第七話:青年の起こす奇跡
戦いが始まってから、無言でじっと状況を街の中から伺っていた神也達。
阿鼻叫喚の喧騒が遠間に聞こえる混沌とした状況。
誰もがそれが気になったものの、下手に外壁の上から顔を出して射抜かれるわけにもいかず。
幸い、誰もがそこであった惨たらしい戦いの顛末を。見る事はせずに済んでいた。
そして、そんな戦いの音が止んでしばらく。
「もう大丈夫だ。門を開けな」
門を出る時と変わらない快活そうな六花の声に、はっとした先ほどの衛兵達が駆け出すと、ゆっくりと外壁の門を開いた。
「みんな!」
開いた門の先に見えた鴉丸、六花、
「怪我は?」
「大丈夫だよ。お兄ちゃん」
「この通りピンピンしてるよ」
激しい戦闘の跡はあるものの、兵士達の姿はない。そして、玉藻とメリーの姿も。
「玉藻達は?」
「兵士達を追っています。が、あの二人であれば問題ないでしょう。深追いせぬよう伝えてありますので」
少し心配そうな顔をした神也に、鴉丸が安心させるようにそう伝える。
彼女達の自由奔放な性格を知るからこそ、彼は少し不安を覚えたが……。
──……うん。二人を信じないと。
同時に二人の実力を知っているからこそ、彼は不安を見せないよう笑顔で頷いた。
「あ、あれだけいた兵士達が、いない……」
「全員撤退させたってのか?」
「勿論。だから言ったろ? 神様にでも祈っときゃ戦いは終わるって」
「は、はい! ありがとうございます!」
門から外を見て驚愕する衛兵に六花がけらけらっと笑うと、二人もまた緊張から解き放たれたのか。自然と笑顔を見せ彼女に頭を下げる。
「本当に、追い返せたのですか……」
神也の脇に歩み寄ったミレーヌ。
その後ろから恐る恐るやってきた街の人達もまた、外に広がっている予想外の光景に驚きを隠せない。
「ま、あたし達にかかりゃこんなもんさ。な? 神也」
「うん。良かったですね。セリーヌ姫」
「……はい」
六花の言葉を受け、屈託のない笑みをセリーヌに向けた神也。
そんな彼を見たセリーヌもまた、ほっとした顔を見せた。
と、その瞬間。
緊張の糸が切れたのか。目眩を起こしたセリーヌが、カクンとその場で崩れ落ちそうになる。
「姫!」
慌てて彼女を支えた神也は、鴉丸の力も借り、ゆっくりとその場で横に寝かせてやった。
「だ、大丈夫、です」
苦しげな表情をごまかすように、セリーヌは微笑む。だが、それに周囲を安堵させるだけの力はない。
荒い呼吸。途切れ途切れの言葉。
セリーヌの隣にしゃがんだザナークは、額に手を当てた。
自身の手に体温以上の熱を感じ、彼は歯がゆそうな顔をする。
「何があったんですか!?」
「姫はここ数ヶ月、ずっと体調を崩されていたのです。それでもこの有事に、気丈に達振る舞われておりましたが……流石に、無理が祟ったのでしょう」
神也の焦りの声にそう答えると、ぐっと奥歯を噛むザナーク。
「魔法で治せないの?」
「残念ながら。怪我や毒といった状態異常は治せますが、病は神からの試練とされ、治癒術では治せぬのです」
周囲の街の人達も、セリーヌを心配そうに見守っている。
そんな光景を見て、神也はぐっと表情を引き締めた。
「まずは家に連れ帰り、ベッドで横に──」
「待ってください」
ザナークの言葉を遮り、神也が凛とした顔で呼び止める。
「僕が、治します」
「若。玉藻はまだ戻っておりません。それは──」
「わかってる。でも僕は、彼女を助けたいんだ」
心配そうな鴉丸の苦言に屈することなく、真っ直ぐな瞳で見上げてくる神也。
彼が発した一言。
それは普段と変わらない純粋な気持ちであると、鴉丸は強く感じ取っていた。
確かにセリーヌは善人。既に心の内を読んでいるからこそ、それはわかっている。
だが、それが鴉丸にとって納得できる理由にはならない。
結局セリーヌは彼等にとって、赤の他人以外の何者でもないのだ。
ただ。
それでも神也が、この思いを譲らないであろう事も理解していた。
──若はいつもそうだ。己の苦など関係なしに、誰かを助けたいと願い、行動する。昔も今も。人にも、あやかしに対しても……。
幼き頃より神也を見てきたからこそ、彼のこんな目を見る度、鴉丸は心苦しくなる。
──織部神也。
十五歳の彼は、普段は平凡な高校一年生だが、もうひとつの顔を持っている。
曰く付きの呪物の浄化や人の世で暗躍する悪霊や魔物を祓う事を使命としてきた、神職の家系に生まれた彼。
だが、神也が意識して使い熟せるようになった力は、たったひとつだけだった。
救いの
相手の怪我や病気、呪いなどを自身の身体に穢れとして転化し、それを浄化する神術である。
