トリ敢えず
宮塚恵一
据え膳食わぬは
「とりあえずビール」
「あ、僕も」
席についた僕たちに水を運んできた店員さんに、最初の注文をする。店員さんはかしこまりましたと返答すると、次からはそちらをお使いください、と席の奥の方に置いてあった注文用タブレットを示した。
「最近、小さい店でもこれ増えたよねー」
「QRコードでの注文とかもありますよね」
「あるある。わたしみたいなコミュ障には助かるばかりだよ。テクノロジーばんばんざい」
文学系同人誌即売会のお疲れ座会を終え、ささらさんと僕は何軒目かの飲み直しに来ていた。
二次会の居酒屋ではまだ十人程度残っていたのが、三次会のカラオケで五人程度に減り、そこから段々と人数が少なくなって、今は僕とささらさんだけだ。
「トリさん酒強いんだねー」
トリさんは僕の執筆者名だ。お互い、本名を名乗ったはずではあるが、呼び慣れた方で呼んでしまう。そもそも僕はささらさんの本名を覚えてない。確か財布にささらさんの仕事用の名刺は入れてあったはずなので、後でちらりと見ておこう。
「わたしにここまで着いてこれるの、そうそういないよ」
ささらさんは注文用タブレットでツマミを選びながら言う。
「割と飲める方ですかね。あんまり強いって自覚はないですけど。二日酔いもしょっちゅうだし」
「あー、二日酔いはわたしも全然あるなー。でもあれは酒に強い云々っていうか変に酒をちゃんぽんし過ぎるとそうなるイメージはある。知らんけど」
「知らんのですか」
「知らん知らん」
ささらさんは自分の食べたい分は選択し終わったのか、僕にタブレットを渡す。
「ささらさん、日本酒いきます?」
「お、トリさんいくねー。いいよいいよ、飲もう飲もう」
「お好みは?」
「任せるー」
僕は辛口の銘柄を選び、注文を確認した。ささらさんは焼き鳥やポテトなどは注文していたが、野菜類はなかったので僕はサラダを頼み、注文ボタンを押した。
「でもトリさん、この間は飲み会来なかったよね?」
「あの日は普通に次の日仕事だったんです」
「えー、わたしはそういうのあんま気にしないけど」
「確かにささらさん気にしなそう」
そんな風に他愛もない話をしているうちに、ビールに焼き鳥、サラダに日本酒と注文の品が届く。
僕は焼き鳥を串から外して分け皿に取り、僕とささらさんの前に置くと、日本酒をおちょこ二杯に注いだ。
「はい、ささらさん」
「せんきゅー」
「それじゃかんぱーい」
「かんぱーい。はは、何度目これ?」
二人で酒をあおぎ、つまみをパクパクと口にしていく。それまでにガッツリ食べていても、酒とそのつまみはそれなりにお腹に入ってしまうのは人体の不思議だ。
「トリさん、最近はどう? 前よりカクヨムの投稿頻度減ってるけど」
「仕事も忙しいのと、後今日みたいなイベントに向けての執筆も増えたので。今度、大学のOB会で出すやつのも書いてるんですよ」
「大学ってあれだっけ、なんかサークル入ってたんだっけ」
「ですです。文芸サークル入ってて、それが僕が小説書いた最初ですね。まさかこんなに続く趣味になるとは思わなかったですけど」
「楽しいからね」
自分の分に注いだ日本酒を飲み終えたので、二杯目を注ぐ。
「いります?」
「いるいる」
ささらさんはぐっと残っている分の酒を飲み干し、おちょこを差し出したのでささらさんの分も注いだ。
ささらさんはそのままおちょこを口に運んだが、傾け方が悪かったのか、酒が口元から溢れてしまった。
「あーあーあー」
「何やってるんですか」
慌てるささらさんの代わりに僕は店員さんを呼び、ふきんを借りてささらさんに渡した。
「すまんの」
「結構酔ってますよね」
「酔った。あかんね」
「次の注文が来たらお開きにしますか」
「んー、そうね」
頼んだ品を食べ終え、お会計をする。お酒こぼして迷惑かけたからちょっと多めに出させて、とささらさんが言うので甘えさせてもらった。
「次飲むのはまた今度のイベントでですかね」
「そうねー」
店の外に出たささらさんはあしもとがおぼつかない。そんな僕も、言うほど平気ではない。頭のふわふわに何とか抗っている次第だ。
「それじゃあ」
僕の言葉は遮られた。
ささらさんが僕の襟元を掴み、口を重ねたからだ。
「いや、すまん」
一瞬でささらさんは唇を離し、バツが悪そうにした。今ので少しだけ酔いが覚めたようだ。
いや、酔いが覚めたのはこちらもだ。突然のことでびっくりして、こちらも柄になく心臓が飛び上がりそうになったのを押さえつけた。
「ささらさん、とりあえずですね」
僕は深く息を吐き、近くにあった店を指差した。
「朝までもう一店行きますか」
トリ敢えず 宮塚恵一 @miyaduka3rd
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