行列襲撃

 布施天神山城より此隅山城に向けて花嫁行列が出発。兵およそ三百。


 報告を受け、安崎は深くため息を付く。これでは護衛というより軍隊だ。


 たしかに因幡はいまだ不安定。布施天神山から但馬に入るには必ずつい先日滅ぼしたばかりの岩美領を通る。危険が少なくないのはそうなのだが、数が多すぎる。


 おそらくは兵を入れ替えるのだろう。今は晩夏、秋の収穫前に兵を故郷に帰さなくては農作業に支障をきたし、国が傾く。


 安崎は因幡の国岩美にいた。確実に行列が通るルートであり、地理に明るい岩美兵もいる、襲撃地点としてまずまずの場だ。とはいえここは敵地。こちらは増援を呼ぶこともできないので連れてきた兵三十だけで事をなす必要がある。・・・無理だな。


 安崎は早々に見切りをつけ、別の作戦に移行するべく、移動する。


 ※


 「平兵衛、間違いないな。」

 「はいっす。」


 草むらに身をかがめ違和感を極限まで抑えた怪しげな男達。地元民であってもぱっと見だけではわかるまい。安崎以下10数名は但馬国新温泉領の端、現代でいう穴見海岸展望台周辺に潜んでいた。


「まったく、お前の力に何度助けられたことか。」


 安崎は平兵衛を褒める。彼の観天望気の才は桁外れである。全くの快晴であっても雨が降ることを予測する。時刻付きで。ここまでくると予知に近い。


 へへへと頭をかいている平兵衛がはじき出した天気予想を元に作戦を組み立てた。大変冒険心に富んだ作戦だ。


 正直、帰りたい。姫を上手く攫うと山名に恨まれ、いや憎悪され、失敗すれば討ち取られる。まったく危険を冒す意味がない。尼子ににらまれないためにやるのだが、山名には恨まれると思うとやる気で無い。まあ、今尼子を裏切っても生きていけないのだが。


 安崎は今回三十の兵を率いている。山名の勢力圏に謎の一団が侵入していることが知れれば布施天神山城より兵が飛び出してくる。安崎領は先の宗教紛争でボロボロなので山名と正面衝突することはできない。


 そのための少数行なのだが、まあ三百対三十もちょっと、いやかなり、いやいやものすごく、厳しい。花嫁のみを狙うつもりなのだが報告によると輿の周りは守りが分厚いらしい。どうしよう。


 だがしかし、安心してほしい。わたくし安崎オチバ、天才的な作戦を閃いてしまった。家臣達がぽかんとするような作戦だ。


 ふっふっふ。


 ※


「はーきつかった。」

「岩美の奴ら必死だったなあ。」


 因幡の姫を運ぶ花嫁行列、その護衛兵達の空気は弛緩していた。無理もない、布施天神山城を発ってから不穏分子あふれる領域を進軍し続けたのだ。現に布施天神山を出発直後に一度、旧岩美領でも一度襲撃を受けている。因幡国衆にとって因幡の姫は至上の存在、但馬に汚されることを恐れたのだろう。


 だが、なんとか切り抜け但馬国に入った。一安心だ。ここから先は長年但馬山名の勢力圏、危険は精々野盗程度のもの。兵達も顔に安堵を浮かべ、楽しげに談笑を始めた。


 あとは故郷に帰るだけだ。そんな兵達を見て侍大将、この行列の副司令官は眉をひそめる。まだ任務は完了していない、この空気はまずい。さりとて危険を切り抜けたのも事実、ここで叱責しても反感を買うだけか・・・いらだたしげに首を振り、だらけた兵どもを睨みつける。やはり軽く怒鳴っておくかと息を吸ったその背後から悲鳴が上がった。


 ※


 この兵力で輿は襲えない。揺るがぬ事実を前に安崎はガシガシと頭を掻きむしる。うーむ、こういうときは発想を転換すればよろしい。


 輿をなぜ襲いたいのか、それは婚姻をぶち壊したいから。うむ、婚姻をぶち壊せれば何も姫を強奪する必要はない。ふむふむ、しかしどうやって・・・はっ!


 閃いたぁ!


