急転
ゴスッ
鈍い音が脳に響く。
「おめえ、いいがげんにじろ。げさおらばなんつっだ?」
「・・・この木を薪にしとけ。」
「んで?ごれ、まぎけ?」
あばた顔が生木を持ち上げる。
「いや、量が多くガッ。」
安崎の顔面に生木突き刺さる。
「りょゔがゔぉおい?なべでんのが!」
あばた顔が近づき、安崎の腹を殴る。
うずくまって亀のごとくまるまる安崎を、あばた顔は蹴り続けた。
※
終わるまで入ってくるなと吐き捨てられて、数刻。
真っ暗ななか、安崎は薪を割っていた。
痛い、寒い、腹減った・・・
つかれが体にまとわりつく。もう何日もろくなものを食べていない。ああ、こんなことならかつ丼でも食っておけば、いやあんな湖に入らなければこんなことには。
どこなんだここは、なんなんだいったい。湖に飛び込んだだけなのに。
その時、安崎の頭に電流が走った。
そうだ、湖!あそこに飛び込んでこの狂った世界に来てしまったんだ。あそこに飛び込めば!
考え終わる前に安崎は飛び出していた。
痛みも気にせず、暗闇も気にせず、走る。
転び、ぶつかっても安崎の顔には喜色が浮かんでいた。
この、先に・・・あった!
汗を滝のように流し、過呼吸によってせき込みながら、安崎は湖に飛び込んだ。
どぶん。
※
バッと目を開けると、青い空が広がっていた。安崎は笑顔になって陸を目指す。
やった。やったぞ!帰ってきた。
土の感触を確かめながらよじ登ろうとし、気づいた。
目の前に広がる、緑。
「は?」
冷や汗をかきながらその木に近づく。
「おい、おいおい。いや、まだ、まだそうだ。たまたま、変な場所にでただけで、」
ぐるりと勢いよく回転する。年季の入った倉庫があるはずだ!俺はそこをにげていたのだから。だから!緑しかないなんてことは、そんなことは。そんな、ことは。
どさりと、安崎は膝をついた。
湖を囲うように、鬱蒼と木々が茂っていた。
※
あれから何日経っただろう。
その日も朝は早かった。
傷だらけの体を引きずって、あぜ道を進む。
あばら家のそばで見知らぬ声が聞こえ、安崎は足を止めた。
この村は閉鎖的だ。村にはよそ者もいるようだが、行動の自由をはく奪されている安崎は、詳しく知らない。
「ヴぉい。」
だみ声と共に張り手が飛んできた。
「おめぇさぼりけ?いい身分だなぁ。おい?」
あいかわらずのあばた顔が往復の張り手をかます直前に、見知らぬ声が割り込んできた。
「そいつ、ナニモンだ?」
おまえこそ何者だ。
「おめえこそナニモンだ。」
お、気が合うじゃねえかあばた面。
しかしその問いかけは、見知らぬ男ではなく、隣にいた木こりが答えた。
「こいつは隣村のもんだ。叔父が村のはずれで殺されちまったんだってよ。」
・・・は?
「なんでも盗賊でも住み着いたんじゃねえかって話だ。」
「盗賊ぅ?」
村人たちの会話をよそに、おれの心臓はうるさいぐらいに拍動していた。隣村 村のはずれで殺された叔父 ・・・まずい。
「しっかし、盗賊な ぁ」
あばた面の女の後頭部を右手に抱えた桶で強打し、間髪入れずあっけにとられる木こりに襲い掛かる。
会話の続きが手に取るようだ。盗賊騒ぎのなかで、ちょうど最近現れた出自不明の男、疑うにきまってる。現に俺が犯人だ。そして、疑われれば、十中八九危険な目にあわされるだろう。そう考えた時には体が動いていた。
「痛っ」
木こりの男にとっさにさけられ、損傷は少ない。しまったと思う間もなく、となり村の男の右こぶしが俺を貫いた。
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