閑話 とある男
秋定という男がいる。因幡国の比見村の農民である。父は足軽で、武士への立身を夢見、名前だけでも武士らしくとの思いで立派な名をわが子に贈った。秋定が幼いころ戦に出、ついぞかえってこなかった。
秋定は親類の畑を借りたりしてなんとか成長したが、豪族どもの小競り合いに巻き込まれ、村を焼かれた。村人の大半が殺され、親類は離散。荒廃した故郷を離れ、彼は津山城下で日雇いの大工として日銭を稼いだ。特段の意味は無い。栄えていれば仕事も多かろうと推測したのである。はじめ布施天神山城城下、湖山南ににげこんだが、同じ境遇の者が数多いたため仕事にありつけず、ならばと美作の国に入ったのであった。
大工姿が板につき始めた頃、領主が変わった。新たな領主は妙な男で、時たま城下を巡っては、家来衆に引きずられて館に帰るを繰り返していた。
その日も領主はやってきた。いつものように釘を打つ手を止め頭を垂れた。
「ああ、気にするな。」
領主はそう言うが、五郎は頭を上げなかった。領主は何を思ったか、秋定に声を掛けた。
「お前、名前は?」
「秋定と申します。」
「どこから来た?」
「因幡でございます。」
落ち着いた表情で語りかけてきた領主は初めて感情を見せた。
「因幡!因幡のどこだ?」
「比見村でございます。布施天神山城から7日ほどのところでございます。」
領主は一言二言、たしか俺も因幡には縁がある、だのと語っていたが、秋定は緊張と恐怖によりあまり詳しく覚えていない。領主とは恐ろしいものだ。気に入らなければ首をはねる、などということを平然と行う。ましてや自分は流れ者、怪しい奴めと刀を抜かれたらと思うと体は一層縮こまった。
特に何事もなくその場を切り抜けた。
その夜、平兵衛と名乗る男がやってきた。
「夜分に申し訳ないっす。」
秋定は恐縮しつつ寝床の厩を出た。もしや昼間の件で自分は罰せられるのだろうか。気づかぬうちに無礼を働いてしまったのか。
「いいすか、殿はとある戦に向けて準備中っす。これに勝てば殿はもっと強くなるっす。そのときに因幡山名が邪魔っす。だから因幡山名の本拠である布施天神山に詳しいあんたに手伝ってほしいんす。」
「手伝いとは、一体。」
「因幡鳥取の動きが知りたいんす。兵を集めてないか、兵糧をあつめてないか。」
平兵衛は観天望気の才を安崎に見込まれて以来、なにかと助言を求められるようになった。五郎とも相談し、安崎の助けになる情報を集める数十人もの人間を束ねる仕事をしていた。
「しかし、私はただの・・・」
「難しくはないっす。城下や周辺の村を回って、様子を教えてほしいっす。」
秋定は戸惑った。そんな仕事を自分ができるとは思えない。それにいかにも危険そうだ。ためらう秋定にしみこむように声が聞こえてきた。
「褒美はでかいっす。生活費や滞在費に加え、成果に応じて奮発するっすよ。」
脳裏に、親を失い呆然としていた自分の肩をたたいてくれた叔父を思い出す。大雨の日に一緒に藁束を担いだ従兄を思い出す。棒のようになった足をやさしくもんでくれた従妹を思い出す。褒美があれば、彼らに恩返しができるやもしれぬ。
「お受けいたします。」
秋定は深く頭を下げた。
※
唐突に謎の人物を登場させてしまいましたが、後々出番があるキャラです。
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