第四話:仲間の妖怪達

「ほらよ」

「ありがとう」


 地面に降りやすいように首を下げると、せつが前にすとんと飛び降りる。

 それを見届けた後、伸ばした首を人の長さにまで戻した六花は、ゴキゴキッと首を鳴らす。


「あ、あれは幻術か?」

「わ、わかるわけねえだろって!」


 一部始終を見ていた門の左右に立つ衛兵二人は、幽霊でも見たかのように顔を青ざめさせ、門の左右で立ち竦んでいる。


 それを見て、六花は大きなため息を漏らす。

 妖怪、として生きるあやかしだからこそ、本性を晒した時に見せる、このような人々の反応は日常茶飯事。

 だが今は、怯えてもらっては困る。


「あんた達」

「は、はひっ!」


 六花の声に、怯えた声をあげ背筋を伸ばす衛兵達。

 そんな二人に、彼女はさらりと笑う。


「あんた達が、あたし達を恐れるのは当然。だけど、これからあたし達は、あんた達を助けるために戦うんだ。今だけは仲間と思って、あたしの指示に従いな。いいかい?」

「お願い。ちゃんと助けてあげるから」


 六花に続き、せつもまた無表情ながらぺこっと頭を下げると、衛兵達は顔を見合わせる。

 確かに、この世界に首が伸びる人などいない。恐れももっとも。

 だが、同時に笑顔の六花も、頭を下げたせつも、まるで自分達と変わらない。


 しかも、二人ははっきりと口にしたのだ。自分達を、この窮地から救ってくれると。

 得体の知れない存在。

 だからこそ、彼等に秘めた実力があるのかもしれない。そんな希望を見出すのもまた、正しい思考なのかもしれない。


 衛兵二人の気持ちは同じだったのか。

 緊張しながらも、同時に頷き合う。


「わ、わかりました」

「どうか、ご指示を」


 二人が意を決し、敬礼と共にそう口にした瞬間。


  バキンッ! バキンッ!


 外から門を壊そうと斧が振るわれる音が耳に届き、二人はまたビクッと身体を振るわせ、六花とせつは表情を引き締める。


「あんた達! あたしが指示したら門を開けな! あたし達が外に出たら、すぐ閉めちまっていい! それが終わったら、後は街の奴らと合流して、神様にでも祈っときな。そうすりゃあっさり戦いは終わるさ。それくらいできるだろ?」

「は、はい!」


 これから戦いが始まる。そう伝える強い声に、衛兵達にも喝が入り、きびきびとした動きで門を開ける準備にかかる。

 これでも兵士。そう言わんばかり動きを見て、六花もニヤリと笑う。


「さて。せつ。門の前にいる奴らの足止め、いけるね」

「うん」


 小さく頷いたせつは、両手で水を掬うように顔の下に添えると、ふぅーっと地面に向け冷たい息を吐いた。

 まるで息に呼応するように、すぐさませつの目の前の地面の上を覆った霜が、まっすぐ門の方に一気に広がっていき、そのまま門の下を潜っていく。

 と、その直後。


「な、なんだ!?」

「あ、足元が凍ってやがる!?」

「う、動かねぇっ!?」

「こ、この氷、割れねえぞ!?」


 動揺した兵士の声が、門の向こうから次々に届いた。


「よし! 門を開けな!」

「は、はい!」


 六花の指示に、街の門にされていた閂が外され、内側に扉が開いていく。

 と、その先に広がった光景に、衛兵達も、遠くから見ていたセリーヌ達も驚愕した。


 門から先、森に向け広がっていた霜が、兵士達の足首くらいまでを凍らせ、動けなくしていたのだ。

 勿論、彼等を束縛する氷は、そう簡単に溶けるものではない。

 なぜならば、それを生み出したせつこそ、妖怪なのだから。


「流石だよせつ! あんた達! あとは指示通りに!」

「は、はい! ご武運を!」


 衛兵達の言葉ににっと笑った六花は、首にかけていたヘッドホンを被り、パーカーのフードを被る。

 突然耳元に聞こえる、けたたましいロック調の音楽。重低音の効いた激しい曲に、彼女のテンションがあがっていく。


 予想だにしない状況に動揺する、動けない敵兵達。

 その一番最前線、門の正面にいた斧を持つ大男と目があった六花。


「まずはあんたからだ! しっかり気張んな!」


 そういうと、両足を開き、胸を張って後ろに仰け反った。

 同時に後ろに伸びた首と、飛んでいく頭。


「ななななっ!? なんだあっ!?」


 現実離れした、彼女の人外過ぎる動きにぎょっとした大男や兵士達。

 離れた顔を止め、相手を一瞥した六花は、にやっと笑う。


「いくぜっ!」


 ぎゅんっと身体を前に倒すと、反動で離れた頭が伸びた首と共に、一気に戻ってくる。そして、そのまま彼女の身体の上を通過した頭は、勢いよく大男めがけ飛んでいった。


「こ、このっ!」


 恐怖心に負けず、咄嗟に六花の頭目掛けて斧を投げた大男。その反応は悪くない。

 が、それを平然と額で受けた六花には傷ひとつ付くことなく。そのまま斧を天高く弾き飛ばし、男の鎧の下にある鳩尾めがけて頭を叩き込んだ。


  メキメキメキッ!


