第47話 分け身そして凪ノ型




 【分け身】……自身の身体的能力の情報と魔法技術の情報を魔力を伝ってアウトプット、そして生成した自身の等身大である氷のデコイにインプットする魔術。


 これによって、俺と同じ肉体機能と魔法能力を持った分身が完成する。


 つまり自分がもう一人増えるようなものである。


 以前の盗賊の掃討でブルズエルに渡した【通信氷】は、俺との間で見えない魔力の線を通して、信号を送るものがあったが、それよりも遙かに高度な魔術であることは分かるだろう。


 実際、【分け身】は今の俺が扱える魔術の中では、最高難易度のものだ。

 最近になって習得したものである。


 性能は破格のものだが、欠点が二つある。


 まず発動に時間がかかる。

 自身の情報を全て読み取り、氷の俺にコピー&ペーストするために身体中の魔力を研ぎ澄ませるのだ。

 数十秒無防備になる。だからこそ、一旦〈濃霧〉で相手の視界を惑わしたり、ミルの〈流砂〉で撹乱する必要があるのだ。


 もう一つは、【分け身】の持続時間はそこまで長くはない。

 持って五、六分くらいか。

 しかも一回生成して、持続時間が切れたら、次のものを生成するのに長いクールタイムがかかる。


 なので【分け身】は強敵相手の突破口的ポジションである。


 俺は一体しか生成できないが、この魔術を得意としていたウィルター様は一瞬で何十体も生成していた。

 ウィルター様が何十体……敵側からしたら恐怖でしかない。

 しかも俺が生成する【分け身】よりも、ずっと高性能。


 けれど、「水之世」ダンジョンの先生でもないボス枠を倒すのには、俺の【分け身】一体で十分だ。




 「ミ、ミナトさんが二人?!」


 ミルが俺の【分け身】を見て、驚愕している。

 分身は俺の格好、着ているものを模倣しているが、よく見ると色は薄い。


 俺は分身に指令を出して、今だ砂の霧で混乱しているホウリュウに向かわせる。

 この分身と俺は【通信氷】と同じように魔力の線で繋がっているので、声で指令するまでもなく、魔力による指令を出せるのだ。


 「ミルさん、あの砂の霧を解いてください!」

 「〈砂嵐〉ですか?わ、分かりました!」

 

 俺の指示にミルは砂の霧〈砂嵐〉を解除する。

 いきなり〈砂嵐〉を解除され、ホウリュウは辺りを見渡し、向かってくる俺の分身を視認する。


 ホウリュウの足は今だ発動中の〈流砂〉によって封じられているので、やはりいつもの〈雹の礫〉で分身を仕留めようとする。


 分身は〈流砂〉の中に入らないように、ホウリュウの周りを駆け出し、絶えず〈水流斬〉を放つ。

 ホウリュウの〈雹の礫〉は躱したり、〈氷壁〉で防御したりして、攻撃の手は緩まずにホウリュウを翻弄する。

 勿論、高い水魔法耐性のせいで効果は薄いが、お陰でホウリュウの注意は分身に向いている。


 それを確認した本体の俺はスゥゥ…と深呼吸する。


 さぁ…ホウリュウを仕留めるための最後のステップだ。

 俺はホウリュウとは、近すぎず遠すぎない距離を保たまま重心を落とし、自身の纏っている魔力を限界まで絞り込んだ。


 「水剣技流・凪ノ型」


 魔力を極限まで抑え込んだ結果、周囲の音が妙に静かになり、まるで自身の周りに取り巻くあらゆる力を感じ取れる感覚に襲われる。


 凪とは、一切波が立たない無風の水面。

 沈黙と平穏を体現した無我の極地。


 世の中にはあらゆる波…揺らぎがある。

 振動や音は勿論…気配や魔力、魔法に至るまで、あらゆる物は波を持っている。


 水剣技流・凪ノ型は、自身の魔力の波を極限まで小さくし、まさに体内で凪を作り出す技だ。


 簡潔に言えば、モンスターボイスから全身を魔力で纏って守った時とは逆のことを行うのだ。

 これによって自身の気配を消し、敵に自分の位置を悟られにくくする。


 言うは易く行うは難し。

 水剣技流の基本技にして初伝であり、奥義とも言われている水剣技流・水読みとは別ベクトルで習得困難な技だ。

 

