新米領主奮闘記 その三
交番制度を整備しつつ、他の仕事もこなす安崎。実に多忙である。
「殿、お話があります。」
冬の間を土木工事と で過ごし、いよいよ春を迎えようかといううららかなある日、五郎に執務室に呼ばれた。執務室とは文官たちの仕事部屋に近い場所にあるので安崎が入り浸っているただの和室である。便宜上そう呼んでいる。
「食料問題が何一つ解決していません。」
五郎の的確にして緊急性の高い案件についての発言に対し安崎は微笑んだ。
「殿、諦めないで下さい。」
なぜバレたのだろうかと訝しむ。
食料問題。実はかなり危機的である。もともと不作続きのなか領主どもが強制徴収して尼子と戦い、勝利した尼子が根こそぎ分捕っていき、ボロボロのところに盗賊共が襲いかかってきた。明日の食事にも事欠く有り様だったので、安崎は盗賊退治と並行して盗賊稼業も行っていた。
「当座の食料は確保できただろう?」
「たしかに播磨や備前に略奪を仕掛けることで蓄えはできました。しかし、その場しのぎではなく定期的に食料を確保する必要があります。」
「定期的に襲いに行くのはどうだ?」
「恨みを買いすぎるので却下です。向こうが団結すればそれは戦ですよ?」
先送りにはできないのだと説明される。まあその通りである。面倒だからと逃げてばかりではいずれ詰む。
「農業改革だな…」
「しかし殿、新田を開こうにもめぼしい場所は粗方開発が終わっています。」
五郎に意図しない返答をされて軽く困惑する。安崎は千歯扱ぎとか作れるんだろうかと考えながらの発言だったが、五郎は違う受け止め方をしたようだ。この時代は質ではなく量ということだろうか?うーむ、ん?
「荒れ地が広がっていたはずだがあそこは?この前攻めてきたやつの旧領。」
安崎が思い浮かべていたのはあたり一面雑草と低木で埋め尽くされたまさに荒れ地、原野というべきだだっ広い土地である。あそこを開墾すれば相当量の収穫が見込めそうだが…
「あそこはだめです。労力がかかりすぎます。とても見合いません。」
やらない理由ももちろんある。労力、それはそうだ。この時代は人力、限界がある。ただでさえ余裕がないのだ、地道に土地を広げて行く時間も労力も…人力?
「五郎。一つ考えがあるんだが。」
※
「さあてご飯だぞ〜。」
頭に手ぬぐい(麻製)を巻いた男が手慣れた様子で馬を放っていく。安崎は現代の放棄耕作地の問題を思い出していた。たしか牛や馬を放牧することでうんたらとか言ってた気がする。
安崎は一面耕かされた土地を眺めながら現代社会の教科書を思い出していた。
思いつきで始めたが牛馬は予想の何倍も働いた。大繁栄している雑草を駆逐し、地面を耕し、定期的に肥料も投下する活躍ぶりである。
総面積3000ヘクタール。人間は開墾する場合に予想される労力の何分の一かで広大な耕地を獲得したのだった。
※
「殿!任務完了っす!」
「おう、お疲れ。」
領地一周に出かけさせていた平兵衛が無事に帰還した。彼にはじゃがいもを普及させる使命を与えていた。
「でも殿、これほんとに大丈夫なんすか?唐の国では毒物扱いらしいっすよ?」
「大丈夫だ。ちゃんと伝えてきたか?」
「はいっす。必ず芽をとって皮をむけとつたえてきたっす!」
正史では15世紀の終わりごろに伝来するらしいが、以前月明富田城に訪れた際立ち寄った港にあった。尼子は中国と密貿易しているらしく、中国の倭寇がスペイン船を襲って発見したジャガイモが日本にも流れてきていたらしい。商人は食えないものだと説明していた。まるかじりして腹を壊したり、調理してもだめなんだとか。
歴史の先生が「じゃがいもはヨーロッパに伝来当時、毒性や聖書に載っていない特異性から悪魔の植物なんて呼ばれていたんだよ」とおっしゃっていたことを覚えていた安崎は、その評価を聞いても皮を剥いて芽を取れば問題ないという知識を信用していた。
だが、普及させる段になって万が一が合ったらどうしようかと不安に駆られ、家畜の肥料にしたり犯罪者の食事に出したりして様子を見ていたせいで安崎領では普及させられなかった。害は特に見受けられず、新しい領地に赴任し、盗賊による被害も落ち着き、食料が飢饉三歩手前程度に不足しているため、領内に普及させることになった。
※
簡単解説 荒れ地
景観は別として生産性がない。なんとかして作物を育てたいところ。
簡単解説 農法
様々な方が長い年月をかけて洗練してきたもの。本来ならばしっかりと勉強してから登場させるべきなのだが、諸般の事情によりご都合主義な展開となった。知識のある方は「その方法でその結果にはならないよ。」とおっしゃりたいだろうが、どうか心のなかにしまっていただきたい。きっと別世界だから別の効果があったのだと思う。
執筆途中に蝦夷地は人力で開墾してたよなとか思い出したが関係ないはず。
簡単解説 じゃがいも
じゃがいもに牛糞は適していない。馬糞はジャガイモの肥料に良い。安崎は歴史の先生の授業を覚えていた。
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