『金眼の魔女と新人受付嬢』

龍宝

「金眼の魔女と新人受付嬢」




 このダムハルの町で一番美味い肉料理を出す酒場パブは、と訊かれれば、それは間違いなくこの「小踊りする猫」亭だ。

 南の市街門から入って六本目の通り、はす向かいにある神殿出張所の尖塔が目印になる。席数は多いし、窓の数をケチってないから風通しも良い、宿賃はそれなり――けど、安全だ。

 酒があまり得意でないなら、私みたいに冷えたツィタードを楽しむのがおすすめ。ほどよい酸味が肉の油脂あぶらと合っていて、口の中をさっぱりとさせてくれる。最後に付け合わせの焼いた芋が揃えば、もう言うことはない。


「――それじゃ、メルディの新人期間が無事に半分終わったことを祝って、それから残りの半分が万事上手くいくことを祈って! 乾杯!」

「「乾杯!」」


 色とりどりの酒が注がれたグラスが三つ、カチャンと音を立てる。

 ピーク時には少し早いからか、十人掛けの長テーブルには私たち以外に客の姿はなかった。ちょっとした特等席みたいにだ。まァ予約席なんて上等なシステムはない店だが、この集まりにあえて名前をつけるとするなら――「冒険者協会ダムハル支部御一行様」ってところだろうか。


「あっという間の半年だったね。メルディも、ずいぶんと受付の制服姿が様になってきたんじゃないか?」


 皿の上の肉を切り分けて豪快に頬張っているのは、日焼けした浅黒い肌に、藍色の髪、支部付きのお抱え冒険者のひとりである〝ラム・ビー〟だ。


「違いない。研修以外にも色々とあったし、それから本人も頑張ってたし……でも何より、運が良かった。この娘の指導係はダムハルうちの支部で一番優秀だ。――


 真面目ぶった表情で指折り数えながら、ロセス・バティの杯をあおっているのは、アイスブルーの瞳に、濃金色の髪、支部の一等受付嬢で私の指導係でもあるジル。ジル・ダ・メルス。

 自分の胸に手を当てたジルを見て、テーブルに笑い声が広がった。


「ほんとに、全部ジル先輩のおかげです」

「そう、あんたは……冗談だよっ。メルディ、あんたが頑張ったからだ! さ、飲みな」

「こっちも食べなよ。今日も良い焼き加減だ」

「ありがとうございますっ。もちろん、〝ラム・ビー〟さんにもお世話に」

「アンタを狙ってただけさ。好みの尻の形だったから」

「〝ラム・ビー〟、あたしの部下に手ェ出したらぶっ殺す。あたしの目の黒い内はね」

「おっかない。そんな危険は冒したくないな」

「なら、職を見直した方がいい」


 そして年長のふたりに囲まれて、本日の主役扱いを受けているのが私――メルダ、新人受付嬢のメルダッド・ダムハル。

 冒険者協会の支部受付嬢といえば、世間のイメージでは楽な座り仕事でそのくせ高給取り、ってところだが――私もついこの間までそう思っていたのは否定しない――実際は違う。全然、違う。冒険者って生き物は、長く接してみると想像の十倍は話が通じないし、そんな連中が持ってくる与太話の裏付けを取るために危険な現地調査に同行するなんてのも珍しくない。いくら護衛に支部付きの冒険者が一緒だとはいっても、目鼻の至近距離まで魔物や魔獣に接近されて足を止めたりしない程度の精神力は求められる。きつい仕事だ。確かに給料は悪くないが、それだって〝平民出身の少女が就ける職の中では〟って但し書きが付いて回る。

 そういうわけで、新人受付嬢の研修期間は半年がひとつの大きな目安とされている……らしい。

 指導係のジルから、そう繰り返し聞かされた。思っていた労働環境とは違ったり、職務内容へのストレスだったりで、自主退職リタイアする者がふるいにかけられる期間なのだ、と。

 現に、私の同期も四人いなくなった。ひとりはストレスで自宅を出れなくなり、ふたりは外勤を拒否して依願退職。最後のひとりは、流れの冒険者と間柄になって蒸発してしまった。