 水読みは、相手の攻撃を紙一重で避けるカウンター技であり、純粋な近接技であるが、凪ノ型は自分の魔力を操作して、気配を無にする。

 後者は完全に魔法……いや、魔力の分野だ。

 そもそも魔法の操作と、魔力の操作は全くの別物だ。


 しかし、この技の真骨頂は気配を遮断ではなく、知覚の強化………要を見つけることだ。

 

 先程も言ったように、魔力と魔法には波があり、その強弱を見極めることが出来れば、弱い波を発見することができる。

 その弱い波こそが、要……いわゆる弱点だ。


 自分を無に近づけて、自分以外の全ての力の流れを感じ取り、要の知覚する。

 これが水剣技流・凪ノ型。


 要は脆い。

 そこをつけば、どんなに硬い鱗だろうが、魔法だろうが、脆く崩れる。


 凪ノ型を使用したとしても要の発見には時間がかかる。

 そこに余計な魔法があれば猶更。

 だからミルに〈砂嵐〉を解くように言ったのだ。


 ああ……感じるぞ。

 俺の周囲…視線の先にいるホウリュウの力…魔力の流れが。


 さぁ…要を探るぞ!

 俺は分身に気を取られているホウリュウの魔力の弱い部分…魔力が最も乱れている場所を探した。




 凪ノ型により魔力を鎮め、凪を体現したミナトがホウリュウの要を探している様子を、ミルは固唾を飲んで見守っていた。


 ミナトさんの気配がない?!

 さっきからミルは内心、驚愕の嵐だ。


 現在、あの魔物と距離を開けながら、ジッと何かを狙っているかのようにしているミナトからは存在感を全く感じない。


 失礼ながら、もともと余り存在感というか、威圧感や覇気がほとんど無いミナトだったが、ここに来て存在感というものが一切感じられない。

 いや……存在感が無いとか、そんなレベルの話では無い。


 目に見えているのに、そこには居ないかのような透明な気配。

 集中して直視ていても、煙のように不明瞭なミナト。一瞬でも眼を離したら、何処か行ってしまう気がしてならない。


 しかし、もっと気になるのは先程彼が出したもう一人のミナトだ。


 もう一人のミナトは今も果敢に、あの魔物に魔法を放っている。

 どういうことだ?ミナトは双子なのか?

 だが、よく見たらもう一人のミナトの動きは単調だ。

 やはりもう一人のミナトは偽物………いや、分身か。


 もし分身だったら、それはまるで自身の虎の子である”あれ”と同質のものか?

 自分以外にあれを使うものがいたなんて!


 ……いにしえの魔法?……伝説の錬金装置?

 一体彼にはどれほどの秘密があるというのだ。


 そこまで考えて、ミルは思考を切り替えた。

 今はそれを考えても意味は無い。


 現状私には、あの強力な魔物を仕留める方法は無い。

 私は攻撃が苦手である。

 だからここは、彼が頼りだ。


 気配が全く読めなくなったミナトを見て、ミルは何故だか、獲物を虎視眈々と狙う………まるで弓を引いて射る直前の段階であるような予感を感じていた。




 見つけたぞ!あそこが要だ!


 数分の観察の上、凪ノ型による研ぎ澄まされた魔力知覚で漸く見つけた。

 ホウリュウが纏う魔力の中でも一際波が弱く、脆い場所………つまり要。

 あの要を付けば、ホウリュウの高い水魔法耐性も貫通できる!


 ……………だが、ここで要を見つけたことで、集中力が分散し、別の所に意識が向いたから気づいたのか。


 ここから目先のホウリュウ、そのまたさらに先の入り江の海岸の岩から誰かの魔力を感じる。

 しかもさっきから、こちらに向かって何かしらの魔法を放っているように感じる。


 凪ノ型を使用して、やっと分かるほどの微弱な魔法だが、確かにあそこに誰かがいて、こちら………違う、ホウリュウに向かって魔法を放っている。

 一体、誰だ?


 ………少々気にはなるが、目下の目的であるホウリュウを仕留めてから確認するか。


 俺は改めて、ホウリュウに向き直る。


 バキッ!

