安崎 初仕事

 作戦はうまくいった。山菜摘みに出かけていた村娘どもをまとめて捕まえ、そのうちのひとりを村長への伝言係にした。内容は米一俵の四分の一と鍋を差し出させ、さもなくば娘たちは奴隷市に売りさばく。脅迫だ。


 米一俵が金一両、金一両が四千文の時代だ。若い女の奴隷が三十文ぐらいだったはずだから、ここにいる10人の女は三百文の価値しかない。通常の取引では相手にされないが、自分たちの村の娘たちだ。これぐらいなら見捨てることなく米を出してくるはず。ちなみに鍋は米を炊く用。ホントになんにも持ってないからな。我ながら完璧な計画だ。なお、村長が要求を拒んだ場合素手で獣を捕まえる生活になります。・・・村長、村娘のこと見捨てないよな?


 ※


「で?なんだって領主の兵が来るんだよ?」

「おれにゃあなんとも・・・」

 はい。ただいま危機的な状況です。なんと領主の兵、つまりは武士が来るそうです。浅はかだったか。うん。領地で盗賊出たら討伐するよな。焦りすぎた。村娘達が持っていた食料(山菜と昼食の握り飯)はいただいたから逃げるか。


「どうしやすか、二、三十人も来られたら俺たちゃひとたまりもありやせんぜ。」

「逃げた方がいいんじゃないすか。」

「しかし俺たちみたいな小物相手に兵を出してくるとは。」


 安崎が天を仰いでいるとの子分が続々と意見を述べる。そのうちの一つに違和感を抱いた。現代日本では人数の多寡や罪の大小に関わらず悪人は処罰されるが、この時代はそうではない?そうか、そうだな。盗賊などこの時代いくらでもわいてくる、いちいち兵を出し不測の事態対処できなくなるようなまねは普通はやらないということか。・・・ではなぜ俺たちには兵を出す?そもそもなぜ村娘ごときにここまで迅速な動きをみせた?それは・・・それは!


「おい、おまえら。娘どもつれてこい。」

「へ?っへい。わかりやした。」

 子分に命じて引っ張ってこさせた娘たち。俺の予想が正しければ、居るはずなんだが・・・


「お頭?」

「なあお前ら、領主一族特有の装飾品とか知って・・・無いよなぁ。」


 思わずため息。この世界の身分制度はよくわからないが、普通そんなこと庶民は知らないよな。商人とかなら知ってそうだが、うーむ。


「装飾品はわかりませんが、値打ちものをお探しですか?彼女らはろくなものを持っていないと思いますよ?」


「いや、領主一族の娘が紛れて居るんじゃねえかと思ったんだが、こいつら汚えしなぁ。」


 いくら民を慮るお優しい領主様でもすべての盗賊を狩り尽くすことはない。そんなことは不可能だ。だから別の理由で討伐に動いたと推察した。例えば村娘にまじって娘がとらわれていたら?実の娘が盗賊にもてあそばれちゃ周りの領主にもなじられる。親としても耐えがたい。


 そう考えたんだが・・・これはわからんな。


「頭、でしたら頭皮を確認しては?」


 諦めかけた安崎の耳に謎の提案が飛んでくる。なんの意味があるのかさっぱりだ。


「どういうことだ?」


「頭、村娘も領主の娘も頭を洗うことはありません。面倒ですし、川や井戸の水で洗っても汚れは落ちないからです。」


「なるほど?」


「ですが、この季節になると領主は神事を行います。神聖教の慣習ですね。身を清め、神に秋の豊穣を祈願するのです。神の前で汚れた身でいるのはまずいですから。」


神聖教?知らぬ言葉だが今はいい。


「ふむ、しかし、水じゃ汚れは落ちないんだろ?」


「神事では特別な石を使うのです。領主だけに配布されるものなのですが、こするとぬめる性質があり、このぬめりを塗りつけることで汚れを落とすのです。


 ほーぉ、そんな文化があるのか。ぬめる石って石けんか?いや自然におちてるのかもな、ジャングルに生える歯磨き粉とか聞いたことあるし。


 思わず感心する、常識なんだろうかと横を振り向くと茂吉と平兵衛は「へー」と顔に書いてあるし、ひとりの娘は目を見開いてた。なぜ、それを知っているのか、とでも言いたげな目。なんだろう。まあいいか。


 とりあえず探す。というか今目を見開いている娘の頭皮を見る。きれいである。念のため隣の村娘と比べる。よし、見つけた。


「しかし、お頭!俺たちついてますね!」

「あ?」

「領主の娘を使えばいくらでも搾り取れますよ!」

「そうして娘を渡した途端グサリと。」

「じゃ、じゃあ貢ぎ物をいただいて娘も返さずに逃げる!」

「他の領主たちが娘を狙ってきてついでにグサリ。」

「いっそ、娘を嫁にして領主になっちまうとか!」

「祝宴のせきで毒盛られてパタリ。」

「・・・どうしましょう!?」

「どうすっかなあ。」


 なにかするにはリスクがありすぎる。しかしこのまま手放すのももったいない。安崎はしばし思案する。物資を領主に要求することが危険である以上この場で獲得するしかない。そして、この場で獲得できるものといえば領主の娘という身分の高い人間の持っている特別な情報である。ふむ、情報。なにか有用な情報は…

「なあ娘、ここらで孤立した領地を知らないか。」

「知っていたとしても、盗賊に教えるはずがないでしょう。」

「さすがは領主一族。ならばこうしよう。情報を提供すればあんたらには指一本ふれずに解放してやる。」

 

 安崎にとっては領主の姫に危害を加えるつもりなど端からないのだが、盗賊同士の会話も聞いていない娘にとってはかなり良い話に聞こえた。なにせ孤立した集落というのは関わりの無い集落と同義である。自分のせいで盗賊が襲おうが全く後腐れが無い。自分たちにはなんら被害はないのだ。

「わかったわ。」

 数瞬の思案の末、娘は盗賊に山の中にある集落を伝えた。

「ただ、規模もなにもわからないの、存在だって領民が偶然知ったぐらいだもの。」


 素晴らしい、安崎は無意識に口角を上げてつぶやいた。




 ※簡単解説 値段

 作中に出てくるすべての値段は適当です。ここで言う適当とは、試験にでてくる

「適当な選択肢を選びなさい。」ではなく「履修登録は適当にやるなよ。よく考えてやれ、シラバスとかも読め。」の適当です。














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