だが、穢れは彼を苦しめ、浄化されるまで痛みや苦しみに晒される、決して術者にとって喜べる力ではない。
その力を使った神也の苦しみを幾度も目にし、自身もまた彼に救われた事があるからこそ、鴉丸はその力を使って欲しくなかったのだ。
「……こうなったら
迷う心を察してか。
ぽんっと肩を叩いてきた六花の笑みを見て、鴉丸は仮面の下の目を細めると、ふぅっと苦しさを吐き捨て、小さく頷く。
「若。無理だけはなさらぬよう」
「うん」
鴉丸は、その返事を信じなかった。
絶対に神也は無理をする。そんな事はわかりきっている。
だが、それでも彼が願うのであれば、止められはしない。
それならば、できる限りの事をするだけ。
「ザナークとやら。済まぬが、我等が休める宿を確保してもらえぬか?」
「え?」
「な、何、を……」
驚くザナークと、力なく声を上げるセリーヌ。
痛々しい彼女の姿を見ながら、神也は優しく微笑んだ。
「少しの辛抱です。そのまま、楽にしていてください」
「お兄ちゃん。頑張って」
「うん」
「
心静かに、一途な想いを願い、唱える。
すると、言葉に呼応するように、神也の身体が薄っすらと、淡く白い光に包まれた。
不思議な光はそのまま彼の手の先を伝い、流れ込むようにセリーヌの身体を覆っていく。
「こ、これは……」
何が起こるのか。
驚きと共に、息を飲む周囲の者達。
彼女を覆った白き光。
と、その胸の辺りから急に赤黒い光が溢れ出すと、白き光を伝って神也の方に流れていく。それと同時に、セリーヌはとても不思議な感覚を覚えた。
──身体が、楽になっていく……。
長らく自身を苦しめていた、息苦しさや熱や怠け。それが少しずつ消えていき、代わりに何か温かな力が流れ込んでいる。
その力がセリーヌの身体の奥底にある何かに触れると、少しずつ身体が軽くなり、力が湧いてくるのがわかった。
過去にも魔法で怪我を治療された経験のある彼女。だが、それとまた違う不可思議な感覚に、内心戸惑っていると。
「……はぁ……はぁ……」
彼女の思考を邪魔するように、耳に届いた苦しげな声があった。神也だ。
気づけば彼の周囲には、セリーヌから伝い流れた赤黒い光が増えている。
それらは彼の中に流れ込み消えていくのだが。それを取り込むにつれ、神也は額から汗を流し、顔を顰め、呼吸を荒くした。
まるで、先程までのセリーヌのように。
──この力……まさか!?
セリーヌは、ある事を思い出しはっとした。
この世界では病を治せはしない。
だが、代々伝わる話で聞いたことがある。
聖女や聖者の力には、人々の病すらも肩代わりし治してしまう、神をも凌駕する力があった事を。
「シンヤ様!」
状況の変化に思わず叫びをあげた彼女だったが、何故か身体を動かすことができない。
まだ無理に動くな。そんな意思すら感じる、淡い光のせいで。
神也の苦しみに反比例するように、セリーヌから溢れる妖しげな光は減っていき、彼女の身体は楽になっていく。
そして暫くすると、彼女から新たに赤黒い光が生まれる事はなくなり、それらが全てが神也の身体に入ると、二人を包むのは白い光のみとなった。
「これで、だい、じょ……」
無事治せたはず。
ほっとした彼が安堵の笑みを浮かべた瞬間、二人を覆っていた白い光が霧散した。
同時に、神也の意識がふわっと遠ざかり、そのまま前のめりに倒れそうになる。
「お兄ちゃん!」
慌てて
「大丈夫、だよ」
何度も見てきた彼の強がり。
それを咎める事なく、彼女はこくりと頷くと、神也の額に手を当て冷気を集めた。
程よい冷たさに、ぼんやりしていた意識が少しはっきりとする。
同時にはっきりと感じる、身体の重さや怠け。
──かなり、重い病気、だったのかな。
予想以上の辛さに、神也はそう推測し、同時にこう思った。
──これなら、きっと、彼女も元気になる、よね……。
と。
「シンヤ様。貴方様は、一体──」
「セリーヌ。話は後だ。まずは神也をベッドに寝かせ休ませる。それが最優先だよ」
自身の身体の復調と、神也の体調の悪化。
この状況に混乱し、大事を忘れかけたセリーヌに六花が声で活を入れる。
「は、はい。では、
「感謝する。
「うん」
ゆっくりと額から手を離した
「あんた達! 玉藻とメリーが戻ったら、屋敷まで案内してやってくれ!」
「は、はい! わかりました!」
先程の衛兵は、六花の指示に真剣に返事をする。
「ではこちらへ!」
ザナークが先導するべく声を掛けると、鴉丸達は互いに頷くと、走り出した彼を追いかけていった。
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