身でありながらも、先程まで何処か不気味にも感じる存在だった彼等が、あまりにあっさりと頭を下げた事実。


 そこまでさせる何を神也が持っている。

 そう感じたのもあった。


 だが、同時に彼女は思い出した。

 見ず知らずの自分を救うべく神也は決断し、彼等は応えてくれた事を。


 そして。


  ── 「信じてください。彼等は僕の、最高の仲間ですから」


 そう言って微笑んでくれた、優しき青年の事を。


「……わかりました」

「姫……」


 ゼネガルドから漏れた声に、彼女は緊張した顔で頷く。

 

 そんなに都合よく、勇者の奇跡が使えると思ってはいない。

 未だに疑心暗鬼。過去に一度も使えなかった力だけに、そうなるのも仕方ない。


 だが。


  ──そう。シンヤ様と皆様がいなければ、私達わたくしたちに未来などなかった。であれば、できる限りのご恩を返したい。


 セリーヌは心にある後悔とトラウマを捨て、感謝の気持ちを決意に変えた。


 ゆっくりとベッドの横に近づくと、彼女は目を閉じ、両手を組み祈る。


  ──お母様。このひと時で構いません。どうか、わたくしに力をお貸しください。


 過去に力を使いたいと何度も願った時と同様、生前の王妃を思い浮かべる。

 ……と。心にふと、幼き日の母の言葉が思い出された。


  ──セリーヌ。きっと貴女あなたも多くの苦しみを味わうでしょう。ですが、いつか貴女あなたもまた、大事な者を助けられる時が来ますからね。


 城の中庭に迷い込んだ、瀕死の野鳥。

 幼いが故に何の力もなく、助ける事もできずそれを死なせてしまい、号泣していた時。 

 泣いていた自分の頭を撫で、優しく諭してくれた母との想い出。

 

 何故今まで忘れていたのか。

 それはわからなかったが、その記憶を思い出した時。彼女は勇気を振り絞った。


『神々よ。私達わたくしたちを救い、苦しむこの者に安らぎを』


 目を閉じたまま詠唱し。


  ──お願い!


