杪夏 5
それから語られた話はなんとか理解できた。
彼女の能力は文字通り『世界と繋がる』力。この地球が感じていること空気が知っている知識。木が知っている人の本性。宇宙が経験した世界とは何か。
全てが膨大な情報として彼女の脳に集約され、永遠に更新され続ける。
能力を自覚した初めの頃は人間不信になったり一日中発狂したりと親を困らせていたと言う。無理もないことなのに彼女の能力を理解できる大人が存在しなかった。それほどに世界と繋がってしまった彼女は人間という枠から外れた神のような存在だった。さらには、この世に存在する全てのものを思いのままに操る能力も存在した。ただし、彼女曰く物質を動かす能力は当時の彼女の精神状態では消耗が激しく、精神崩壊が起こり、使い続けると半植物状態に陥るらしい。そのため、人前、とくにカルト教団の誰かの目に触れる場所では使用しなかった。
その能力は成長とともに副作用はおさまり、なんとか使えるようになったという。
そこまで話すと奏は立ち上がり、こっちと言って再度カウンターの方へ戻っていく。
僕はただ静かに奏について行った。理解したとはいえ上手く消化しきれていないのも事実だった。
窓の方を向くと陽は高く昇っていて、外から蝉の鳴き声がうるさく鳴いていた。
あの蝉はわずかな命の小さな炎を燃やしているのだろかとそんなことを思ってしまう。彼女が儚く消えてしまう存在なのではと心が暗くなる。
カウンターの前に来ると彼女は少し目を瞑っていてと言った。
「どうして?」
「私のイメージをここの空間に作り出す。するとね、私の脳にある無数のイメージが空間を支配するの。その時、たぶん、いや、絶対に君は『世界』に侵される。だからお願い」
彼女が何を言っているのか理解は出来なかった。だからこそ素直に目を瞑った。今さら驚くことはなかった。
そして、一瞬。
瞑ったまぶたの奥が白と黒に明滅した。
「もういいよ」
彼女の言葉を受けてゆっくりと目を開ける。
「ここは?」
目を開けた後の世界は青かった。
辺り一面には薄く水を張った鏡の湖。水面に反射した空はどこまでも広大に広がり、上空の遮るものの無い真の青空は自分の存在すら分からなくなるほどに美しい青だった。僕は感動という言葉を初めて知ったような気がした。
「ここはね、私が地球上で知っている美しい場所の一つ。ウユニ塩湖」
「ウユニえん、こ。本当にこんな場所が、地球にあるの?」
「ふふっ、あるの。世界は呆れるほどに広いものなの」
しばらく眺めていると彼女は水の上に座り、僕を隣に勧める。
冷たいかと思ったが想像より温かくてここがただのイメージだと改めて気づく。
「心がはち切れそうになる時、いつもここに来るの。何もかもをこの青が吸い取ってくれる。そう、信じてる」
奏の言葉はやはり不思議だった。もしくはこの世界がそうさせているのか。
言葉に表せない美しい声と同じくらいの儚い言葉。
今にでも壊れそうなガラスのような彼女の存在。この青の景色が彼女の求めた安寧であるなら、あまりにも残酷で苦しいものだと思う。
気づけば僕は涙を流していた。なぜかその涙に理由をつけなかった。
彼女の境遇が悲しいとかこの景色が感動的だからとか。何もない。
ただ自然と涙が出る。
つらーと頬を伝う温かい雫は水面に弾けると静かに溶けた。
「今は、私は幸せだったと言える。幸せにしてくれた人がいた
から。私は生きることをやめなかった。」
「幸せにしてくれた人?」
「あなたに似た人」
奏の含みのある言葉に引っかかるのを感じるも気にはしなかった。
彼女の人生は彼女しか分からないし、今はこの青に浸っていたかった。
奏は立ち上がるとイメージの外側にあるギターを取り出した。
この動作も魔法のようでわぁっと感嘆してしまった。
「どうしてギターを?」
「私ね、音楽が好きなの。音楽は自由。どこまでもね」
そう言うと肩がけにギターを持ち、小さく細い親指でタンっと弦を弾く。
そこから始まる音色はほとんど奇跡だった。
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