僕たちはまだ透明な翼で

エモリモエ

fly me up

この町の石畳が嫌いだった。

爪先がひっかかって歩きにくいし。窪みはしょっちゅう水溜まり。真冬は凍って滑るんだ。


試験の点が悪かった日。

親友と喧嘩した日。

気になる娘に婚約者がいると知った日も。

石畳を見て歩いたっけ。


なのに。

この道をもう通わなくていいって思うと少し淋しい。

嫌なことと同じくらい、ううん、楽しいことの方が多かった三年間。

歩いて校門をくぐるのも、これが最後だ。


校庭ですぐに同級生たちと合流する。

「おはよ」

「はよー」

いつもの挨拶。

いつもとは、でも、やっぱり違う。

卒業の喜びと未来への不安。

揃いのマントと帽子姿で、僕らは必要以上にはしゃいでる。


空は晴天!


厳かに始まった卒業の式典。

進行に滞りなく、校長の訓辞を最後に僕らはついに旅立ちの時を迎える。

「卒業おめでとう」

餞の言葉を合図に、各所に配置された先生方が魔方陣が発動した。


再誕の魔法だ。


たちまち僕らは光に包まれる。

光は天に伸び。

柱となり。

静かに浮かぶ、上空に。


「我が校卒業の証しとして、今、君たちに翼を授ける」


再び魔方陣が発動し、僕らを包む光の温かさが増す。

ムズムズするような多幸感が骨を揺さぶる。

痛みに似た希望が背中を突き破る。

それが。

透明な翼に変わっていく……。


大人の本翼を得るまでの、まだ透明で弱々しい仮翼だけど。

これからの二年間。外の世界で、自分の力で、生きていかなきゃならない。

そうすることでしか僕らは自らの翼を培うことができないのだから。


翼を広げた。


「君たちに幸多からんことを!」

校長の声が響くと、光の粒子がサアッと流れ。

優しく空に押し出された。


風に乗って、旋回。

皆と挨拶を交わす。

これからも付き合うだろう「とりあえず、またな」って奴ら。

今生の別れかもしれない「いつか、また」っていう奴らもいる。

でも「さよなら」だけは誰も口にしない。


そして。

最後に地上に手を振って。

僕らはそれぞれの新天地に向かって羽ばたく。



さあ、新しい物語を始めよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

僕たちはまだ透明な翼で エモリモエ @emorimoe

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