第三話:百鬼夜行の始まり

「……みんな」


 神也がくるりと振り返った瞬間。


「お兄ちゃん。いいよ」


 最初にそう口にしたのは、幼子らしい笑みを見せたせつだった。


「えっ?」

「若の心など、読まずともわかります。われは若に仕える物として、その想いに応えるまで」


 せつの言葉に驚く神也に対し、両腕を組んだまま、横目で彼を見つめる鴉丸の言葉にもまた、迷いはない。


「へっへっ。敵はロックにぶっ飛ばす。神也の願いが叶うなら、理由はそれで十分!」

「そうそう! 相手が悪人なら、手加減しなくていいもんね!」


 両拳をゴツッと合わせ、にかっと笑う六花と、期待に満ちた笑みを見せるメリー。


「神也よ。其方そなたがその想いを叶えたいと望むなら、妾達わらわたちの力でこの者達の後顧の憂いを断ち、平穏に暮らせるようにしてやろうぞ」


 妖艶ながら、優しさを秘めた微笑みで、玉藻もまた彼の願いを叶えんと、迷いなくそう口にする。


「みんな……」


 改めて仲間の優しさと勇気に感謝した神也は、表情を引き締めると、こくりと頷く。


「いい? 怪我をしたら、無理しないで引いて。僕が傷を治すから」


 強き瞳を仲間に向け、そう告げた瞬間。


『時間だ。まずは、炎の雨でも楽しむがいい!』


 高らかに叫んだドルディマンの声に合わせ、向こうで雄叫びが上がると、壁の上を越え、無数の火矢が打ち込まれた。


「くそっ!」

「姫!」


 兵士達が慌てて声を掛け、セリーヌもまた天を見上げ唖然とする中。


「鴉丸!」

「お任せを」


 神也の強き叫びに応え、鴉丸が手にしたのは羽団扇。同時に、彼の背中に漆黒の翼がばさっと現れた。


風神来儀ふうじんらいぎ、矢返し!」


 ドルディマンの声に負けない高らかな叫びと共に、勢いよく空に舞い上がった鴉丸は、そのまま錐揉み回転しながら上昇し、火矢の雨も中を通過する。


 と、瞬間。

 鴉丸が上昇した際に生まれた風に煽られ、まるで魔法にでも掛かったかのように、すべての矢がくるりと向きを変えると、射られた際の軌道をなぞるように、そのまま放物線を描き壁の外に消えていく。


 そして──。


「ぎゃ、ぎゃあああっ!」

「も、燃える!?」

「危ねえ!」


 壁の向こうから聞こえて来たのは、敵方の阿鼻叫喚の声だった。


「ふん。子供騙しが」


 黒き翼をはためかせ、空に舞い続ける鴉丸。

 彼の神通力とその姿に、セリーヌ達は思わず言葉を失い愕然とする。


「さて。では、わらわも行くとするかのう」

「そうだね! ダーリンはここで、無事を祈っててね!」

「神也に祈られなくたって負けやしねえよ。な? せつ?」

「うん。じゃ、お兄ちゃん。行ってくるね」

「うん。みんな、気をつけて」


 神也の言葉に仲間達がそれぞれに頷くと、玉藻はまるで空中に足場があるかのようにとんとんっと華麗に、メリーは勢いよく壁に向かって走った後、素早く一気に垂直の壁を駆け上がって行く。

