第二話:救いの声

  ──あの方は……。


 光の中から現れた、見知らぬ男女達。

 セリーヌはその輪の中にいる、決して冴えた外見ではない彼から目が離せなくなっていた。


 彼女は神也に会った事も、見た事もない。

 だが、この絶望が近づく最中にあって、仲間にその柔らかな笑みを浮かべる青年に、彼女の家に代々伝わるが重なる。


 いにしえの時代。

 異界からやって来た者達により、世界が救われたという、語り継がれし伝承。

 夢物語でしかないような話。だが彼女はそこに、わずかな希望を抱いてしまう。


「き、貴様達! 何者かと聞いている!」


 やっと我に返った兵士の一人が叫ぶと、はっとした神也が彼等に向き直った。


「あ、す、すいません! その、怪しい者じゃないんです!」

「何を言っている! いきなり光から現れた時点で──」

「ザナーク」


 神也に食ってかかる勢いの若き兵士、ザナークの前に細い手を伸ばし、彼を制したセリーヌが一歩前に出る。


「セリーヌ様!?」


 他の者達が驚く声も無視し、彼女は凛とした態度のまま、神也の前まで進むと、彼をみつめたまま口を開いた。


わたくしの名はセリーヌ。昔、亡国の王女だった者です」

「えっと……つまり、お姫様だったって事、ですか?」

「はい」


 突然の転移があった直後の、見知らぬ相手からの突然の告白。

 神也はそれに戸惑いを隠せなかった。


 とはいえ、彼女が姫であった事を疑ったわけではない。

 そのものに困惑しただけ。


  ──お姫様って、どういう事だろう? それに後ろの人達の格好。どこかのアトラクションの人みたいだけど……。


 真剣な瞳を向けてくるセリーヌを含め、彼等が住む現代の日本ではまず見ない格好。

 彼が首を傾げたその時。ふと、向こうの世界で見た、彼等に近い服装をした者達が浮かぶ。それは──。


「ねえ、ダーリン。もしかしてここ、異世界ファンタジーの世界じゃない?」


 神也の思考に割って入るように、彼の脇に立ち、目を輝かせたのはメリーだった。

 彼の心当たりもまた、ゲームやアニメで見た世界の数々。

 そう考えれば、確かにこのような服装をしているのもしっくりくる。


「確かにコスプレにしちゃ、ちょっと本格的過ぎだね」

「うん。街並みもリアル過ぎる」

「でしょでしょ? って事は、あたし達きっと、異世界転移したんじゃない?」


 六花とせつが納得すると、一気にテンションが上がったメリーが、より前のめりにアピールしてくる。


「異世界、ファンタジー?」

「アトラクションに、コスプレって……何だかわかるか?」

「いや。さっぱりわからん。異国語か?」


 ある意味、互いに異国の者同士。

 それらの単語が彼等にわかるはずもなく、セリーヌ以外の街の者達が困惑を深める中。神也は彼女達の言葉を聞き、腑に落ちた顔をした。


  ──確かに、これまでのも考えると、その方が納得はできるかな。


 過去に何度か似たような体験をしていたせいか。神也の心は妙に落ち着いていた。

 ただ、同時に目の前に立つ女性の酷く切迫した表情から、彼女にとって只事ではない何かが起きているのだろうと感じる。


「メリー、ごめん。悪いんだけど、少しだけ待ってくれる? 今はセリーヌ姫の話を聞きたいんだ」


 折角盛り上がれそうな話題を振ったのに、神也は真剣な顔でそう願い出た。

 会話を遮られた彼女は、気分を害すかと思いきや。


「うん! わかった!」


 と、笑顔で頷く従順さを見せた。

 その内心はというと……。


  ──ダーリンがしてるって事は……きっとこの後、楽しいことがありそう!


 という、別の期待からなのだが。


「失礼しました。セリーヌ姫。続きをお願いできますか?」

「はい。シンヤ様、でよろしかったでしょうか?」

「はい」


 一旦そこでセリーヌは言葉を断ち、わずかに目を伏せ、唇を噛む。

 突然現れた、自らに関係ない者に、こんな言葉を口にしてよいはずがない。

 それはわかっていた。


  ──ですが、伝承が真実だとするならば、彼等こそ、ここにいる皆の希望となってくれるはず……。


 確証はない。だが、そんな藁にもすがるような想いを捨てきれず、セリーヌは再び顔を上げ、神也を見つめた。


「シンヤ様。どうか、私達わたくしたちをお助けください」

「え? 僕達が、ですか?」


 突然の申し出。

 少し驚いた顔をする神也に、彼女は申し訳無さそうに小さく頷いた。


「何があったのですか?」

「それは──」

『先程の光。何があったかは知らんが、そろそろ時間だ。あと一分で出てこなければ、まずは街に火矢を放つ。それでも抵抗するなら門を壊し、住人を一人ずついたぶり殺してやろう。勿論、お前が自害しようものなら、街の者も全員死ぬと思え。さあ。セリーヌ。最後の慈悲をくれてやる。どうする? 儂の下に来るか、皆で死ぬか』


 セリーヌの言葉を遮り、拡声器で叫んだかのように響く声が街の中に届く。

 ドルディマンの声だ。


「……あれが元凶、か」

「ほんと。顔も見てないってのに、声だけで腹黒さがわかるってのも、相当だね」


 鴉丸は顎を撫でながら、六花も呆れながら声のした方を振り返る。


「本来、きちんと事情を話さねばならないことは、重々承知です。突然あなた方に助けを乞うのも、非礼以外の何者でもないと理解しております。ですが、私達わたくしたちにはもう、時間がないのです」


 悲しげな表情。

 希望にすがり懇願するセリーヌの瞳を、神也は目を逸らさず受け止める。


「……セリーヌとやら。敵の数は?」

「はっきりとした数はわかりませんが、大体数百名。ドルディマンの事です。戦士だけでなく、術師や弓士など、手練れの兵や盗賊を集めているであろう事は間違いありません」

「戦士に術師……なんか、ファンタジー感マシマシじゃん! 面白そう!」


 玉藻の問いに代わりに答えたのは、先程の兵士、ザナーク。

 その数と内容に、メリーは先ほど隠していた感情と表情をついに表に出した。


「お兄ちゃん。どうするの?」


 ここまでの話を聞き、未だ無表情のままのせつが問いかける。


  ──……僕が、彼女を助ける選択をすれば、仲間みんなを危機に晒す事になる。


 神也はじっとセリーヌを見つめたまま、そんな事を思う。

 だが、同時にこうも思っていた。


  ──だけど、もし僕達が見捨てたら、彼女達はきっと、命を落とす……。


 彼はセリーヌから視線を外すように、目を閉じ少しだけ考え込む。


 彼は知っている。

 自身に戦う力は皆無。だが、仲間達であれば、この窮地を救えるであろう事を。

 そして、セリーヌの言葉には、自分や仲間達を納得させるだけの言葉がなかった事を。


 だが、同時に神也は直感的に感じていた。

 彼女が真に善人であることを。

 そして、街の外から聞こえた声こそ、真に悪人であることを。


 彼が持つ天賦の才、神感しんかん

 信じられる者か否か。無意識に感じ取るその力が神也に告げている。

 セリーヌは信頼たる、助けるべき女性であると。


  ──ここに現れたのは、偶然かもしれない。けど……。


 彼はその直感を信じ、覚悟に変えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る