ヤマナっておいしいんすか?

 今回の話は「3話 安崎初仕事」修正後をご覧いただけると齟齬無く読む事ができます。


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 「但馬山名か…」


 おとがいに指を当て、安崎は眉間を寄せた。


守護大名。室町時代の勝者にして戦国時代の敗者。安崎の知識では甲斐武田や遠江今川等の一部の守護大名は戦国の世に適応し、他は荒波にもみ潰されたとある


 実は守護の力は強大だ。守護なんてのは偉ぶるだけでなんの力も持たないという安崎の誤信は見事に消え去った。


 仮に安崎が傘下領主に参戦を呼びかけたとしよう。彼らはまず参戦しない。なぜならば彼らは独立しており、血縁でも寄親でもないやつに無条件で助太刀してやる義理なんてかけらもないからだ。まとめ役に対して何の敬意もない。まとめ役というのは尼子が勝手に任命しただけの張りぼて職なのだ。


 だが守護に対しては違う。全体の七、八割は集まるだろう。なぜならば彼らは守護、武士の総帥に任命された家なのだから。


 正史では応仁の乱の後、守護の権威が揺らいだのだが、この世界では神聖教が守護職を認めている。一般庶民の生活の要である神聖教が、だ。「和尚さん達が認めているのだからきっと偉いのだろう。」こう庶民は考える。「民を刺激するのは避けたいし、自分の立場も神聖教に認めてもらったわけだから、守護も認めないと自分自身の権威が揺らいでしまう。」こう領主は考える。神聖教の存在が守護の権威を堅固なものにしている。


 他家に侵略されたのは、単純に家の力が落ちたから、飛び地を襲っても報復は無いと舐められたから、ただそれだけのこと。


 もっと時代が進みあらゆるの権威が失われれば話は別かもしれないが、今、この世界において、守護は強力だ。


 なのでうちみたいな地方領主の一陪臣に抗う術はない。らしい。


 一連の説明は五郎にしてもらった。相変わらず賢い。戦国大名の単語に首をかしげていたが、「戦国とは国が戦いの最中にある大名のことですか。言い得て妙ですね。」勝手に納得していた。


 ・・・正直、五郎はおかしい。異常に、変だ。地頭がどれほど優れていようと知識がなければわからないことは多い。現になかなかに機転の利く平兵衛は「ヤマナ?おいしいんすか?」と回答していた。これが一般庶民の普通の反応だろう。


 安崎は神事に石鹸を使うことを知らなかった。当然だ、現代日本どころか過去にも神聖教なんて存在しない。平兵衛も茂吉も知らなかった。当然だ、農民が領主様のみ行う神事など知るはずがない。


 ではなぜ五郎は知っていた?なぜここまですらすらと守護の力を説明できる?政に欠かせない豊富な知識はどこで身に付けた?領主の矜恃になぜ固執する?


 ・・・・やめよう。考えたところで詮無きことだ。いまは目の前の危機に対処しよう。


 「但馬山名軍の兵数はいかほどだ?」


 「今回は奇襲でしたので宣言はされていませんが、確認できる限りでは2000ほど。おそらくはこの倍近くいるものと思われます。」


 「・・・4000?」


 山名の動員可能総兵数はわからない。だが、但馬は美作と同じようなそこそこの規模の国だ。決して出雲のように栄えているわけではない。なぜ4000もの大軍を送り込める?