 腹部の鎧が一気にひしゃげる嫌な音に合わせ、足元を凍らせていた氷にヒビが入ると。


「ぐほぉっ!」


 男は六花の頭ごと、一気に後ろに吹き飛ばされた。

 何人かの兵士が飛ばされた男の巨体を避けられずに激突したものの、その勢いは止まらず、大男はそのまま後方にあった大木に背を打ち付ける。

 直後、腹部に六花の頭がめり込むと、男は白目をむき、泡を吐いて気絶した。


 彼女が再び首を短くし、頭が身体の下に戻すと、またも首をゴキゴキッと鳴らす。

 その異様な光景に、足を凍らせられた者達だけでなく、霜の外にいる兵士達までもが戦慄を覚える中。六花は最高に楽しげな顔をした。


せつ! 凍らせてる奴等は任すよ!」

「うん」

「じゃ、派手に行くよ!」


 楽しげに両拳をぶつけると、そのまま一気に動けない兵士達に目もくれず、その左右から押し寄せる新たな兵士達に駆け込んで行く六花。


「い、行け!」

「止めろ!」


 負けじと踏み込んでくる兵士達が、彼女に武器を振るい襲いかかる。

 六花はそれらを、ヘッドホンから流れる激しいロックな曲に合わせながら見事に躱わし、隙に鋭い拳や蹴り、頭突きを繰り出しカウンターを入れていく。

 勿論、トレードマークとも言うべき首を伸ばし、時に敵の首を締め付け気絶させ、時に相手の体に巻き付くと、軽々と持ち上げて別の兵士達に投げつけ。激しい攻めの合間にろくろ首らしさを存分に見せつける。


 ドルディマンの雇った兵士達も、決して弱いわけではない。

 悪には悪なりのコネがあり、前衛には屈強な戦士達も多い。

 しかし、そんな者達を寄せ付けない、六花のリズムに乗った激しい攻めを、妖怪の恐ろしさを知らない彼等が相手にするには荷が重すぎだった。


 次々に倒される兵士達。

 勢いそのままに、戦場を門の右手側に移していく六花。

 結果、門の前に残ったのはせつだけ。

 無表情に立つ幼女の姿を見て、六花に狙われなかった兵士達の目の色が変わる。


 強き者を止めるには、弱き者を盾にすればいい。

 彼女の姿を見て、そう思うのは必然であろう。


「あ、あのガキを捕らえろ!」


 ある兵士の叫びに、せつに集まる兵士達の視線。

 それでも表情の変わらない彼女。だが、心の内は違う。


 足が凍りつき動けない兵士達を避け、押し寄せてくる者達。

 だが、次の瞬間。


「ぎゃぁぁぁっ!」

「な、何だこりゃぁっ!」

「さ、刺さってる! 氷が刺さってる!」


 彼等は阿鼻叫喚の声と共に、同時に足を止めた。

 いや。というのが正しいであろうか。


 まるで狙いすましたかのように、彼等の足の裏から甲を貫いた、膝丈ほどある鋭い氷の棘。

 いきなり動けなくなった反動で、刃物のように鋭い氷に足の肉を抉られた兵士達は、顔を歪め絶叫した。


 そんな彼等の頭上から、ふわりと舞い降りる何かが、ひとつ。またひとつと増えていく。

 痛みを堪え、空を見上げた兵士達。

 視線の先にあったはずの星空は暗雲に覆われ、そこから雪が降り始めていた。


 この世界でも南方の、温暖な地域にあるサルディアの街。

 気温が下がらない地域だからこそ、ここ一帯で雪が降ったことなどない。


「な、何だこれ……」

「きゅ、急に、さ、寒くなってねえか?」

 

 吐く息が白くなり、同時に寒気で身体が震えだす兵士達。

 そんな彼等を見ながら、まるで張り付いたかのように無表情を貫くせつが、ぽつりと呟く。


「ここは、通さない」


 感情の籠もっていない、冷たい一言。

 その瞬間、霜が広がっていた場所にだけ、一気に吹雪が吹き荒れた。


「ささささ、さみいっ!」

「な、なんだ!? 手足が、凍っていく!?」

「たたたた、たす、たす、けて……」


 まるで樹氷のように、一気に雪に覆われていく兵士達。

 寒さに声もあげられず、ただなすがまま動きを封じられた彼等は、唯一呼吸を許されたかのように顔だけを出し、動くこともできず生殺しの状態となる。


 兵士達の恐怖に凍りつく顔。

 それを表情ひとつ変えずに見つめるせつは、まさに雪女そのもの。

 彼女の異質な力に命の危機を感じた兵士達は、自分達の考えが甘かった事を痛感するのだった。

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