新米領主奮闘記 その一
美作南東部まとめ役兼美作南東部の領主。安崎の新しい肩書である。正式な名前が書状に記されているのだが、やたら長いミミズがのたくったようなそれを解読できるほど安崎は古文に詳しくなかった。
解読不明の怪文書を携えて赴任してひと月、身元不明の流離いから大出世を果たした安崎の仕事は、
「まてや!オラァ!」
「盗賊どもは根絶やしだぁ!」
あまり変わっていなかった。
安崎の領地、美作南東部は尼子に降伏した領地が四割、抗った領地が六割である。降伏した領地はもともと治めているやつらにそのまま任せれば良いので楽だった。問題は尼子に抗った領地である。旧支配層が斬られたり追放されたりしているので反発が強かったり、人手が足りなかったり、地理やらなんやら、領地の実態の把握に時間がかかったり統治にえらく時間がかかった。今も一部地域は統治できていない。
てんてこまいの中、美作の元領主がやってきた。「よう、過去のことは水に流して仲良くしようぜ?あ、この書類片付けとくからよ。」とか、そんなフレンドリーな訪れ方ではない。尼子の統治が固まる前に一発バーニングしようというわけである。復権をもくろむ武士達は実に厄介なのだが、厄介さの調味料として奴らは備前で集めた盗賊共を引き連れて略奪を繰り返した。
成り上がり者には美作の地を任せられぬ!などと書かれた檄文が美作内を回っているらしい。盗賊率いて暴れるやつよりましだと思うけどなあ。
そんな元領主率いる盗賊団は一つ一つは数十人規模でそれほど脅威ではないものの元領主達がほぼ全員参加しており、地元ということもありあちこちに出没するため被害がひどいからなんとかしてくれと懇願されたので手勢を集めて討伐しているのだが、いかんせん多すぎてきりがない。連携せずバラバラに攻めてくるので戦えば楽に勝てるのがせめてもの救いか。
「殿、まずいっすよ!元領主どもが結託したらしいっす。数がこっちより多いかも!」
・・・せめてもの救いが。
盗賊集団現る!の一報は危機的な状況を伝えていた。取り潰された家が三家集まり、総勢三百程だという。
一方こちらの戦力は初期組25、佐柄兵100美作兵100。数十人規模の盗賊を討伐しに城を出る際、これくらいで充分だろ。過剰戦力っすね。あはは。なんて会話をしていたのだ。適当に編成した軍である。もっと連れてくればよかった。
とにかく今は敵を打ち破る策を練らなくてはならないのでマジやばいっすと慌てふためく二人に声をかける。
「軍議だ軍議、茂吉と平兵衛来い。」
草むらに三人で車座になる。陣幕なんてたいそうなものはない。
「どうしやすかお頭。」
「五郎がいないのが痛いっすね。」
「事務仕事できるやつは事務仕事してもらわないとな。」
俺達の中で戦略戦術を考えられるのは五郎しかいない。初期組も佐柄兵も美作兵も農民と下級武士で構成されているから仕方ない。佐柄領と美作の戦略を考える位の武士は軒並み文字通り首になっている。そのため五郎がいないこの場ではとれる手段が限られる。
「目標を設定してみるか。」
「目標っすか?殲滅?」
「いや、追い払えばいいんじゃねえか?」
「また襲いに来るんじゃないすか?殲滅しないと。」
なるほど、たしかに追い払うだけでは根本的な解決にはならないか。しかし三百人を皆殺しにするのは非現実的だな。うーん、どうしたものか。
扇動しているやつだけ討てばいいか?備前の盗賊たちには備前で暴れてもらおう。
率いているやつらを殲滅することで話がまとまったので次はやり方である。大将首を取るにはどうするか。
「素直に衝突したらどうすか?」
「佐柄でやったみたいな伏兵とかは?」
「地の利はむこうにあるよな?」
「多分そうすね。」
「伏兵は難しいな。正面衝突しても勝てるか?」
「勝てるっすよ。向こうは烏合の衆っすよ?集まった領主同士もあんまり仲良くないっす。」
二人が「仲良くねえの?」「必要に迫られてって感じみたいっす。」と会話している傍ら、平兵衛の言葉を反芻する。烏合の衆、なるほど、頭もバラバラ、兵もバラバラ、まさにその通りか。となると劣勢になれば勝手に崩れてくれるな。…良し。
「茂吉、全員集めてくれ。出陣だ。」
※
「あれか?」
「あれっすね。三百って話っすけど実際どうなんでしょ。」
丘の頂上に雑多な装備の人間が群がっていた。隊列もなにもない、祝日のテーマパークのような光景だ。あれが旧領主軍。・・・なんか旧領主と呼ぶとやつらが再び領主になることを肯定しているみたいで嫌だな。適度に尊厳を傷つけたい。品がないわけではなく、相手にとって不名誉な呼び名・・・盗賊衆とかどうだろうどうか。
これなら何をどう解釈したって領主でも武士でもない。見分けがつかないかもなので地名を付けて、美作盗賊衆。良い名前だ。公文書とかも全部これにしてやる。「殿、美作盗賊衆が現れたので討伐いたしました。いやあきりがないですなあ、北東部でも美作盗賊衆が現れているようで。対応が面倒ですなあ。」とか書いて南郷家に送ってやる。
