【KAC20246】天国と地獄……(怒られるわ!)
蒼井星空
第1話
正直、想像以上だった。
僕は今年からT大学に通う大学生だ。
それなりに勉強してきて、運もあって志望する大学に入れた。
合格発表の時は緊張したけど、母さんも父さんも喜んでくれたから僕も嬉しかった。
そして春からは一人暮らしをしている。
最近は家賃も高いからなかなか生活は厳しいけど、開放感と自由さを謳歌していた。
その結果、日々の食事がおろそかになったのは仕方ないことだと思う。
授業に宿題や予習、友人との遊びやサークル活動、ネットゲーム……。
時間を使う事ばかりだから、どんどん適当になった。
近所のスーパーのパンは全て制覇してると思う。
そんな僕の目の前には、今日の夕食がならんでいる。
美味しそう……とはみじんも感じない何か。
これが食べたいというやつがいたら正直頭か味覚が完全に別世界の人……、もしくは僕にこれを差し出した美咲さんに憧れるやつのどっちかだろう。
正直予想外だった。
僕の食生活を知った同級生で帰国子女の美咲さん。
この前の大学のBBQでのバカ話のなかで僕の酷い食生活が話題になり、だったら作ってあげようか?と言われ、ドキドキしながら全力で片づけた自室に招き入れたのが2時間前のことだ。
可愛い同級生の女の子が自宅でご飯を作ってくれるシチュエーションに悶絶すること3晩。
ようやく今日が彼女が僕の部屋にやってきた。
ここは天国かな?
美咲さんにビールでも飲んで待っててと言われて待つこと2時間。
彼女は今、僕の目の前に座って穏やかな表情を浮かべている。整った目鼻立ちが彼女の顔立ちを引き立てていた。黒髪や細身な体つきもあいまった彼女の美しさは華やかなものではなく、控えめで自然体の中にあった。
正直に言おう。僕は彼女に憧れていた。何気ない会話ができる落ち着いてるけどノリは悪くない女性。勉強はできるし、将来もちゃんと考えてる。そんな彼女が家に来てくれるなんて飛び上がって喜んだのは内緒だ。
しかし彼女の目の前で、夕食のようなナニカが強烈な匂いと恐ろしい存在感を放っている。あきらかに自然にはできあがらないであろうその威容は、彼女の自然な美しさとの対比でただただ恐ろしかった。それを笑顔で出してくる彼女も恐ろしかった。ギャップが酷い。
明らかに焼きすぎで焦げた表面だがカットされた中身は生っぽい肉。付け合わせはなんだろう……炭かな?その隣のものはパンのような……炭。さらいには彼女の後ろで煙を上げている鍋……。その鍋、そこそこ高かったんだけど。
さすがにまずいと思って僕は美咲さんに声をかける。精一杯のオブラートを用意した。
「鍋、いい具合なんじゃないかな?」
「あっ、いけない」
そう言うと彼女は立ち上がり鍋の火を切って中を確認する。
その間に覚悟を決めて目の前の何かを口に放り込む僕……。
目を閉じてそのまま咀嚼……のみこ……めずに足元にあったゴミ箱に発射。
すまない何かの肉。これはムリだ。
「ごめん、ちょっと焦がしちゃったかも」
そう言われる声に僕は反応できない。スープすら炭か……。
リバースしたにも襲ってくる悪寒。
舌にこびりついた嫌悪感。
そして沸き立つ恐怖感。
震える僕が握りつぶす空き缶……。
なんのラップだ?
「あっ、食べてくれたのね。どうだったかな?鶏肉ちょっと焦がしちゃって」
鳥だったのか、あの哀れな塊は。
もうなんと言うか、料理っぽく鶏とか言いたくない。鳥……いやトリだ。
すべての食材さんごめんなさい。
僕は今日、あなたを粗末にしてしまいます。
今まで一度も食べ物を残したことなんてない。申し訳ないと思っています。でも、これはムリです。
そもそも半生の鶏肉ってやばくないか?
そしてソースが酷い。なんて言うのかな、この刺激臭。酷いと思ったんだけど食べたらもっとやばくて舌に刺さるこの感じ。麻痺毒かなにかなのかな?
それ以外は全部炭。
ごめんなさい。
「今まで料理とかしたことなかったから上手くできてるか心配だけど、どうぞ。鶏肉は新鮮な生でも食べれるものを買ってきたからね」
うん、初料理なら仕方ないのかな。
笑顔でそういう彼女の前に、自分で食ってみろとか、将来考えるならちゃんと料理も勉強しろとか、僕の方が料理上手いぞとか、そんな言葉は全部僕の頭から裸足で逃げ出していった。
地獄に咲く花……彼女の笑顔はまさにそんな感じだった。
地獄を作り出したのが彼女だという自作自演……。
このソースさえつけなきゃ食える気もする。ただの焦げた半生のトリなら……。
そうして僕は再び覚悟を決め、おどろおどろしいソースに、トリあえず、に食べた。
正しくは"トリをあえずに"だって?
"を"も裸足で逃げ出したよ……。
【KAC20246】天国と地獄……(怒られるわ!) 蒼井星空 @lordwind777
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