杪夏 4

「もう一度言うわね。実は私、世界と繋がってるの」


「・・・・・。」

「・・・・・。」


「信じてないでしょ」

「まず理解してない」


「本当だけど」

「どういうことさ」


「はぁ、じゃぁ、証拠見せてあげる」


 肩を落とした奏はため息を吐くと楽の目を見つめ、瞬間カッと目を見開く。

 宝石のように輝く翠緑の瞳がさらに発光し輝きを増す。そして声のトーンを落とした無機質な声が呪文のように紡がれた。


「君が生まれたのは大阪今は静岡出生体重は3256グラム母の名前は音羽舞父親は大手電気会社の営業部の部長音羽潤そして音羽楽君は最近そんな親に不満を持って静岡から奈良に住む吉良日向(ひなた)君の祖父に住まわせてもらっている」


 彼女の雰囲気が変わった途端に発せられた言葉に楽は戦慄した。

彼女とは決して親しくもない。まさに今日、知り合ったばかりの子だ。

当然、彼女が僕のことを知るわけがない。なのに・・・。


「すごい。でも、適当言ってたまたま」


「そうだなー、こういうことも」


 無機質な声から戻った奏は人差し指を後ろにある本棚に向ける。すると、本棚の列から一つの本が動き出し宙に浮く。

スーと本が楽と奏での前まで移動してきた。


「うそだろ」


ここまできては夢としか思えない。

楽は頭を抑えてめまいを覚えた。


「私が今浮かしているのは1976年発行の哲学書『思考』」


本は奏のそばにくるとそっと彼女の小さな手に収まる。


「当たってる。知ってた?それよりも、本が、浮いた?」


スマホで検索すると彼女が言った通りの情報が出た。

実際、彼女は本を開いていない。しかし、ここにずっといればそれぐらいは知ってそうだが、それよりも物が浮いたこと自体に彼女の能力を認めざるを得ない。


「さすがに信じてよね」


現実とは言い難い事実に楽の頭は混乱していた。


「どうして、僕を呼んだの?」


なんとか絞り出した言葉は掠れた声になってしまった。


「そうね、せっかくだから、お話をしましょう。こっちへ来て」


 彼女に手を取られて並んだ本棚の間を通り、白い円卓と丸椅子のあるスペースに連れて行かれる。二人はそこに向かい合って座った。


 彼女と僕が座ると奏はしばらく緑色の目で僕を見つめてきた。その輝く綺麗な瞳に僕は少しドキドキしていた。


 そして彼女の話し出す呼吸とともにその目は輝きを落とし、憂いを帯びた

寂しい目になった。


「生まれたのが間違いだなんて思いたくない。私は望まれて生まれてきてないの。もし生まれる前に自分を自分の手で好きなように変えられるとしたらどうする?そうね、願ってもないことね」 


彼女は不思議な話し方をする。軽い言葉で取り繕っているが出てくる言葉の重みがやりきれない苛立ちや悲しみになって聞こえる。


でも、語られる言葉の意味は理解できなくても心では納得する。


「人の感情が、私には、呼吸をするたびに金属を引っ掻くような音に聞こえる。あなたからも。浅ましい心を持った人間はつまらないって思ってる。心は私にとっては恐怖の対象。痛いほどに伝わってしまうから尚更ね。それでも希望や純粋といった感情たちは嫌いじゃない。その音はただただ優しい音を出す。そんな奇跡を人間は持ってる、のにね」


彼女が語り始めた彼女の物語はそれこそ現実的ではなかった。


 出会ったから感じていた彼女の異質さ、その裏にある社会の闇に僕はどうしたいいか分からなかった。


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