「……っとに、あん時のメルディときたら、マジ笑えたよ」

「もう勘弁してくださいよ。思い出したくない」

「なんでさ。カッコよかったじゃんね。隠れてろって言っておいたのに、この娘ときたら。アタシの背中を狙ってた魔物野郎を、思いっきりぶん殴っちまった! 素手で! 普通そんなことするやついるかい⁉」

「あァ、イカれてる。そこらの冒険者より肝が据わってる新人ルーキーだ。天才だよ」

「必死だったんですよ、初めてで! あの時の感触ったら……もう二度とごめんです!」

「あんな真似をした受付嬢は、後にも先にもあんたぐらいだろうさ。大抵のやつは、初めての現地調査にびびってへたり込んじまう。指導報告書の文面を見た時の支部長の顔ときたら――」

「あれもウケたね、渋い男がおろおろしちまってさ!」

「すみません、ツィタードもう一杯!」


 出るわ出るわ、この半年での私のやらかし。

 結局はそいつをさかなに楽しく愉快に酒を飲みたいだけなのでは、と気付いた時にはもう手遅れだ。からかわれて恥ずかしいやら、褒められて悪い気はしないやら。こんな思いを半年後にもう一回するのかと思えば、残りの研修期間はミスしないよう努める気にもなる。……まァ、自信はないが。


「――その時だ。アタシはこう言ってやった。『次にこの支部の扉をくぐる時には、〝金眼の魔女〟の腰を抱いてるだろうよ』ってな」


 宴も酣。重ねた杯数が両手の指を数えた辺りで、〝ラム・ビー〟のトーク・ショーが始まった。彼女の戦歴、悲恋、伝説、内容は手当たり次第。それ自体はこの面子で店に来た時のお決まりだが、今日は聞き覚えのない単語が混じっている。新エピソードだ。


「〝金眼の魔女〟って何です?」

「なんだい、ジル。まだ教えてなかったのか」

「協会法規を暗記させるのが先でね。それに、教えたところでどうなるもんでもない。……メルディが魔女様の横っ面もぶん殴るってんなら、話は別だけど」

「そりゃいい! ……いや、よくない! 報酬金はアタシが頂きだ」

「もう諦めな。何年経ってると思ってんだ。とっくにおっちんじまったか、国外へ出てるに決まってる」


 中身の少なくなったロセス・バティのグラスを傾けて、ジルが言った。


 ふたりの話をまとめると、〝金眼の魔女〟とやらは数年前から全国の冒険者協会支部に手配書が回っているお尋ね者の通り名らしい。冒険者への依頼には、時々こうした指名手配の人間を探したり捕えたり殺したりするようなものも含まれる。王都や各地の貴族が捜査権を与えている官憲からすれば面目の立たないどころではない話だが、そうする必要があると判断されれば依頼は出る。

 件の魔女が誰に何をしたのかはよく分かっていないらしいが、とにかく懸賞金は高額だ。私の給料百年分か、もっとか。依頼主はよほど怒り心頭だったのだろう。とにかく、見つけて捕えれば二度と金には不自由しない生活が待っているとなれば、夢見がちな者が多い冒険者連中が飛び付くのも無理はない。手配書の条件に、〝生死は問わず〟と書いてあればなおさらだ。


「もし魔女を捕まえたら、〝ラム・ビー〟さんは何を?」

「そうだな……その金で向かいに『小躍りする犬』亭を建てる、ってのはどう?」

「「…………」」

「駄目かい? 悪くないアイデアだと思うんだけど」

「……後ろのやつに聞きな」


 ぐびぐびと杯を呷っている〝ラム・ビー〟の背後を、ジルが指し示した。


「後ろ? ――あ。こりゃあ『小躍りする猫』亭の旦那。今日も美味いよ」

「……今度から、お前にだけは酒も料理も出さん。『犬』亭の女将」

「分かった。やめる。ゴメンナサイ」


 両手を上げて撤回する〝ラム・ビー〟に、私は苦笑を漏らし、ジルは肩を竦めた。








 荒々しくドアを叩く音で、一気に目が覚めた。

 寝台から飛び降りる。こんな最悪の起床は、さすがにこの半年で初めてだ。冒険者協会に所属する受付嬢が住む寮に盗賊が忍び込むわけもないし、どれだけ勤務がハードでもこの寮の中だけは平和だと信じていたのだが、そんな幻想も今日限りらしい。


