第2話肉の森を求めて
今月の中旬にはホワイトデーとか云うイベントが例年通りに開催されているらしい。しかし特に誰かからチョコレートを貰った訳でもない春山昌典にとっては必然的にお返しする義理も無い。故に限りなく、どうでも良い日だった。
振り返ってみれば抑々のバレンタインデーにした処で、誰かから貰う当てが無ければ、単にチョコレートのセールを行っている日でしかない。彼女の類いがいなければ尚更であろう。
思えばクリスマスだって、春山昌典にとっては最早、単なるケーキの特売日でしかない。サンタクロースが実在しなければ尚更だろう。
「だったら、サンタギャルが彼女だったら全て解決だな」
全く何の解決にも成らない打開策を彼はプレゼンした。だが助手席を占領していると思われる虚無感には、必然的に同意の気配は窺えない。車内には沈黙が流れるばかりだった。
カーラジオの類いを彼は殆ど聴かない。昔は聴いていた頃もあった。しかし改変期の度に、割と聴いていた幾つかの番組が次から次へと最終回を迎えて往った。そんな事が繰り返されて往く内に、段々と聴かなく成っていった。
聴かないなら聴かないで、別に困る事も無かった。退屈凌ぎに聴くだけだと云うなら、何か思いに耽りたい時には却って余計かも知れない。いっそ静寂である事が心地良い位だった。時々ポツリと独り言を呟いておけば、充分に気が紛れた。
「考えてみりゃ、今月って誕生日だったけか?まあ今更、お祝いされた処で虚しいだけだよな・・・てか、祝ってくれる相手もいねぇや」
今も、こんな風に独り言を呟くだけで気が晴れた。特に誰かに祝われずとも、気持ちは晴れ晴れする。カラッと晴れ過ぎて乾き切った気すらする。
乾いている、と云うよりも渇いている、と云うのが実情かも知れない。潤いの欠けた日々の集大成が彼の誕生日なのだろう。
嘗ては潤いと呼べそうな日々も有った気もする。昔はお気に入りのラジオ番組を聴いていた頃も有った様に・・・。だが戻りたくても戻れないだろう。サンタクロースの存在を信じていた頃には戻れない様に・・・。
「クリスマスってんなら兎も角、僕の誕生日にケーキの特売なんてやってないだろうしな」
そんな特典を享受出来るのはクリスマス生まれの者達だけだろう。だが、どうやら話に聞く処に由ると、クリスマスとバースデーを総取り可能な立場の者達にとっては、其れは特典には該当しないらしい。プレゼントを貰える日が一つ減るだけだ、との事らしい。
周囲の人々が該当者を2倍祝えば解決する話なのだろうが、そんなに気前の良い話に成らないのが現実なのだ。故にクリスマスとバースデーは両立させ難いのだ。
或いは最大級の難点と成り得る事象は「肉」かも知れない。ビーフやポークが食べたい気分の時でも、半ば強制的に食卓にはチキンが並べられてしまう。これは深刻な迄に議論の余地を残した問題点であろう。
「そう言や、近頃、肉とか全然食ってないやなぁ」
唐突に春山昌典は思い至った。
「この辺の道路沿いに何か店とか在ったっけかな?」
別にチェーン店の牛丼屋とかファミレスでも良かった。何ならコンビニとかチェーン展開してる弁当屋辺りの焼肉弁当の類いでも構わなかった。何らかの、それなりのモノで充分だった。
特に空腹と云う訳でも無かった。唯・・・何となく、味わってみたい・・・。そんな気持ちだけが有った。
そう、気持ち、なのだ。必ずしも「食欲」の類いでは無かった。欲望から乖離された純然たる「想い」だった。
ならば・・・だったら「愛」なのだろうか?肉と云う物への愛なのか。食べたい位に好き、とは正にこんな風な事なのだろうか・・・。
「でも僕は、どっちかと云えば、甘党だよなぁ」
今迄の流れを彼は自ら覆してみせた。愛が冷めたのか?それとも偽りの愛だったのか?自問自答を試みる。彼が自分自身のインナースペースへと問いかけた、其の果てに辿り着いたのは、確かに求めている、と云う気持ちであった。矢張り、どうにも食べたいのだ、肉を。
栄養素として躰が求めているのだ。ならば肉体だけが目当てなのだろうか?いや、もっと本能的な求めが有った。生物としての食欲であった。だが其れは同時に、ヒトとしての意志の発露でもあった。所詮、人間も生物の一種でしかないのだ。
「うん、やっぱ今って、肉な気分だな」
理由としてはそれで充分だろう。少なくとも、何らかの一つの解答へと辿り着けたのだ。特に目的も無く、自動車を飛ばしていただけの彼に、目指すべき場所が漸く見付かったのだ。
「僕が僕を肉で祝うんだ」
アクセルを少しだけ強めた。だが別に飛ばし過ぎる事も無い。余りスピードを出し過ぎたら目的地を見落としてしまうかも知れないからだ。でも気分だけは、マッハの速度を超えていた。
春山昌典よ、何処へ往く。
黄道の迷い道 @3monbun4
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