 安崎は自分の案に恐れおののく。もしや自分は天才じゃあるめえか。いやそうに違いない。即座に行動をおこし、自分も移動した。


 これが数日前のことである。考えた当初は素晴らしい策だと確信していたが数日経って冷静になってきた。かなり無理がある気がする。・・・いや、ここまできたら後には引けぬ。


 やるぞ、やるぞと自らに言い聞かせていると茂吉が来やした、とぼそっと耳打ちされる。


 見ると行列が近づいてきている。よし、いいぞ、まだだ、まだ・・・


 輿がすぐそこを通り過ぎても安崎は動かない。もう少し・・・心臓が音を立て、無闇に呼吸を繰り返す。この緊張感、何度経験しても慣れることは無いな。


 そして、行列の後ろ側中腹、前に大部分、後ろにもそこそこの兵がいるそこが目の前に来たその時、道の片脇に潜む男達、安崎兵が奇声を上げて行列に襲いかかった。


「ぎゃあああああああああ!!!!!」

「ぎゃはあははっははは!!!!!!!!!」


 およそ文明的で無い音が場を支配する。行列はわけがわからぬと顔に書かれた兵ばかりで大混乱に陥っていた。とはいえそこは名門但馬山名の軍、時間をかければ兵は落ち着き、安崎達を取り囲むだろう。


 だが、今はそうでない。未だ混乱続く行列のどまんなか、襲撃を食らった奴らがあちこちに恐慌状態で逃げ回るためぐちゃぐちゃになったそこ。


 「因幡の姫を!因幡のもとに!」


 その場に響き渡った大音量に全ての兵が動きを止める。


 不思議な静寂がその場を支配し、直後。


「うわぁぁぁ!!!!」


 敵兵の一部が輿殺到する。悲鳴にも似た怒号、眼の前で一連の流れを確認していた侍大将は落ち着け!なんともない!と声を張り上げるが足軽に飲み込まれる。


「兎姫を但馬に渡すなぁ!」


 行列に組み込まれていた因幡の兵、その一部が姫を救うために輿に向かう。


 見事なもんだと安崎は感心する。領主がだれでも関係ねえというのがこの世界の領民のスタンスだ。津山も領民からの抵抗はほぼなかった。だというのにこの騒ぎ。


 よほど因幡の姫君は慕われていたと見える。


 さて、さて。


 草むらに立つ安崎は、行列を俯瞰する。行列の後方部、ぐちゃぐちゃの隊列の中、整然とした一団がいた。数名の足軽がひとりの足軽を守っている。いや、囲っている。襲われないように、逃がさないように。


 なんだあれ。


 不審に思い、謎の一団をにらむ。主の不審な動きに気が付いた安崎兵が同じ方向を見やる。


「あっ!!!」


「ん?」


「と、殿!あ、あれ!」


「ん?」


「あああ、あれ。」


「どれ。」


「あの、そこの、そこに!」


「そこに?」


「久姫います!」


「は?」


「そ、そこの、そこに!」


「あの一団か?今離れていってるやつ?」


「そっそれです!それ、あれ姫だ!」


「・・・は?」


「み、見たことあるんです。あれ、姫です。あの真ん中の!」


 安崎は勢いよく振り返り、一団をにらむ。統制のとれた一団。守るように動く一団。


 可能性あるか?


 ・・・・・あるな。


 獰猛な笑みを浮かべた安崎は、大きく石を海に投げ、疾走した。


 ぐちゃぐちゃの隊列。そこから距離を置いた一団に、背面から石が飛んできた。パニックになったそこに槍の束が突き刺さる。


「合図だ!行けえ!!」


 茂吉以下数名。安崎たちとは反対側の草むらにいた彼らは、行列に気をとられ、投げられた石にあわてた一団の兵に突撃、槍の突き合いとなった。


 安崎は走る勢いそのままに、一団に近づく。中央の笠を深くかぶった足軽と、目が合った。


 黒い瞳。光を灯すその瞳。


「来い!」


 声に従ったのかは定かではない。襲撃に手いっぱいの護衛の兵を蹴倒して、飛び跳ねるようにこちらに駆け寄る姫を、安崎はすくいあげ、走った。


「ずらかるぞ!」


 茂吉の声が響き、すぐさま平兵衛が小太鼓をたたく。


「因幡の民ども!逃げて!隠れろ!次に備えろ!」


 ぐちゃぐちゃの乱戦になりながら、姫が連れ去られた!姫を傷つけるな!の叫び声が飛び交う。


 混沌、その一言に凝縮されるその空間。追い打ちをかけるように、今の今まで快晴だった空が墨をぶちまけたように真っ黒になり轟音とともにおびただしい水が世界を覆った。


 「平兵衛ぇ!お前最高だよ!」


 一寸先すらも見えないような大雨の中を安崎は笑顔で駆け抜けた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る