第五話:恐ろしきあやかし達

 六花達が動き出したのを確認した鴉丸、メリー、玉藻の三人もまた、各々動き出していた。


 街の裏手側を囲んでいた兵士達の群れに、黒き翼をはためかせ、舞い降りたのは鴉丸。


「ハ、翼人ハーピーか!?」

「わ、わからん!」


 この世界に存在する、翼を持つ幻獣を例えにあげた敵兵。

 未知の言葉で呼ばれ、仮面の下で眉を顰めた鴉丸だが、敢えてそれには応えない。


「ぼ、ぼーっとしてないで、やっちまえ!」

「おおっ!」


 一気に周囲を囲んだ兵士達が、それぞれに武器を構え一気に押し寄せてくる。

 そんな光景を一瞥した鴉丸は、腰に穿いていた打刀うちがたなをすっと抜き、構えた。


「さて。異界の戦士の剣が、いかほどのものか。見せてもらうとしよう」


 相手が接敵し、剣や斧、槍を振りかざそうとする中、そう落ち着いた声で口にした鴉丸。

 と、次の瞬間。兵士達の武器がほぼ同時に弾かれ。


「ぐわっ!」

「ぎゃぁっ!」

「痛えっ!」


 直後に腕や足、肩から血を吹き出し、悶えてその場に倒れた。

 迷わず片足を貫くことで動きを止め、武器を振った利き腕であろう部位を刺し貫く。

 電光石火。そんな言葉がふさわしい、目にも止まらぬ刀技。

 それは、後方にいた兵士達の顔色を変えるのに十分だった。


「は、放て! 放てぇぇぇっ!」


 慌てて指示を出した指揮官らしき男の声に合わせ、火矢の標的となった鴉丸。

 一斉に放たれた火矢達が、ビュンッという風切り音と共に迫る。

 が、その者は冷静だった。


「ふん!」


 鴉丸が空いた片手の人差し指と中指のみを立て、その掌を勢い良く火矢達に突き出した。

 すると、まるでそこに見えない壁でも現れたかのように、無数の火矢が空中で静止する。

 鴉丸の神通力。それを目にし、敵達は目を皿のようにして驚愕した。


「なななっ!?」


 驚愕する声が森にこだまする中、鴉丸は腕を素早く動かし印を切ると。


「はっ!」


 気合一閃。再び同じ手の構えのまま腕を突き出した。

 すると、まるで魔法にでもかかったかのように、矢がくるりと向きを変え、飛来した時の倍以上の早さで、射手の下に戻って行く。

 矢を止められた驚愕と、予想だにせぬ矢の疾さに圧倒され、避ける暇もなく彼等の肩や胴に火矢が刺さる。

 そして、瞬く間に服に炎が燃え移り始めた。


「や、やべえっ!」

「うわわわっ!」


 痛みを堪え、慌てて地面を転げ回り火を消そうとする兵士達。


「……ふん。他愛もない」


 あまりの歯ごたえのなさに呆れた声を出しながらも、新たに襲いかかってくる兵士達と剣を交えては、軽々と捌き怪我人を大地に転がしていく。

 残念ながら、この場にいる異世界の兵士達では、鴉丸を満足させる事はなかった。


   § § § § §


 一方。

 門より左手の前に降り立ったのは、色香を隠そうとしない玉藻。

 周囲の兵士達が一気に警戒し武器を構えるも、彼女はそんな事など気にも止めず、怪しげに微笑む。

 

