尋問って響きが怖い
尋問の筋これあり
書類の山を削る日々を過ごしていると、尼子家から使者が送られてきた。持参してきた博物館に飾られていそうな高級感漂う書状には監査官が訪れる旨と共にこの一文が添えられていた。
簡素な一文を思わず二度見する。まてよ、思い違いをしているだけで「尋問」には悪くない意味も含まれているのかもしれない。心の辞書をめくってみる。
尋問 問いただすこと 警察とか軍隊とかがよく使う
恐怖である。何についてかわからないという点が特に。
「殿、深呼吸してください。」
頼れる五郎に従い深呼吸を繰り返す。
「心当たりは?」
「無いな。…この前の戦の件か?」
「あれはあくまで領主間の話ですから。尼子に呼び出されることはないでしょう。尼子傘下同士ではありますが、潰しあったわけではないですから。」
個人的には潰しあった気もするが…宗教が発端だから通常の戦とは違うのか。
「あとは…盗賊たちを連れ帰ったが?」
「…いえ、そんな些末なことに口出しするとも思えません。旧領主を従えていたならば、尼子家が処罰したものを勝手に赦すとは何事かと𠮟責されたやもしれませぬが。」
「奴らは全員討ったからなあ。」
うーん、二人で頭を悩ます。
「ちなみに会わないというのは?」
「討伐軍がおくられてきかねません。先の出兵は周辺の不穏分子を一掃するためのものですから。」
会うしかない、か。
「この局面で粛清されることもないよな。」
「はい。あなたの役目は美作の抑えですから、尼子自らそれを削るというのは考え難いですね。ここであなたを粛清すれば真庭や南郷が心配を抱きかねませんし。」
「…よし。すぐに準備を・・・いや、迎える準備はお前に一任するからうまく対処しろ。できるな?」
安崎は五郎に一任することにした。五郎の出自が高いということは半ば確信している。下手に自分がやるよりも礼儀作法に詳しそうな五郎に任せたほうがいいはずだ。加えて確認の意味もある。
安崎の目算を知ってか知らずか、五郎は不安げに頷いた。
※
「よお、久しいな。」
「お久しゅうござる。孫四郎殿。」
応接間に現れたのは、以前茶屋で出会った怪しい男であった。安崎は驚きを隠して無難に挨拶する。
世間話を交わすが、いまいち何しに来たのかつかめない。尋問というからずばっとくるものだとばかりに身構えていた安崎は肩透かしを食らっていた。
いつまでも雑談に興じているわけにも行かないので軽く探りを入れると孫四郎はあっさりと本題に入った。
悩ましげに
「但馬の動きは知っているな?」
「はい。それはもちろん。」
知っている。ここ最近の悩みダントツ首位である。
「実はだな。因幡山名の姫と但馬山名の次男が婚姻するらしい。」
「ま、まことですか!」
まじかよ。安崎は首肯する孫四郎を視界に収めつつ苦悩する。仮にその婚姻が成立すれば但馬山名は因幡において侵略者ではなくなる。国衆達はおとなしく従うだろう。とても危険だ。
だが、俺に何の用だ?但馬山名に備えよ、であれば因幡に所領を持ち、美作東部のまとめ役を担っている南郷家に話がいくはずだ。
俺にできること・・・なんだろう、神聖教中央派と仲良しなことを活かしてなにかするのか?
「自分になんの関係があるのかって顔だな?」
「はい。」
安崎の返答に孫四郎はニンマリと笑うと説明を始めた。
「但馬と因幡が縁続きになる一番の問題は但馬が大義名分を得ることだ。大内とかち合っている間に因幡の支配を固めた但馬山名に出雲を攻められれば尼子は負ける。」
否定も肯定もしづらい言葉だ。主家への侮辱と捉えられかねない。
「ではどうすればこの危機を脱せる?」
安崎は動揺した。安崎家の方でも但馬山名への対策を話し合ったが良い案はでなかったのだ。しかも婚姻が行われるのであればさらに事態は悪い。いくつか考えを頭に浮かべ、結局具体的な案では無く根本を口にした。
「婚姻を取りやめにさせれば但馬山名は因幡平定に手間取ります。時間稼ぎにはなるはずです。」
孫次郎は深く頷いた。
「そう、婚姻されると困るのだから婚姻させなければ良い。簡単な話だな。」
「はい。」
「そこでだな。」
「はい。」
安崎は姿勢を正す。なにを告げられるのか。
「姫さろてきてくれ。」
「・・・は?」
武士とは思えない発言が飛び出した。いや、この世界の武士とはこういうものなのだろうか。混乱する安崎を置き去りにして孫四郎は話を進める。
「婚姻を潰すだけなら姫を暗殺したりすればええんやけどな、ちょっと武士っぽくないし、姫を殺めると外聞も悪い。その点誘拐なら勇猛といえないこともないやろ?」
おっとすまんな。妙ななまりになるときがある。なんて聞こえてくるがそれどころではない。安崎の頭の中で実行した場合、実行しなかった場合、成功した場合等々、無数のシュミレートが繰り返される。
「婚姻をぶち壊せば山名に深く恨まれますね。ただ、因幡平定は遅れる。」
「そうだ。まあ、後がかなり面倒だが大内に負ければ後なんてないからな。なるべく危険は排除したい。」
なるほど。
「最後になるが、今回のことはお前の独断だ。」
「…私は尼子の傘下ですよ?そんな言い訳通じますか?」
「他家が完全に否定しきれなければそれで良い。お前は因幡山名の姫に恋慕の情を抱いており、今回の縁談に耐えられなかった。そういうことにしろ。」
なるほど。それで俺が選ばれたのか。南郷家のような何代も続く武家はそんな軽々しい行いはしない。だが一代で成り上がった者ならば多少は言い訳も立つ、と。そこまでやる意味があるとも思えないが、可能性を上げておきたいんだろうな。
・・・顔も見たこと無い姫君に横恋慕したって相当やばいやつだと思われるな。
さて、どうするか。この話を受ければ完全に但馬と敵対する。言い訳が利かないよな。尼子が大内に滅ぼされたら一緒に滅ぼされそうだな。受けなかったらどうだろうか、因幡を完全に但馬が支配することになる。そのまま美作に攻め込んでくるかも知れん。いや、その前に尼子につぶされるかも。うん、選択肢ないな。
安崎は覚悟を決めた。相当無理しなくては成功しないが、やるしかない。
「承りましてごさいます。」
※
簡単解説 方言
実は、安崎たちは現代日本語で話していません。大いなる力で現代語に変換されていますが、安崎たちの使用言語はまったくの別物です。まったくの別言語なので正確に変換しきれないこともあります。孫四郎殿の言葉が似非関西弁になったのは突然方言を使用したためであり、実際に似非関西弁を使ったわけではありません。ですので「この時代にこの地域の人間が関西弁を使うだろうか。」と疑問に思った皆様、気にしないでください。
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