第5話 チート

【前回までの『女神さま』(仮題)のあらすじ】

 胡乱うろんな女神は〈彼〉を伝説の英雄に仕立て女神の地位を確保しようとしていたが要領を得ない。女神は彼の前世の世界の情報を自由自在に取り込めるようだった。


「あくまで女神は作者でないということで」

 俺はスープカップに入れたミルクティーを傾ける。

「そういうことにしておきましょう」

 コロニスはティーカップでレモンティーを飲む。

「ここで俺たちが会話してるのってときどき名乗っておかないといけないかなと」

「まあ、大部分が『女神さま』の喋りになってますから、説明しないとわかりにくいかも」

「ほら、深夜ラジオでもCM明けごとに、パーソナリティが改めてフルネーム名乗るとかしてるのあるし」

「じゃあ名乗ります?」

「名乗りポーズはどうする?」

「特撮ヒーローの『名乗り』じゃなくて。それはどっちかというと作中でやりましょう」


「地の文で俺は〈俺〉になってるけど名前は秀。苗字は秘密」

 しゅうどうしゅうという筆名でWeb小説『コロニスといっしょ』を書いている。

「わたしはコロニス。何の因果かアライグマやってます。一人称はひらひらがなの〈わたし〉です」

 そんなわけで俺はコロニスを相手に書きかけの自作小説『女神さま』(仮題)を紹介していく。

「って毎回はやらなくてもいいですね」



     ▼



「とりあえず俺のチート能力の設定を」

 彼は女神に要求する。

「チートですか。あなたが女神に『自力でなんとかして』と言ったのですから動画見放題のチートでいいじゃないですか」

「それだけ?」

「それだけとはなんですか。月額合計数万円いきますよ」

「いやそれはありがたいけど。動画観てるだけでいい生活させてくれるんなら――」

「わかってますよ。もちろんエロ動画観る専用の部屋も用意しますよ。ティッシュ使い放題で」

「アンダージョーカー」

「そうでした」

「ちゃんとした主人公らしいチートやなくても俺にチートを与えれば女神様のベタ伝説達成の助けになるよ」

「なるほど。動画観てるだけの役立たずを連れてても無意味でしたね。じゃあチートを与えましょう。10ギガトン級の爆発魔法を授けましょう」

「使うところ限られるなぁ。10ギガトンってどれくらいの威力なんです?」

「さあ、100メガトン級の爆弾は地球上で実験する場所がないそうです」

 100メガトンは0.1ギガトンである。10ギガトンは10000メガトン。つまり、0.1ギガトンでも地球上で爆発させる場所がないのに、その1000倍の威力の10ギガトンだということだ。

「惑星破壊レベルかぁ」

「そうです。惑星破壊できる威力ならば仮に魔王は倒せなくても魔王の支配する世界は壊滅できます」

「壊滅させたいんですか」

「そんなことないもん。壊滅したら女神が女神じゃなくなるもん」

「爆発の範囲や威力を高度に調節できる能力も付与してくれれば」

「そうですね。威力と範囲と指向性も収束性も決められるチートもさしあげます」

「それはすごい」

「もちろんフルで発揮しても10ギガトン以上は出ませんよ」

「出なくていい。むしろ出したくない」

「とりあえず左手の平からその威力を放出できるようにしましょう」

「なるほど。試したいです」

「もう付与してます」


「じゃあ、できるだけ小さく小さく威力も小さくして」

 彼は左手を空になったビール瓶に向けた。やりかたは頭に入っていた。

「ファイヤ」

 手のひらから瓶へ光線が一瞬のびたように見える。光が強いので残像が残るが光が出てる時間は実は刹那である。

 「ファイヤ」は魔法名ではなく単に「発射fire」というかけ声である。

 ビール瓶には丸く小さい穴があいた。鉛筆の芯くらいの直径である。

「これはすごい」

 彼は瓶を持ち上げてその穴をのぞく。穴は瓶の反対側にも当然貫通していてその向こうに女神の顔が見える。

「このようにエネルギーを収束させて効率的に発射することもできます」

 穴から女神と視線が合う。


「なるほど」

 ビール瓶が砕け散るのならかえってたいした能力ではない。小さな穴を穿ちつつ瓶全体の形を保っていることがこの能力の優秀さを示している。

「女神に放っても効きませんからね。そういうリミッターは効いてます」

 彼はぼやっと女神を見た。彼に女神を攻撃しようという発想はついぞなかった。


「あと左手を失うような苦戦はするはずないんですが、予備に別のところからも発射できるようにしておきます」

「どこから?」

「右耳の穴から」

「使いにくっ」

「もちろん顔の右側に発射します」

「そうなるわな。えーと」

 試してみる。同じビール瓶を狙ってさっきよりさらに威力を小さくして光線を発射する。当たらない。

 “光線”と便宜上いっているが謎の爆発エネルギーである。

「見えないから狙いがつかんのですけども」

「そういえばそうですね。耳に心眼モードも追加します」

「心眼モードって?」

 即追加されたらしく、彼は右側が見えないのに“理解”できた。

「わかるわかる」

「それが心眼です」

「すごい。これって右側の視界が追加されたようなもんですね」

「そうなんですか?」

「わからんと与えられてた」

「女神は女神になって日が浅いので」

「うん。説明すると、心眼を発動すると視界の右端より外は見えてないのに、どこに何があるか手に取るようにわかるんです」

 彼は右手を頭の後ろに回して、

「この指先くらいまで感知できます」

 指先は頭の真後ろより若干左まで。時計でいうと7時の方向までのようだ。

 視力と関係なく“理解”している。その感覚を彼は説明できない。

「チート付与できたんで。地上いきます」

「待ってください。まだ色々問題あるでしょう」

「なんですか。女神がついてるんです。めんどくさいことはあなたにしてもらいますが女神は万能です」

「女神様。ストーリー考えてますか?」

「ストーリーは発生するものです。つくるものではありません」

「あ~。こういう女神ひとだった」



     ▲



「ストーリー動いてますやん」

「まあいい加減動かんとね」

「本筋は王道の異世界転生ものに向かおうとしてる感じはします」

「向かう努力はしてるよ」

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