もってる子、大鳥信子!狙って選曲したわけではありません笑

雲母あお

大鳥信子!歌います!

「さあ、いよいよ残すところ後一曲となりました!!」

司会者が、観客に向けて手叩きをするよう促す。

会場からは、パラパラと拍手の音が聞こえてきた。

盛り上がりに欠ける拍手の音を長く流すまいと、司会者がすぐに場を引き取る。


「さあ、今年のトリを務めますのは、世界に名だたる大御所演歌歌手、大鳥信子さんです!!」

会場のスタッフが、大きな拍手をしつつ、会場の観客に拍手するよう促している。

なんとか、テレビで放送するのに足りる音量の拍手を得られ、司会者とスタッフ一同が、ホッとする雰囲気が見てとれた。


そんな雰囲気のなか、私は、ステージに上がる。


司会者が、手招きする場所まで移動し、観客席の方を見る。

観客は、だんだん若者が増えて、出演者も若者が増えて、私のようなおばさん(あの人たちにはお婆さんに見えるかもしれない)を知っている人も減って来ている。

長く活動していても、興味がないものは目に入らないものだ。


ちらほら席を立つ人の姿も見られ、ちくっと胸に痛みが走る。

私の人気では仕方のないことだと分かっていても、辛いものは辛い。


司会者の紹介が続く。

「大鳥信子さんは、ちょうど今年デビュー50周年を迎え、これから全国ツアーも控えていらっしゃる、ベテラン中のベテラン。」

その説明で、「半世紀じゃん!」と、50周年というワードに興味を持ってくれた若い世代の観客が、浮いた腰を下ろしてくれるのが見えた。


長く続けるというのも悪くない。


司会者は、私の芸名も掘り下げてくれた。

急遽変更になったのに、よく調べたものだ。

「大鳥信子さんは、『いつの日かトリを務められるような歌手になると信じて進む子』という願いから、この芸名がつけれらました。長く続けるということは、とても難しいことです。50年越しに、今日、とうとう叶うわけですが、今の気持ちをお聞かせいただいてもよろしいでしょうか。」


大鳥信子は複雑だった。


なんてコタエヨウカ。


純粋に実力や、ファン投票で決まったのなら、両手をあげて喜ぶことができる。

でも、今回は事情が違うのだ。

先ほどの観客の反応でもわかるだろう。


今回、私に白羽の矢が立ったのには、訳がある。

最初に決まっていたトリの不祥事発覚、そして次候補の不祥事発覚、そのまた次の候補の不祥事が発覚。やっと不祥事を起こしていない候補を立てられたと思ったら、流行風邪にかかり当日急遽入院。


今年のトリに選ばれた者たちが、一様に不幸に見舞われているのだ。

まあ、不祥事は己が蒔いたタネではあるが、この番組のトリに選ばれなければ、もしかしたら発覚しなかったかもしれない。この番組のトリは、それだけ注目度の高い役回りなのだ。


そこに、ただただひたすら芸歴の長いだけの私が、選ばれてしまった。

まだ、この業界に年功序列制度が残っていたとは。


いや、不幸が重なりすぎで、誰もやりたがらなかったのが正解だろう。

断られて、断られて、断られて。細く長く業界を渡り歩く、生きる化石『大鳥信子』。今年が奇しくもデビュー50周年という年。名前の由来もまあまあ視聴者を納得させる材料になるだろうと踏んでの抜擢だったのだろう。


さて、なんと答えようか。


楽屋に入ってから、一言考えておいてください、と言われても、こんな状況での、こんな大役を仰せつかって、一体何を言えばいいのかわからない。


結局、いい考えも思いつかないまま、時間になってしまった。


『不祥事もなく、年の割に御体健康で、図太く50年歌い続けてきてよかったです!』

嫌味よね・・・

事実をそのまま言うのはだめ。


そうだわ!

曲名に引っ掛けて、うまく冗談にできないかしら。

悪いことは、笑って吹き飛ばしたい!

それは、昔からの、私の根源。


よし!決めた!


私は、明るく元気よく!笑顔で大きな声で、話し始めた。

「ご紹介に預かりました、大鳥信子です。これから皆さんにお送りする曲は、私の一番のお気に入りの曲です。男女を小鳥に例えて、会いたくても会えないその切ない気持ちと、最後にいつの日か一緒になる未来が見え隠れする、切ないだけではなく、2人は幸せになるかも!という期待も込められた、不幸だけでは終わらない曲です。狙って選んだわけではありません!」


一度、言葉を切り、大きく息を吸い込む。

それから観客席を見渡すと、一気に曲紹介をした。


「もっている子、大鳥信子!歌います!聞いてください!タイトルは『鳥、会えず』 サブタイトル『いつか叶うその日まで』」


ポカンと口を開く観客。

ノーマークの私が歌う曲のタイトルなんて、誰も見ていなかったのだ。


もちろん、言うまでもない。

曲中の合いの手は、


「鳥、会えず!トリの大鳥信子!!!」


異様な盛り上がりを見せたのであった。



そして何故か、50周年記念ツアーには、近年観客席で見たこともない若い世代が殺到し、世代を超えてファンが集結したという。





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もってる子、大鳥信子!狙って選曲したわけではありません笑 雲母あお @unmoao

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