急転

ゴスッ


鈍い音が脳に響く。


「おめえ、いいがげんにじろ。げさおらばなんつっだ?」


「・・・この木を薪にしとけ。」


「んで?ごれ、まぎけ?」


あばた顔が生木を持ち上げる。


「いや、量が多くガッ。」


安崎の顔面に生木突き刺さる。


「りょゔがゔぉおい?なべでんのが!」


あばた顔が近づき、安崎の腹を殴る。


うずくまって亀のごとくまるまる安崎を、あばた顔は蹴り続けた。



終わるまで入ってくるなと吐き捨てられて、数刻。


真っ暗ななか、安崎は薪を割っていた。


痛い、寒い、腹減った・・・


つかれが体にまとわりつく。もう何日もろくなものを食べていない。ああ、こんなことならかつ丼でも食っておけば、いやあんな湖に入らなければこんなことには。


どこなんだここは、なんなんだいったい。湖に飛び込んだだけなのに。


その時、安崎の頭に電流が走った。


そうだ、湖!あそこに飛び込んでこの狂った世界に来てしまったんだ。あそこに飛び込めば!


考え終わる前に安崎は飛び出していた。


痛みも気にせず、暗闇も気にせず、走る。


転び、ぶつかっても安崎の顔には喜色が浮かんでいた。


この、先に・・・あった!


汗を滝のように流し、過呼吸によってせき込みながら、安崎は湖に飛び込んだ。


どぶん。



バッと目を開けると、青い空が広がっていた。安崎は笑顔になって陸を目指す。


やった。やったぞ!帰ってきた。


土の感触を確かめながらよじ登ろうとし、気づいた。


目の前に広がる、緑。


「は?」


冷や汗をかきながらその木に近づく。


「おい、おいおい。いや、まだ、まだそうだ。たまたま、変な場所にでただけで、」


ぐるりと勢いよく回転する。年季の入った倉庫があるはずだ!俺はそこをにげていたのだから。だから!緑しかないなんてことは、そんなことは。そんな、ことは。


どさりと、安崎は膝をついた。


湖を囲うように、鬱蒼と木々が茂っていた。



 あれから何日経っただろう。


 その日も朝は早かった。


 傷だらけの体を引きずって、あぜ道を進む。


 あばら家のそばで見知らぬ声が聞こえ、安崎は足を止めた。


 この村は閉鎖的だ。村にはよそ者もいるようだが、行動の自由をはく奪されている安崎は、詳しく知らない。


「ヴぉい。」


 だみ声と共に張り手が飛んできた。


「おめぇさぼりけ?いい身分だなぁ。おい?」


 あいかわらずのあばた顔が往復の張り手をかます直前に、見知らぬ声が割り込んできた。


「そいつ、ナニモンだ?」


 おまえこそ何者だ。


「おめえこそナニモンだ。」


 お、気が合うじゃねえかあばた面。


 しかしその問いかけは、見知らぬ男ではなく、隣にいた木こりが答えた。


「こいつは隣村のもんだ。叔父が村のはずれで殺されちまったんだってよ。」


 ・・・は?


「なんでも盗賊でも住み着いたんじゃねえかって話だ。」


「盗賊ぅ?」


 村人たちの会話をよそに、おれの心臓はうるさいぐらいに拍動していた。隣村 村のはずれで殺された叔父 ・・・まずい。


「しっかし、盗賊な ぁ」


 あばた面の女の後頭部を右手に抱えた桶で強打し、間髪入れずあっけにとられる木こりに襲い掛かる。


 会話の続きが手に取るようだ。盗賊騒ぎのなかで、ちょうど最近現れた出自不明の男、疑うにきまってる。現に俺が犯人だ。そして、疑われれば、十中八九危険な目にあわされるだろう。そう考えた時には体が動いていた。


「痛っ」


 木こりの男にとっさにさけられ、損傷は少ない。しまったと思う間もなく、となり村の男の右こぶしが俺を貫いた。


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