「さて。其方達そなたたち。争いなどつまらぬ事より、もっとわらわと愉しいときを過ごさんか?」


 妖艶な声でそんな誘い文句を口にした彼女。


「ふ、ふざけ──」

「良いではないか」


 反抗しようとした男の兵士は、次の瞬間ぎょっとした。

 突如、目の前に現れた玉藻が、なめまかしく身体を片手で触り、もう一方の手を背中に回して抱きしめる。


「さあ、わらわと愛し合おうではないか」


 兵士の耳元で口にされた、蠱惑的な囁き。

 男の目は、着物越しに押し付けられた、豊満な胸の谷間に釘付けになり、自然と生唾を飲み込んでしまう。


「い、い、いいのか?」

「当たり前じゃ。ほれ。女子おなごを待たすでない」


 彼女の言葉に、男の顔が惚けたように一気にだらしないものに変わると、恐る恐る着物の下に手を入れる。

 そこにあえう物を握った瞬間に感じた、柔らかな感触。

 それが男の脳を溶かし、戦いなど忘れ、興奮に染めていく。


「うひひっ! じゃあ遠慮なく……」


 兵士はそのまま玉藻を強引に地面に押し倒すと、動きを止める事なく、そのまま玉藻を抱きしめ、彼女の身体を弄り始めた。


 戦いなどそっちのけで、突如始まった二人の乱交。

 それを目にした周囲の兵士達は呆気に取られているかと思いきや。彼等もまた、まるで夢心地な顔で、同じように服を脱ぎ、身体を重ね始める。


 勿論、その相手は玉藻のはず──だったのだが。実際は違った。


 彼女は降り立った位置から、まったく動いてはいない。

 では、彼らの相手をしているのは誰なのか。

 周囲で乱交を始めた兵士の相手は、何と仲間の兵士であった。


 時に同性同士で。時に異性と絡み合う兵士達。

 それらは相手が玉藻だと疑わず、卑猥な声をあげ絡み合っている。


「まったく。お盛んじゃのう。よほど溜まっておったか」


 呆れた白い目を向け。

 しかし、愉しげに笑いながら。

 いつの間にか、着物の後ろに現れた九つの白い狐の尻尾をゆらゆらと揺らし、頭に現れた獣耳をピクピクッと動かす玉藻。


 この天国とも地獄とも言い難い状況を生んだのは、勿論彼女の持つの力であった。

 既に術に嵌った兵士達。

 欲望にまみれ行為を進めていくうちに、まるで毒に犯されていくかのように、思考を失い、まるで傀儡のようになっていく。


 傾国の美女とも謳われし、玉藻前と同じ名を持つ妖狐、玉藻。

 その妖しげな色気と力は、まさにその名に相応しき存在であった。


   § § § § §


 それぞれに活躍を見せる神也の仲間達。

 最後の仲間、メリーはというと、早くも異世界らしい戦闘を楽しんでいた。


 皆より後方に陣取っていた、術師や弓師ゆみし達を守るべく、目の前から迫る、鋭い動きの暗殺者。


「ひゃーっ! かっこいー! やっぱこういうのって、異世界ファンタジーって感じがするよねー!」


 切れ味鋭い短剣で襲いかかってくる相手。そんな攻撃をこともなげに躱しながら、興奮気味な声を上げる彼女。

 その表情はまるで、アイドルを推すファンのような喜びようだ。


「くっ! 死ねっ!」


 埒があかないと感じたのか。

 暗殺者が後方に飛び退ると、ばっとナイフを両手に数本ずつ手にすると、同時に彼女に投げ込む。

 暗い森の中、飛来するそれを避けるのは困難。そう判断しての行動は、あっさりと無に帰した。


「私、メリーさん。今ねー」


 正面で動きを止めたメリーの、相変わらず脳天気な声。

 だが、続けて口にされた言葉に、暗殺者は驚愕した。


「あなたの後ろにいるの」


 囁くように後ろから聞こえた声に、ばっと反応して振り返った瞬間。

 そこにいないはずのメリーのにんまりした顔を見たと同時に、首をずばんと手刀で落とされた。


「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」


 絶叫と共にその場に倒れ伏す、の暗殺者。

 何故その者が倒れたのか。周囲の者には誰もわからない。

 そう。呪いによって死ぬ瞬間を見た、本人以外には。


 ただ、周囲が驚愕したのは、間違いなくその疾さだった。

 ダガーを避け背後に回ったとすれば、それはもう目にも止まらぬ動きという言葉が相応しい。


 流石に後方。

 前方であがる悲鳴や狂気の声を耳にしてはいたが、それ以上に目の前で起きたあり得ない相手の動きに、ドルディマンは恐怖した。


「は、早く! 奴を消し飛ばせ! 倒した者は、報酬を五倍、い、いや、十倍だ!」


 慌てて叫んだ彼の一声に、周囲の術師達の顔色が変わる。

 複数の魔術師が杖を構え、同時に詠唱を始めると、森の上空に浮かび上がったのは様々な形状の魔法の弾だった。

 炎の球に雷の槍。氷の矢に光の剣。

 それらが夜の森を明るくすると、メリーの笑顔がより輝く。


「きたきた! やっぱ異世界ってこうじゃないと!」


 フードをばっと後ろに払い、目をキラキラさせる彼女に向け、一斉に襲いかかる数々の魔法。

 それを、暗殺者の攻撃を掻い潜るよりも早く、素早いステップで避け続ける。

 間違いなくその動きは、この世界の達人の域。

 競えるとすれば相応の実力者か、六花や鴉丸くらいであろうか。


 ひっきりなしに襲ってくる魔法を、するするっと避け続けたメリー。だが、それも少しすると飽きがくる。


「なんか思ってたより地味だなー。もっと派手な魔法で、ドーン! ってしてくれたらいいのになー」


 兵士達にとって、仲間もいる戦場。実際そこまでの事はできないのだが。そんな事情などお構いなしの彼女にとって、飽きたおもちゃに用はない。


「そろそろ本命と遊ぼっかなー。私、メリーさん。今ねー……あなた達の後ろにいるよ?」

「……なっ!?」


 魔法を避けながら口にされた言葉に、戦いを挑んでいた術師達は、はっとして一斉に声のしたそれぞれの背後を向く。

 間違いなく、聞こえたはずのメリーの声。

 だが、そこにいると思われた彼女はいない。


 では、メリーは側にいないのか?

 ……否。

 

「みんな、正直過ぎ♪」


 可愛い声と同時に、後頭部に彼女の指が触れた瞬間。

 ある者は絶叫し、ある者は口から泡を吐き、ある者は目を見開いたまま、突如意識を失いその場にバタバタと倒れていった。


 それぞれが見たのは、悪夢だった。

 メリーの腕で心臓を貫かれ。

 メリーの蹴りで身体を真っ二つにされ。

 メリーの突き立てたナイフが、額から頭を貫く。


 心を抉る悪夢で恐怖に慄いた瞬間、術師達の首元への手刀で意識を奪ったのは、ある意味メリーの優しさ。

 もし意識を失わければ、彼等はその悪夢に殺されていたであろう。


 瞬く暇も与えず、それだけの者の近くに立ち、呪い殺さんという勢いをもって術師達を倒す。

 どこに逃げようとも追ってきて、その者を呪い殺すと言われる伝説の怪異、メリー。


「さーって。次は誰が遊んでくれる?」


 遠巻きに彼女を見ていた兵士達は、指一本で皆を倒す少女が見せる無邪気な笑みの裏に潜む、得体の知れない狂気に思わず後退りする。

 が、彼女を見てしまった時点で、もう彼等に逃げ場はなかった。

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