 六花とせつといえば、二人と対照的にゆっくりと閉じられた門の方に歩いて行った。


「な、何なんだ、あいつら……」


 得体の知れない彼等の動きに、思わず畏怖の交じった驚きの声を漏らす。

 それは最も。だが、神也はそれに応えはせず、


「頼むね。みんな」


 代わりにそう、一人ごちた。


「……何故、信じていただけたのですか?」


 何処か寂しげにも見える、残された神也の背中を見ながら、セリーヌがそう問いかけると、彼は振り返る事なくこう答えた。


「……何となく、言葉に嘘はないなって思ったのもありますが。今のあなたは僕と同じで、みんなの力が必要だと感じたから、でしょうか」

「貴方様と同じ、ですか?」

「はい。僕も、みんなに助けてもらう側ですから」


 そう。残念ながら、今の神也の力では、戦うにはあまりに心許ない。

 先の宣言通り、彼等の怪我を癒す事はできても、今の自分ができるのはそれだけ。

 鴉丸や六花に戦いの稽古をつけてもらっているとはいえ、実戦に耐えうるかといえば程遠い。

 それを自覚しているからこそ、神也は仲間を信じる事しかできず、仲間を危険に晒す事しかできないのだ。


「……ここまでの劣勢。あの方達ならば、どうにかできるものでしょうか?」


 ゆっくりと横に並び立ち、心肺そうに神也を見るセリーヌ。

 視線に気づいた彼は、自身の悔しさ溢れる気持ちを隠し、安心させるように微笑むとこう言った。


「信じてください。彼等は僕の、最高の仲間ですから」


   § § § § §


 戦いへ赴くべく動き出した彼等は、明かりに照られていない外壁の上から、眼下に陣取る兵士達の様子を伺っていた。


 外壁の上にそれぞれの姿勢で腰を下ろした鴉丸、玉藻、メリー。

 その後ろから、ひょっこり顔を出した六花と、途中でを椅子がわりに、腰掛けたせつも側にいる。


 視線の先には、かなりの数の兵。

 その遥か後方で、彼等の持つ松明に照らされたドルディマンが、顔を真っ赤にしていた。


「な、何だったのだ今のは!?」

「わ、わかりません! ただ、あれだけの火矢を同時に返すなど、Sランク級の魔術師や精霊術師でもなければ、そうできる代物ではないかと──」

「うるさい! 高位の術師などいないと報告してきたのは、お前ではないか!」

「も、申し訳ございません!」


 ドルディマンが癇癪を起こし、部下である兵を怒鳴りつける。

 周囲の兵士達は状況を飲み込めず、負傷者の手当てをしたりしながら、静かに次の命令を待つだけ。

 だが、ドルディマンや部下の会話の端々に出てくる、強大な力を持つ相手。

 その存在を怒号でちらつかせられて、薄っすら嫌な予感を感じ取っているように見える。


「あの程度で浮き足立つとか。心霊スポットに乗り込んでくる不良と同じじゃないか」

「うん。そんなに、強くなさそう」


 彼等の態度を見て、六花はまたも呆れ顔。

 せつも何時ものように、無表情に戻っている。


「でもこの後、魔法が飛んできたり、武器で襲いかかってくるんでしょ? どんなのか早く見てみたいなー!」

「メリー。はしゃぐのはよいが、目的は違えるな。若が哀しむ」

「わかってるわよ! まったく。鴉丸はお堅いんだから」


 楽しみな気持ちに釘を刺されたメリーが、頬をぷーっと膨らませ、不貞腐れた顔をする。

 が、鴉丸はそれに取り合う事はせず、再び眼下に目を向ける。


「良いか? 最後はわらわをする。できる限り兵は生かしておけ」

「あのデブは逃がしてね。メリーが追いかけて色々探るから」

其方そなたがやらずとも、彼奴あやつなどわらわがどうにかする。手を出すでない」

「だめだめー。玉藻ってば、すぐ殺しちゃうじゃん。あいつってば絶対用心深そうだし、色々探ってからにしよ?」

「まったく。性悪娘が。其方そなたこそ、用がなくなればすぐ消すではないか。わらわに面白い策がある。素直に譲れ」

「絶対やーだ!」


 玉藻とメリーの意見が割れ、隣同士の二人がいがみ合う。

 見慣れた光景とはいえ、これには六花や鴉丸も自然とため息が漏れる。


「だったら、メリーがやりたいこと済ませたら、玉藻に渡そう?」


 と。二人に割って入るように、ぽそっと口を開いたせつに、玉藻とメリーがそっちを見る。


「お兄ちゃん、きっと仲良くやろうって言うよ? それでも喧嘩するなら、お兄ちゃんに告げ口するから」


 相変わらず表情を変えず、さらっと冷たい言葉を投げかけるせつ

 だが、それはこの二人には恐ろしく効果的だった。


「ま、待つがよい。元はといえばメリーのわがままで──」

「何メリーのせいにしてんのよ! って、喧嘩してる場合じゃなかった。た、玉藻! ここはせつの言うことを聞こう? じゃないと、終わった後に撫でてもらえないよ?」

「むぐ……確かに、それはわらわにとっても死活問題。仕方がない。せつの案に乗ってやろうぞ」


 ぐぬぬっと歯がゆそうな顔をする、玉藻とメリー。

 それを見て、鴉丸と六花が顔を見合わせ肩を竦める。


「こうなったら門を壊し、一気に畳み掛けろ! 火矢を射掛けるのも忘れるな!」


 どこか和やかになっていた五人の耳に届く、業を煮やしたドルディマンの命令。

 瞬間、鴉丸達は表情を引き締める。

 

「じゃ、あたしとせつは門から行くとするかい」

「うむ。では、我らは上から仕掛けるとしよう」

「みんな。頑張って」

せつもね! 玉藻。さっきの話、忘れないでよね!」

「わかっておるわい。其方そなたこそ、誤って彼奴等あやつらを殺すでないぞ」

「あったりまえじゃん。楽しみは最後まで取っておかないとだもんねー!」


 相変わらず緊張感のない会話を交わした五人。

 彼女達は互いに笑いあった後、六花は伸ばした首を戻し、せつと共に三人から離れていった。

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