新米領主奮闘記 その二

 盗賊を降伏させた理由は単純だ。あの場の戦力はほぼ互角。武具を取り上げることはできたが、縛ることすらできずに一箇所に集めていた。


 奴らが一斉に暴動を起こせば、負けることはないが疲弊していたこともあり大損害を出しただろう。故郷まで連行するという手もあったが面倒なので却下。



「殿、反省して下さい。」


 太陽が昇る頃始めた正座を続けながら太陽が真上に来たことを確認し安崎は諦観の念を顔に浮かべる。


 盗賊どもを居城に連れ帰り、とりあえず寺に押し込んで眠りについたところまでは記憶がある。


 目を覚ますと笑顔の五郎の前で正座をしていた。


「殿、あなたは非常に胆力のある御方ですね?つい先日領主としての自覚についてお話したのですが。」

「なあに、ははは。」

「何がおかしいんですか。」

「すいません。」


 五郎は基本的に温厚である。冷静沈着の方が正しいかもしれない。だが領地経営に謎のこだわりを持っており、適当にやっているとこうして怒られるのである。怒られすぎて最近では正座への切り替えが上手くなった。…なんでごろつき上がりが領地経営にこだわりを持っているのでしょう。


「殿、私が出陣前に申し上げたこと、覚えておいでですか?」

「『盗賊をのさばらせれば食料不足に拍車をかけることになります。殿、ご武運を。』」

「さて、殿。散々領地を荒らし回った盗賊を、来年は年を越せるか怪しいほどの食糧問題のなか民の反感を買ってまで連れ帰ってきた理由はなんでしょうか。」

「ど、土木工事をやらせようと思ってな。美作南東部は道も堤も不安が残るから、労働力は多い方が良い。」

「なるほど。」

「人足を雇うのもいいが、土木技術の専門集団を作ったほうが後々良いと思ってな。」


 五郎が微笑む。良し!いいぞ!咄嗟の思いつきだが、悪くないかも知れん!後ろの子分共も「流石お頭!」「そんな考えがあったんすね!」と顔に書いてある。いける!


「で、緊急性の低い土木工事を信頼性の低い盗賊共に貴重な食料を消費してまでわざわざやらせる理由は?」


 …お説教は時間が勿体ないという理由で書類仕事が増やされた。



五郎には正直に本当のことを伝えてもよかったのだが、今後のこともある。言わないでおこう。



 翌日、安崎は美作盗賊衆を集めた。

「よーし、いいか。働かざる者食うべからずだ。手始めに各地に橋を架けたり道を拓いたりすることで行き来しやすい環境を作る。」


 問題は山積しているが、どうしようもないのでとりあえず元盗賊たちを働かせる。


 本音を言うとこいつらにも食料調達に行って欲しいが、降伏させる際あんな事を言った手前そうもいかない。


 とりあえず土木工事をやらせておこう。


 ※


 美作南東部を治めるなかで一番問題なのが村々の独立性だ。もちろん納税も兵役もしっかりしているのだが、なんというか村同士の交流がない。


 そのせいであらゆることがうまくいっていないのである。最近だと盗賊騒ぎだ。隣村に盗賊が出現してもそのことを知らない、襲われた村も領主に使いは出すが隣村には出さない。そのせいで情報が異常に遅い上に不明瞭になってしまっていた。


 これはなんとかしたい。時間がないので深夜に寝所で思案した結果、ひらめいた。交番制度だ。交番を作って、相互に連絡させれば良いのだ。


 駅伝制だけをやらせる余裕などないから、徴税官とか戦の際のまとめ役とか色々兼任させよう。


 汚職が蔓延しそうだな、手を打っておくか。


 ※


 警察制度の核となるのは警察官である。いくらシステムが優れていようが、人員が腐っていては成り立たない。日本警察はその点しっかりしていたのた。


 ここで一つ問題になる。優秀で職業倫理の確かな人間は少ない。具体的には美作南東部を駆けずり回って二人見つけた。


 二人じゃ組織は回らない。五郎と相談した結果、規則でガチガチに固め、給料はたっぷり用意し、あとはまあ名誉のあるお仕事なんだよとか教えることにした。なんとかなるだろう。


 さて、あとは人を集めるだけだがまた問題発生。暇なやつがいない。みんな何かしらやっている。一番に考えたのは武士諸君なのだが、尼子の征伐であらかた首になっているためどうしようもない。まさか土の中に話しかけるわけにもいかない。


 農家は荒らされた土地の回復に忙しく、商家はきたる大戦で荒稼ぎすべく西に東に奔走している。


 さしもの五郎もどうしましょうかと難しい顔である。うーむ暇なやつ…お、適任が居る。


 素晴らしい発想。思わず自画自賛する。いるではないか、集団行動に慣れ、名誉を与えれば職務に忠実な集団が。


 安崎は早速側近を連れて工事中の橋に向かう。ついた途端に何だ何だとわらわら美作盗賊衆が集まってくる。ここは美作盗賊衆受け持ちの工事現場である。


 責任者に全員集めるように伝えて仁王立ちする。ざわざわとした雰囲気、何が始まるのかという不安。その空気を感じながら安崎は秘策を打ち明けた。


「俺は新たな組織を作ることにした。三人一組で領内各地の村の入口に一つずつ番小屋を作り常駐する。警らや伝令、害獣退治と細々した雑事。神聖教教会(寺)の清掃などを行う。求められるのは志である。村を領地を民を守るという高い志。俺はこの組織を任せられる人材は長年民と共に歩んできたお前たちしかいないと感じた。」


 一息に説明する。今すべてを理解できたやつがどれほどいるだろうか。まずおるまい。早口で長文を話すと人は大抵一部分をピックアップする。自分が一番好ましいと思う部分だけを。彼らは思惑通りに「志」だけを聞き取ってくれただろうか。


 堂々と、威厳を持って、安崎は彼らの目を見る。

「頼めるな?」


 盗賊たちは、いや元盗賊たちは互いに顔を見合わせ頷きあってこちらを向く。揃って声をあげた。

「お任せあれ。必ずやご期待に応えて見せましょうぞ。」


 ※


 簡単解説 正座

 座り方の一つ。かしこまったイメージを与えるが長時間はつらい。半日正座は想像するだけでもつらいので安崎には感想を語らせなかった。読者の皆さんのご想像にお任せします。


簡単解説 警察

 日々を守ってくれている。美作盗賊衆は頑張って信用を勝ち取ってもらいたいところ。

 

簡単解説 土木工事

 難しくて大変。専門技術が要る。作中では語っていないが美作盗賊衆には大工さんがいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る