 他国へ軍を出すのは国内でやり合うのと訳が違う。たとえ同族であろうと他国の大名家を攻めたとなれば周辺諸国が因幡山名を助太刀する名目で但馬を蹂躙するだろう。本国を手薄にすることはできない。


 それよりもなによりも、数千の兵を長期間動かす費用は途方もない。現地の民を徴兵して現地の民から徴発して戦ってなお、宗教紛争は大出費だった。どさくさまぎれに美咲領から寺の畳から武家屋敷の鎧にいたるまで一切合切略奪していなければ安崎家は賠償金が支払えず倒れていただろう。


 本拠地周辺の軍事行動でそれだ。但馬から因幡へ4000の兵を移動させ終わる前に安崎家は破産する。


 仮に一国を完全に掌握し、富と戦力を自由に動かせたとしても、仮にこの日のために力を蓄えていたとしても、まるで現実味のない話だ。そもそもの国力が足りない。


 考えられるのは三点、現地で兵を集めたか、現地で物資を集めたか、どこからか支援が入ったか。


 尼子家親征に付き合わされたせいでもともと豊かではない因幡の国は空っぽに近い。越冬に向けて準備しているだろうが略奪したところで4000もの兵はまかなえない。物資の現地調達はない。


 支援を受けた線も無い。物資にしろ援兵にしろ隣国からということになるが、但馬の南に位置する播磨国はやっとこさ尼子を追い出したところでとても他国に支援などできる状況にない。


「・・・因幡の国衆が寝返ったのか。」


「いえ、岩美の領主は抵抗して討たれ、八頭や気高などは徹底抗戦の構えです。」


 現地で兵を集めたのでは無いのか。・・・ならばどうやった?


 いぶかしむ姿を五郎が気にかける。 


「何が引っかかっておいでですか?」


「ん、但馬山名がこれほどの兵を動かせたことが不思議でな。俺たちは今年の冬を越せるかも怪しいというのに。」 


 ははっと安崎は自虐するがそこには触れず、五郎は難しい顔で考える。


「確かに但馬に主立った産業は・・・銀山があるくらいでしょうか。」


「銀山?」


「はい。ただ、石見や多田と比べてあまり有名ではありません。産出量もそれなりでしょう。」


 銀山・・・石見銀山?聞いたことがあるような、思い出せ、確か先生は、「豊臣秀吉は生野や石見の銀山、佐渡の金山を直轄領にしたんだよ。そうすることで莫大な富を独占したんだね。ちなみに佐渡の金山は東日本、生野と石見は西日本にあるんだ。江戸時代の東の金遣い西の銀遣いとリンクして覚えるといいよ。」とおっしゃっていた、ような、そんな感じのこと言っていたと記憶が訴えている。


 あいにくと数年前のことなのでおぼろげだが、なんか生野銀山って兵庫県らへんじゃなかったか?大食いの高木が「うちの地元じゃん!」とか叫んでた様な気がする。


「五郎、その銀山の名前、わかるか?」


「え?あ、申し訳ありません。そこまでは。」


 まあたいしたことない銀山の名前なんか知らなくて当然か。


「調べておいてくれ。」


「は。」


記憶違いならばそれで良い。もしも但馬山名が日本最大級の銀山を擁しているのであれば、金策の心配などない。数千の兵を長期間動かせ、増援もどんどん送り込める。家臣や国衆の調略も容易だろう。ただでさえ詰みかけの状態が、完全に負けになる。


 そのときは頭下げに行こう。従属を許してくれるかもしれない。そんなことを思った。


「ひとまずは静観だな。いまは動けん。冬も近い。」


「は。但馬山名はそこも狙いだったのでしょう。」


 とはいえ無茶をするものだ。仮に奇襲が失敗すれば時間がかかる。手間取って居る間に冬が訪れれば遠征軍は壊滅だ。即座に退却する算段だったのだろうか。


「とにかく内政だな。先の戦の傷跡も残っている。」


「そうですね。」


 その三日後。


 「姫さろてきてくれ。」


 「は?」


 津山城にて、かつて茶屋で出会った変な人に変なことを言われていた。


 ※


 簡単解説 但馬の人口と総兵数


 但馬(たじま):3市2町 人口:150,797人(兵庫県推計人口 令和5年4月1日現在)


 兵庫県ホームページより


 大体 男姓が半分だとすると75000ほど。


 適当(意味 深い考えもなくとりあえず)に10分の一ほどが兵士として動員されたと考えると但馬山名は後先考えずに総動員した場合7500まで動かせる。 











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