跳躍
1月31日以前に最新話までご覧くださった読者の皆様。今話を読み進めると違和感に気づかれるかと存じます。皆様の記憶は正確です。前話「行列襲撃(旧題・花嫁行列襲撃)」を修正した関係で、まったく違う話になっています。そのため、以前の記憶のまま読み進めるとまったくの意味不明、映画の上巻から下巻、いやシリーズものの本作から外伝に飛んだ後本作に戻るような、つまりはまったくつながりのない別作品を読むことになってしまいます。お手数ですが前話「行列襲撃」を今一度読んでいただけると幸いです。
※
平兵衛は目をこすった。必死に但馬の兵と斬りあい、なんとか脱出し、手筈通りに逃げるべくばれないようにこそこそと断崖絶壁を降りた。
こわかった。痛かった。今もつらい。それもこれもお頭のため。
全力で刀を振るい、棒のようになった腕をぶら下げて、なんとか岩のくぼみにたどりついた。
ああ、つらい。それでもお頭のために。ここから津山に帰るまでに追手に襲われれば、自分が身を呈して守るのだ。お頭のために。
もう一度よく見る。
暗い洞窟の中。お頭もとい安崎は、全身を海水で濡らし、半裸になったみじめな姿で、同じくずぶ濡れの女性とにらみ合っていた。
なにこれ。
※
「しっかりつかまれ!」
安崎は急勾配を駆け降りる。
岩場を転げ落ちるようにして下り、勢いそのままに海へ跳躍した。
幼いころ鉄棒から滑り落ちた時の感触を思い出した。
異常な抵抗力。固く重い海の表面に安崎は意識を失いそうになる。
激痛。その一言がふさわしい。
いつまでも悶えているわけにもいかぬ。
安崎は痛みを訴える体に鞭を打ち、ぎゅっと目をつむる姫を抱える。
ざぶざぶと水を押しのけ、淵へと近づく。
空に突き出た枯れ木に手を伸ばし、直立する岩に足をかけて力いっぱい姫を引き上げる。海水でべたついた衣をぬぎすてると、息を吐いた。
「おい。」
安崎が声をかけると久姫は魂の抜けたような顔をしていた。
一瞥し、軽く息を吐くと数歩先の岩のくぼみに潜り込む。
「な、」
美人は声帯まで違うらしい。恐怖と疲労でかすれた声は、それでもなお涼やかであった。
「なに考えてるの!」
悪意のこもらぬ純粋な音。さながら姉が車道にとび出た弟を注意するような声で、久姫は言った。
姫君というから、てっきり夜な夜なカラオケに興じるような現代娘どもと同族と捉えていたが、どうやら認識を改める必要がありそうだ。
「私は死ぬわけにはいかないのよ!ねえちょっと!」
脱出劇の衝撃から脱したらしく、久姫は安崎の身体をぐらぐらと揺する。
このお嬢さん。パワーがあるぜ。
ゆすられながら振動の原因を観察する。
健康的な肌。意志の強そうな瞳。顔も随分と端正なつくりをしていやがる。
友人に「醜悪ではない。が、美形でもない。まあ、クラスに2,3人はいるかな。」なる評され方をした安崎が世界の不公平にしみじみとしていると、姫が自身の体を抱き上げて後ずさった。嫌悪でも恐怖でもない。男友達にセクハラされた女子がこんな顔してた。
紳士を標榜し、鳥取一の清純派を自負する安崎にしてみればまったくの心外、顔も渋面になる。
かくして、洞窟内にて、うら若き男女がずぶぬれでにらみ合うという状況が発生したのであった。
※
茂吉が髪をばりぼりとかきむしり、気が合うんだなとぼそっとつぶやいたのを安崎は聞き逃さなかった。
心外極まり、声を大にして抗する。
「「んなわけあるか!」」
平兵衛がぱちくりと目をしばたたかせ、苦笑いした。
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