 丁度そのタイミングでホウリュウの〈雹の礫〉が分身を貫いた。


 「ガウ?」


 貫いた後は無数の氷の粒子が舞う。

 ホウリュウは訳が分からず、唸り声を出す。


 仕方が無い、時間切れが迫っていたのだろう。

 分身は持続時間が切れようとすると、動きが鈍くなり始める。


 だが、分身は十分すぎるほどの時間を稼いで切れた。

 もう要は見えている。

 覚悟しろ、ホウリュウ!


 シュッ!

 俺は俊足でホウリュウに駆け出す。

 そして要を穿つ魔法を放つ。


 「〈水流貫〉」


 一番得意な水の斬撃〈水流斬〉とは違う、斬るではなく、貫く魔法。

 

 俺がマカで無剣の剣士と呼ばれる所以となった商業からの冒険者ギルドへの依頼で、俺は〈水流斬〉を使って木材を加工していた。

 その時に大工の人達の工具を見たことがあるのだが、〈水流斬〉が木材を切り取るノコギリだとするなら、〈水流貫〉は釘穴を開けるために使う錐だ。


 その錐を思われる水の槍のような、一点集中突破の水の斬撃がホウリュウの要………頭部、その顎下に直撃し、そのままホウリュウの頭を貫通する。


 〈水流貫〉は性格に要を捉えたようだ。

 斬るは突き詰めれば、分子間の分断だ。

 その分子間の隙間、魔力の弱い場所……総じて要を貫く〈水流貫〉はある意味で最も斬撃らしいと言えるだろう。


 頭を貫かれたホウリュウはギガントジョーと同じく、絶叫を上げる暇もなく、倒れる。


 暫く様子を見ても、動く気配は無い。

 どうやら完全に息絶えたようだ。

 それを確認した俺は、


 「よっしゃああああああ!!!」


 ガッツポーズをして、跳ね上がる。


 もしこの光景をウィルター様が見ていたら、だから勝利を確信した瞬間ほど、気が緩む時はないから油断しちゃ駄目だって………とため息を零すだろう。


 だけど、俺は嬉しかったのだ。

 実質、「水之世」ダンジョンボス二体目討伐完了だ!


 「やりましたね、ミナトさん!」


 喜んでいる俺の元にミルが駆け寄る。

 ミルも無事にホウリュウを倒せたことに少なからず喜んでいた。


 しかし駆け寄る者はもう一人いた。


 「ミル様ーー!!!」


 白いローブを身につけ、白い剣を持った騎士然のクラルがこちらに掛けだしていた。

 俺達の元に来たクラルはミルに何ともないか確認する。


 「だ、大丈夫ですか、ミル様?何処かお怪我は?」

 「大丈夫ですよ。ミナトさんのお陰でこの通り無傷です」


 ミルは両手を挙げ、大丈夫だとアピールする。


 ピクッ……。

 けど、ミナトさんのお陰で…とミルが言った辺りでクラルは僅かに、ほんの僅かに肩を振るわせたような。

 気のせいか?


 俺に向き直ったクラルは複雑な表情を浮かべていた。


 「そうか、ミナト………ミル様を守ってくれたことには感謝する」

 「良いって。それにミルさんのお陰で、アイツを倒せたし。惜しいな、あと少し来るのが早かったら、俺が華麗に倒す姿を見せられたのに」


 俺は軽口を挟みながら、俺らしく返答する。


 俺の返答を来たクラルは複雑な表情を無くして、ホッとしたような表情を取る。

 しかしそれも一瞬で、次の瞬間には怒気を含んだ顔をして、俺に詰め寄った。


 「だが、ミル様をここに連れてきたのには、やはり同意しかねない!!聞けば、お前と同行しようとしたミル様を止めずに、いきなり連れ出したそうじゃないか!後で説教だ!!」

 「えぇ……」


 クラルの説教って、長そう。


 まぁ…説教はともかく、俺は凪ノ型を使用していたときに感じた違和感を思い出す。

 海岸沿いでホウリュウに向かって魔法を放っていた誰か。


 ホウリュウも倒したし、それを確認するか。

 俺はホウリュウの死体、そのまた向こうの入り江の海岸沿いを向く。


 「〈瞬泳〉」


 水の高速移動で瞬時にその場所へ移動する。


 そこには、


 「へっ?!な、何だお前は?!」


 岩陰に身を隠した如何にも怪しそうな男がいた。


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