 強く心で願ったその時。

 セリーヌは心の奥底にある、何かに気づいた。


 ほんの小さな、白く輝く炎。

 そんな物、今まで見た事も感じた事もない。

 ただ、彼女は理解した。

 それこそが、自身にある秘められた力である事を。


  ぼっ。


 より強く燃え盛った心の炎。

 呼応するように、セリーヌの身体が白き光を帯びる。


 連動したかのように、ふわりと同じ光で覆われた神也。

 すると、苦悶の表情を浮かべていた彼の呼吸が少しずつ落ち着いていき、顔も穏やかになっていく。


「この力は……」

「まさしく、勇者の奇跡」


 ザナークは大きな驚きを見せ、ゼネガルドは皺の多い顔に微笑みを浮かべ。

 あやかし達もまた、神也の表情の変化を見て、ほっとした顔をする。


 しばらく祈り続けていたセリーヌから、光が消える。

 と、彼女が与えたであろう光が、すっと彼の身体に溶け込むように消えていった。


 ゆっくりと目を開け、神也を見つめるセリーヌ。

 と。まるで息を合わせたかのように、ゆっくりと神也も目を開いた。


「お兄ちゃん!」

「ダーリン!」


 隣で声をかけたせつと、ベッドに駆け寄ったメリー。二人に気づき、目線だけ向け無言で微笑んだ後、彼はセリーヌに顔を向けた。


「これは、セリーヌ姫が?」

「……はい」

「そうですか。ありがとうございます。お陰で、随分と楽になりました」

「……いえ。こちらこそ、お役に立てて光栄です」


 初めて勇者の奇跡を使えた喜びと、自身を助けてくれた方に恩を返せた喜びが重なり、感セリーヌは微笑んだ神也に目を潤ませながら、必死に涙を堪えて微笑み返す。

 そんな彼女の姿に、ザナークとゼネガルドも嬉しそうに顔を見合わせる中。


「ほれ。言うたじゃろ」


 と、自慢げな顔をしたのは玉藻だった。

 彼女の反応に、エリーヌが思わずこう問いかけた。


「あの、今まで全く力を使えなかったわたくしが、何故今なら力を使えると思われたのですか?」

「単純じゃ。妾達わらわたちは皆、を知っておるでの」

「力を、知っている……」

「うむ。つまり、今宵より其方そなたもこちら側。だからこそじゃ」


 神也に何らかの力がある。

 だが、肝心な内容がない曖昧な返事に、なんとも言えない顔をしたセリーヌを見て、ぷっと笑ったのはメリーと六花だ。


「セリーヌちゃんって、ダーリンと一緒で真面目だよねー」

「あー、確かに。お互い聞きたいことは山程ある。夜は長いんだ。ゆっくり話を聞きゃいいさ」


 確かに。

 考えてみれば、突然現れた神也達にしても、その場にいたセリーヌ達にしても。

 お互いの境遇も何も知らない中、突如助けを求め、結果助けられたという歪な関係。


「……確かに。まずはお互いについてお話をしたほうが良さそうですね」


 まだまだ互いに未知の存在。

 だからこそ、彼女もその言葉に納得し、その場で背筋を正す。


「この度は、突然現れた皆様に、本当に不躾かつ、危険極まりないお願いをしてしまい、大変申し訳ございません」

「いえ。こちらこそ。こうやってご迷惑をかけたのに、僕達にこれだけの事をしてくださって、本当に感謝しています」


 神也とセリーヌらしい丁寧な挨拶を交わした後、彼女は頭を上げると話を切り出した。


「まず、皆様についてお話を伺ってもよろしいでしょうか?」

「はい。ちなみに、セリーヌ姫を始めとした皆様にとって、理解に苦しむお話も多々あると思います。ただ、できればそれを、真実として受け止めていただけると助かります」

「承知しました」


 頷いた彼女に、神也はゆっくりと語り始める。


「まず、自分達はこの世界とは違う、別の世界からやって来ました」

「別の世界……何故、この世界にやって来たのでしょうか?」

「その……理由がはっきりしないんですけど。多分、誰かに呼ばれたんだと思います」

「誰かに、呼ばれた?」


 首を傾げたセリーヌに、少し困った顔で神也が笑う。


「はい。普段通りに夜、みんなと僕の部屋で寛いでいたんですが、そこで突然謎の光に包まれたんです」

「光に……」


 彼等が姿を現した時と同じ状況なのか。

 そんな事を考えながら、セリーヌは引き続き耳を傾ける。


「はい。それで、光に飲まれている最中、助けてほしいっていう女性の声が聞こえて。直後にこの世界に飛ばされたんです」

「それは、わたくしの声でしたか?」


 あの時、神に願った記憶がある彼女の問いかけに、神也は首を横に振る。


「いえ。ただ、からすると、きっと声の主か、その声の主を助けてほしい別の何者が、僕達をこの世界に呼び出したんだと思います」


  ──これまでの経験?


 動揺もせず落ち着いた神也の語りを聞きながら、セリーヌはその答えに疑問を覚える。


「あの、シンヤ様はよく、このようなご経験を?」

「ええと、異世界に飛ばされたことはないんですけど。ただ、似たような事はちょくちょくあったので」

「似たような事、でございますか?」

「はい。体質なのかわかりませんけど。僕は時たま、急に別の場所に飛ばされる事があったんです」


 さらりと話して聞かせたその言葉に、勿論嘘はない。

 神也は実際に何度かこういう経験を繰り返していた。理由もわからぬままに。


「それは、知っている場所にでしょうか?」

「いえ。ただ、飛ばされた先では、だいたい何かしかの出来事があったんです。誰かが苦しんでいたり、争いが起こっていたり。それらを解決してやると、元の場所に戻るなんて経験が度々あって」

「実際、メリーや六花、せつや玉藻も、ダーリンに助けられた口だよ。ね?」

「うん。お兄ちゃん、凄く優しかったよ」

「そんな。大した事はしてないよ」


 せつに褒められた神也が気恥ずかしげにはにかむと、釣られて皆も微笑ましい気持ちになり、自然に顔がほころぶ。

 

「そのような事が起こる理由は、おわかりなのですか?」

「いえ。父さんに話した際には『神の試練』ではないかと言っていましたが」

「神の試練……」

「はい。ただ、その度にみんなも巻き込んでしまっているのは、正直心苦しいですけど」


 困った顔をする神也に対し、別の理由で神妙な顔をしていたセリーヌだったが、自身の考えを整理すると。


「もしかすると皆様こそ、この世界を救う救世主なのかもしれません」


 そんな推測を口にした。

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