「非常呼集だ。すぐに着替えて、支部に集合だってさ。急ぎなよ」


 夜勤の当直だった先輩受付嬢が、ドアを開けた私に向かって早口に告げる。


「非常呼集?」


 返事はなかった。

 すでに彼女は隣の部屋のドアを連打するのに忙しそうだ。廊下に身を乗り出していると、同じように不安そうな表情で顔を出している同期たちと目が合った。……こうしちゃいられない。

 まるで状況が掴めないものの――悲しむべきか、あるいは感謝するべきか――ジルのしごきに慣らされた身体は動き出していた。一番状態の良い制服を衣装棚から引っ張り出し、寝間着から着替える。受付嬢の制服は支給品だから素材は上等だし見た目にも格好良いが、着るのに手間が掛かってこういう時は面倒だ。調査用の野外服みたいなのがあればいいのに。

 ジャケットに、シルクの手袋、忘れちゃいけないのが舟形の制帽だ。私は見習いだから側面に白線が一本入っているだけだが、これが昇進していくと線が増えたり羽飾りがついたりして、やたらと派手になっていく。たとえばジルの制帽は、私と違って線の数も多いし金属の飾りも付いている。ちょっとだけ憧れだ。

 準備万端、寮を飛び出したのは私が先頭だった。


「――メルダッド・ダムハル四等受付嬢、到着しましたっ」

「メルディ! こっちだ!」


 夜間にも関わらず人の気配で満ちている支部の玄関をくぐった私を、ジルが見つけてくれた。

 どうやら班ごとに集まっているようで、足早にそちらへ近寄る。少し離れたところで、〝ラム・ビー〟が他の冒険者と話しているのが視界に入った。


「遅れてすみません」

「いい。――ほら、飲みな。眠気覚ましになる」


 肩に置かれたジルの手に、少し落ち着いた。

 渡されたガラス瓶に口を付ける。独特の匂い。乾燥させた薬草を、湯で煮出したものだ。味も変わってるが、確かに清涼感があって目が冴える……気がする。


「何があったんです? 非常呼集なんて」

「さてね。あたしらもまだ詳しいことは聞かされちゃいないんだ。……ただ、今夜は眠れると思わない方がいいかも」

「……ですね」


 慰めるように二、三度肩を叩かれて、息を吐く。

 そうこうしてる間にも、普段は冒険者でにぎわっているホールに次々と受付嬢や上役が集まってきていた。支部の人間、総動員に近いかもしれない。しかし呼んでおいて当の支部長が姿を見せないから、動揺が抜け切っていない様子の新人たちだけでなく、他班の先輩たちも口々にし合っている。近所で魔物や魔獣の大量発生でもあったのか、とか、お偉方の抜き打ち視察があるのでは、なんて意見も。


