私と執事(セバスチャン)とのうつ日記

@symhjm

第1話 私のセバスチャン

 ああ・・・、今日もまたダメだ。身体は鉛のように重く、動くことさえ叶わない。また彼に頼まなければならない。

「・・・セバスチャン?」元気のない声でなんとかそう呼ぶと、すぐにドアをノックする音が聞こえた。

「どうされましたか?美咲様」そう言いながら、私の部屋に入ってくる。セバスチャンと呼ばれた男は、執事の格好で長身で細身、長い黒髪を束ねている。ボサボサ髪の私と違って、彼は清潔感に溢れている。おまけにイケメンだ。

「歯磨きシートとってくれない?」「かしこまりました」手を伸ばせば届く距離にあるのにそれさえできないのだ。セバスチャンは歯磨きシートを一枚取り出し、私の歯を磨いてくれる。アラサーの若い女性とはいえ、朝の口臭を彼に嗅がれたかと思うと情けなくて初めは涙が出たが、今はもう慣れてしまった。彼も慣れた手つきで済ましている。嫌な顔一つせずにだ。その後は夜に鼻をかんだティッシュの残骸やらのゴミを片付けている。それを横目になんでこんなことになったのだろうか・・・。毎日考えているが答えが出てこない。うつ病の内服薬のせいなのか、私の頭がおかしくなってしまったのか、認知機能が低下しているからなのか。彼は一体何者なのだろうか。やはり、イマジナリーフレンドというやつなのか?

「ねぇ、君はなんなの?」といつもと同じ問い。「セバスチャンでございます」といつもと同じ答え。回らない頭で、セバスチャン=執事という図式が私の頭の中で構成される。「執事なの?」「美咲様がそう思うならそうなのでしょう」ほら、いつもこうかわされる。最近は面倒くさくなって、セバスチャンは執事だと思うことにした。あれ?最初に出会ったときは執事の格好してたっけ?・・・思い出せない。まぁ何にせよ、今の私にはありがたい存在だ。

 今から半年前、私は会社員だった。よくある話だ。部署異動して、新しい環境になじめず休職する。今どき珍しい話ではない。私もよくある1人となったのだ。

うつ病と診断されてからは、一人暮らしの部屋に引きこもる日々が続いた。最初は何とか自力で生活できていたが、3カ月を経過したころから身体を動かすのが億劫になってきた。実家の両親もはじめは心配し、こまめに様子を見に来て、家事全般をやってもらっていた。しかし、休職してから5か月目に入ろうとした頃、両親は私の面倒を見るのを放棄した。最初は「大丈夫?」「ゆっくり休んでね」という優しい言葉だったのに、「いつまで寝ているの?」「本当は働けるんじゃないの?」「甘えているんじゃない」とまで変わっていった。私はただ仕事をしたくないから怠けていると認定され、「もう勝手にしなさい!」と言われ、それから連絡も訪問もなくなった。私は両親に何も言えなかった。大学卒業後、実家に帰らず好き勝手やってきたのだ。今更、頼るのはお門違いだ。大丈夫。もう5か月目だし、もうすぐ身体も動くようになる。そう、きっとなる・・・。きっと、両親の言うよう私は怠けているだけ。大丈夫、もう良くなっている。根拠も何もないのにそう信じていたが、それもすぐ打ち破られる。両親が出ていった翌日、本当に全く身体が動かなくなったのだ。これまでの比ではない。なんなんだこれは。いよいよやばいぞ。そう頭の中で警鐘を鳴らす。そうだ、もうなりふり構っていられない。両親に電話を・・・。あっ・・・、スマホ充電してなかった。コードが遠くて億劫で充電しなかったのだ。もう、もう駄目だ。孤独死という独身にとって最も嫌なワードが浮かぶ。

「だ、誰か助けて・・・。」生気のない、振り絞ったか細い声で呟いた。

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