目上の人はどんなときでも怖いもの
「この村にくるのも久しぶりっすね。」
平兵衛の言葉を受け、安崎は感慨深げに村を眺めた。半年前は「もう二度とおとずれることもあるまい。」とか気取ったので少し恥ずかしいが、そんな感情で反故にしてはならない重大な約束があった。
南郷家の役人が安崎達の拠点である麓村に訪れ、7日後に領主館へ訪れよと指令を伝えたのが7日前。急な話であったので(基盤や体制が整っていない安崎達は)上へ下への大騒ぎとなり、なんとか必要な用事を済ませ、南郷家本村に訪れたのであった。
「お頭、のこのこと館へ入って大丈夫なんですか。俺たちは南郷家の姫をおそっているんですよ?だまし討ちに遭ったりしたらどうします。」
「仕方が無い。今さら佐柄につくわけにもいかないからなあ。」
「・・・麓村の件で完全に敵対視されてますから。」
「税が安い南郷家にしようと寄り合いで決まったときに止めとくべきだったか?」
「・・・あそこでつまはじきにされるのもまずかったですから。」
「じゃ、しょうがねえな。」
「・・・はい。」
仲間の手前余裕な顔をしているが内心ドキドキである。先ほどから左手が謎の痙攣を起こしているが止まらない。そんな緊張感を胸に安崎は南郷家領主館に踏み込んだ。
※
「貴様が安崎とやらか。」
「はっ麓村出身兵をまとめております。安崎と申します。」
「うむ。楽にせい。」
「ははあ。」
大広間にいたのは大勢の鎧武者ではなく頑強なおっさんであった。ものすげえ怖い。やくざの親分並みに怖い。まとっている覇気に気圧されていると、声をかけられた。
「貴様を呼んだのは他でもない、佐柄領との抗争の件じゃ。」
まあ、そうだろうな。
「佐柄の奸策により我が領は窮地にある。そこでじゃ。わしは本隊を連れて佐柄の軍を叩く。おぬしは逃げ帰る佐柄家当主を討ち取ってほしい。」
・・・?いろいろと聞きたいところがあるが、この時代口答えは厳禁だからな。
「はっ。承りましてございます。して、日取りなどは。」
「うむ。詳しいことはこやつに聞け。」
「はっ。」
お殿様が去り、真面目そうな武士が近寄ってくる。
「では、日取りや数、想定される敵の退却経路を説明いたす。」
「よろしくお願いいたす。」
事細かにあれこれ聞き出す。突然のことなので知らないことばかり。
「ところで、ひとつよろしいか?」
「うむ。なんじゃ?」
「此度の一戦、当主様はかなりの力の入れ様。万が一当主様の軍が負けた場合、我らは死に物狂いで首を狙うべきか?それとも佐柄家の館を落とすべきかな?」
「そうであるな・・・殿の軍が破れし折は麓村にひきかえすのじゃ。百姓だけでは武士にはかなうまい。ま、殿が負けることなどありえんがの。はっはっは。」
やはり変である。今まで小競り合いしかしたことがない連中がなぜここまで楽観しているのか。油断?いやそうではない。そうではないがなにか引っかかる。
加えて俺のお役目。逃げる敵を討ち取る?であれば本隊の数を増やした方が良いに決まっている。百歩譲って何らかの理由があるにしても武士を送り込むべきだ。百姓だから敵地に潜伏しやすいとかそんなことは無い。地元民でないことはすぐばれる。
俺が姫をさらったことについて何も触れないこともおかしい。いや、俺の正体を知っていて死地に送り込むつもりか?そんなまだるっこしい真似をするか?俺の仲間が暴れるかもしれないが、気にせず俺を討ち取って、五郎達は最前線で肉壁にすれば良いだけのこと。なんだ?なにがある?
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南郷家の領地は大体鳥取県若桜町。人口は3000人ほど。
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