「こういうの、前にもあったんですか?」

「そうだな――」

「――それこそ、〝金眼〟のやつ以来だ。今夜はツイてるかもしれない」


 ジルの言葉を引き継ぐようにして、後ろから私たちふたりの肩を抱き寄せたのが誰か、振り向かなくとも分かる。


「いい加減にしな、〝ラム・ビー〟。どこんでんだ」

「この間のやつですか? ……今度も魔女だったり?」

「はんっ。魔女様がそう何人もいてたまるか。でも、またぞろ手配のお触れ書が回ってきた可能性はあるな」


 腕を組んだまま、ジルがあごをしゃくった。

 つられて顔を上げれば、二階の吹き抜け部分につながる階段の踊り場に正副の両支部長が立っていた。答え合わせの時間だ、と〝ラム・ビー〟が耳元で呟く。


「全員集まったな? 夜分遅くにご苦労。何が起こったのか知りたくて堪らないだろう君たちのために、余計な前置きは無しでいこう」


 手すりに両手を掛けて言った支部長に、全員が沈黙で以て先を促した。


「ありがとう。――レンドル支部から早馬が来た。三日前に、所属の冒険者が〝魔女〟と思われる存在に襲われたらしい」

「――ほら見ろ! ね⁉」

「喜ぶな」

「最後の目撃証言では、街道を南に進んでいったとのことだが……ジル君、レンドルの町から南に三日ほど下れば、どの辺りになる?」

「……ちょうど、この町の近くになるかと」


 ジルの返答に、ざわめきが起こる。

 彼女の言う通り、順当に〝魔女〟とやらが移動したと考えるなら、今頃「小躍りする猫」亭の二階で寝転がっていたとしても、おかしくはないのだ。


「もし報告が正しければ、調査が必要になるだろう。諸君も察しの通り、危険がないとは言えない状況だ。だがそれは、放っておいても決して解決したりはしない。我々の住むこの町に、脅威が入り込んでいるのか。誰かが勇気を振り絞って、暗闇の底を覗き込まねばならないんだ。そしてそれは、我々でなければならない」


 思わず、ジャケットの裾を握り込んでいた。

 ざわめきは収まっている。今度は何を思ってみんなが黙っているのか、考えないようにした。


「今から班ごとに分かれて、街中を捜索してくれ。決して無理はするな。万一発見しても、戦わずに支部まで戻ってくるんだ。そして、必ず報告しろ。もう一度言うぞ。対象を認めても、見つからないこと、逃げ出すことを優先するんだ。討伐は冒険者の諸君が担当する。夜明けまで続けて、何かがあってもなくても一度戻ってこい。……分かったな? では頼む」


 支部長の号令で、ホールに慌ただしさが戻った。

 張り出された町の地図に線を引いて、班長役の受付嬢たちが担当するエリアを相談し合っている。護衛を務めるお抱え冒険者たちも、装備の最終チェックに余念がない。新人たちばかりが、青い顔をして突っ立っているか、場の雰囲気に呑まれて右往左往していた。

 そして、私は――


「メルディ、〝ラム・ビー〟、集まれ。あたしらの担当が決まっ――何してる?」


 細分化された拡大地図を片手に戻ってきたジルが、売店にあった保存食の燻製肉をありったけかばんに詰めている私を見て半眼になった。


「必要になるかと……」

「メルディ、アンタね――まァ、いいか。果実パイも入れといてくれ。甘いものも食べたい」

「野良犬を捕まえに行くんじゃないんだ。……薬草茶の小瓶を忘れずにね」


 用意はできた。覚悟も――。

 確認するように向けられたふたりの視線に、頷いて答える。


「あたしらは西回りだ。行くよ」


 夜のダムハルの町に、人影が散っていった。








 偶然にも、私たちの巡回ルートは「小躍りする猫」亭の近くを通る形になっていた。

 とりあえずの目的地は決まり。人気もない、物音もほとんどしない暗闇の中を、月明かりと角灯ランタンの光だけを頼りに三人で進む。先導役のために前を歩くのがジル、警戒のために後ろに続くのが〝ラム・ビー〟、そして一番安全な真ん中に私がいる。


「安心しなよ、メルディ。アタシが〝金眼〟を捕まえても、報酬を独り占めなんかしない。三人で分けよう」

「お金はいらないから、魔女にも出ないでほしいですね。朝まで歩き回った方がマシです。夢遊病にでもなったと思えばいい」

「魔女が出なくても、金はもらえるさ。心優しい支部長サマが、夜中に叩き起こした挙句の魔女騒ぎに部下を従事させといて、危険手当のひとつも出さないわけがない」


 私の班は、多分恵まれている。

 ジルは指導受付嬢の中でも一等優秀で頭が切れるし、〝ラム・ビー〟はお抱え冒険者の中で一番の腕利きだ。ふたりとも良い人だし、こうやって私がプレッシャーに押しつぶされないように気を遣ってもくれる。あと美人だし。