安崎は目視で軍勢の数を把握するような訓練など当然受けていないので敵の総数がわからない。味方と同じぐらいだと結論づけ、作戦を実行に移した。
平兵衛は敵を烏合の衆と称したが、実はこちらも烏合の衆である。美作兵との付き合いが浅すぎる。就任してからかなりのペースで出陣しているが美作兵と佐柄・子分連合を分けていたので連携は全然できない。効率良いからと楽するんじゃなかった。
相手は丘の上に三部隊に分かれて陣取っており数も多い。さらにはこちらを発見して鬨の声を上げており士気も高い。端的に言って不利である。
だが陣取り方に隙がある。多分、おそらく、いや確実に、勝てる。
安崎は覚悟を決め、大きく息を吸い込むと後ろに控える二百数十名の兵に向かって声を張り上げる。
「てめえらァ!無残に領地を捨てて逃げ去った負け犬どもがさえずっているぞォ!奴らに身の程を教えてやろうじゃねえか!」
「「「「「「「「「「「「「「「オオッ!!!!!!!!!!!!!!!!」」」」」」」」」」」」」」」
「突撃だ!」
安崎が丘を駆け上がると弓矢や石が飛んでくる。さらには三部隊が一斉に取り囲んで攻め立ててきた。
「いけぇ、成り上がり者の首を刎ねぃ!」
わあっと押し寄せる敵を前に安崎兵は次々と倒れていく。兵が半分ほどになったところで安崎は反転、坂を駆け下りていく。敵は好機とみて一斉に追撃し、後ろから迫り来る槍の束に気付かなかった。
「潰せ!」
茂吉率いる佐柄兵は見事に敵の背後を着くことに成功し、特徴ある兜首を討ってゆく。部隊の後方で指示を出していた武者は倒れ、最前線で安崎を追いかけていた武士は再び反転してきた安崎に斬りつけられた。
瞬く間に兜が三つ掲げられ勝ち鬨が響き渡る。つい先ほどまで勝った気で攻めていた盗賊達は呆然と武具を振るう手を止めた。
※
「殿ぉ、ひとまず武具は回収できやした。」
「おう。」
安崎は敵の大将を討伐後、残党達に降伏を呼びかけた。大将を失った盗賊達は戦意を失い、安崎に降伏。武具を差し出した上で丘の中腹に集められていた。
諦めた顔をするもの、一息ついて再びやる気になったもの、それら盗賊の顔つきを確認し安崎は丘の頂上に立つ。
「俺たちはお前達に勝った。言うことを聞いてもらおう。」
安崎は、旧領主に対しては往生際が悪いと感じていたが盗賊達になんら悪感情を持っていなかった。
この時代盗賊には二つのタイプがいると安崎は考えている。それぞれ成り立ちと立ち振る舞いが全然違う。
一つ目は余裕があるのに盗賊をやるタイプである。戦に敗れた武士が徒党を組んだり、贅沢のために人を襲う。こちらはすぐにわかる、動きがこなれていて顔に私盗賊ですと書いてある。
二つ目は生き抜くために盗賊をやるタイプである。重税に耐えきれず村ぐるみで旅人を襲ったり、半ば口減らしのために何人かで旅立ったり。こちらは死んだ目をしているがまんま農民なのである。鎧を着込もうと刀を差そうと農民なのだ。
安崎は目の前で茫然自失としている男達が農作業をしているイメージがありありとできた。
「お前達には俺の領地ではたらいてもらう。待遇は、そうだな、後で伝える。」
盗賊達がざわめき一人の男が声を上げた。
「それは、奴隷になるっちゅうことで?」
「あ?いや、普通の待遇だ。人足と同じぐらいか?」
その言葉にさらにざわめく、人足、それなら、いやしかし・・・
なにをそんなに動揺するんだ?そもそも選択肢もないんだが、と首をかしげ平兵衛にそれとなく聞く。
「そりゃ、略奪して回ったから奴隷にされるんだって考えてるからっす。」
「農民は戦になれば略奪に出るもんだろ?」
少なくとも授業ではそう教わったが、この世界は違うのか?
「いや、戦の時に暴れるのと自分から略奪に出るのは違うっすよ。」
いまいちピンとこないな・・・しかしいつまでもひそひそしているわけにもいかん。
こいつらがよくわからん考えを抱いているのなら、
「良いかァ!俺は武士の生まれじゃねぇ!下らんことで悩んでねえでさっさと従え!」
多少無茶なことを訴える大声に、盗賊達は怒りもせずに注目した。
普通敵兵など奴隷として売り払って終わりだ。食費もかかるし、暴動のリスクもある。それをこいつは人足のようにすると言った。こいつは何を考えているのだろうかと、盗賊達は不思議に思う。
丁度夕日が降りてきて、まぶしく見える頂上の男を。
「俺が!陽の当たる場所に連れて行く!いいからだまってついてこい!」
※簡単解説 戦術
作者は戦全体に関わることを「戦略」局所的な戦に関わることを「戦術」と捉えている。安崎は戦略も戦術も座学はあまりしていないが戦術は実践で鍛えてきたのでそこそこ詳しい。
※簡単解説 登用
現実では某大人気戦国シュミレーションゲームのような登用は難しいとは思うが人間食べていく必要があるので作中のような登用はうまくいくかなと考えた。
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