「もし魔女が出ても、あたしらは伝令の替え馬だ。〝ラム・ビー〟が張り切って一攫千金に挑んでる間に、さっさとすればいい。鼻先にぶら下げるえさは、十分持ってきたしね」

「アンタには、分け前はやらないでおこうかな」

「言ってろ、〝イヌ・ビー〟」

「ケンカしないでくださいよ⁉」


 一行の足が、『小躍りする猫』亭の建つ一角に差し掛かった時だった。


「――止まりなっ」


 〝ラム・ビー〟が先頭に躍り出て、背中に担いだ大剣を抜き払う。

 身の丈ほどもある巨大な剣身が、私の持つ角灯の淡い光を反射して夜陰に輝いた。

 彼女の視線の先を追う。左手、神殿出張所の尖塔がある。

 その上に、誰か――


「走れっ、ふたりとも! こいつはマズ――ッ⁉」


 まばたきをひとつした後に、目の前に指先が迫っていた。

 反応する間もなく、割って入った〝ラム・ビー〟に突き飛ばされる。生温かい液体が、さっと私の顔と胸にかかって、そのまま背中から倒れ込んだ。

 じりっ、と、手放した拍子に落として割れた角灯の火が、近くで揺れる。

 折れた大剣が、足元に転がっていた。ぴくりとも動かない〝ラム・ビー〟の身体が、〝誰か〟に片腕で掴み上げられていた。


「ま、魔女……⁉」


 子供が飽きた玩具を放り捨てるように雑なで、〝ラム・ビー〟を放した魔女?が、私を見下ろす。

 逃げなければ。でも、どうやって?

 私をかばったせいで、唯一の戦闘要員である彼女は生きているか死んでいるかも分からない。置いていけない。そもそも、あんな動きをする相手に、今さら私が走って逃げたところで……そうだ、ジルは⁉

 慌てて周囲を探すも、見える範囲に姿はなかった。

 隠れているのか、逃げたのか――跡形もないほど、消されてしまったのか。

 分からない。私の頭では理解できないことが、起こっている。

 だけど――


「――は、ははっ」


 震える脚を叱咤して、立ち上がった。

 両手を真っ赤に染めた魔女が、こちらの恐怖心をあおっているのか、ゆっくりと間合いを詰めてくる。

 どうにもならないなら、どうすればいいかは分かる。

 私は、最高の指導係に教えてもらっていたのだ。


「危険手当と、殉職弔慰金。二倍頂き、だ……‼」


 爪が食い込むほど、拳を握り込む。

 ジルは、どうなったのか。

 逃げていても、隠れていてもいい。死んでさえいなければ、私がこうしてみっともない様をさらしているかいがあるのだ。

 笑えばいい。私のような小物が震えているのを見て、えつに入っていればいい。

 一分でも、一秒でも長く、そうしていろっ。

 私が、あの人が生き延びるための時間を稼ぐまで――――‼



 私の右拳が、魔女の頬を打つのと同時、やつの爪がわき腹をえぐって――



「――――――――ッ‼‼‼⁉」


 痛みはなかった。

 月明かりの下で、高く立ち上った血煙に気を取られる。

 魔女の向こうが見えた。金色の光。揺れている。

 ほとんど身体の部位が吹き飛んで、向こう側が見えているのだと、遅れて理解した。


「――言ったろ? 、あんたに手を出させないって」


 聞き覚えのある声。

 月、じゃない。金色の、瞳だ。金眼が、黒く染まり切った白目の中で揺れている。


「ジ、ル……先輩……?」

「できれば、あんたには知られたくなかったんだけどね。こいつのせいで――まァ、いい。何も問題はない。メルダ。あたしの可愛いメルディ、

「お願い……?」

「あたしのことは、誰にも。それで今まで通りだ。あんたはあたしの可愛い新人ルーキーで、あたしはあんたの良き指導係。……ね、メルディ? ?」


 頬にそえられたジルの手に、息を吐いた。




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