第46話 ホウリュウ②


 無数の雹玉と螺旋を描く数百の〈水流斬〉がぶつかり合った。

 途端に激しい轟音が響き渡る。


 俺を中心に回る〈水流斬・乱〉は多くの雹玉を削り、受け流していた。


 〈水流斬・旋風〉。

 これが、俺が最近習得中の新魔法。


 と言っても、ただクラルのオリジナル魔法〈旋風〉を真似ただけだが。


 しかしアイデアはコピーさせて貰ったぞ!

 俺の〈水流斬・乱〉を難なく受け流した〈旋風〉の防御力には関心した程だ。

 だから俺もあれを習得したいと考えた。

 

 うんうん。

 しっかりと効果が現れている………と思っていたら、


 ガリッ!

 いくつかの雹玉が〈水流斬・旋風〉による斬撃のバリアを突き抜けてきた。


 「やば!!〈氷壁・囲〉」


 〈水流斬・旋風〉の発動をやめ、早急に氷の壁による防御に移行した。

 俺とミルを氷壁で囲った瞬間に、ガリガリ!!と嫌な音が鳴る。


 氷と雹がぶつかる音。


 だが、それと同時に、バリバリ!!とガラスが割れるような音が鳴る。

 よく見たら、俺の氷の壁にヒビが入っていた。


 このままでは数秒も待たずして破られる。


 「〈氷壁・囲〉」


 壊れかけている氷の壁を修復するように、同じ魔法を重ね掛けする。

 けれど、それもまた壊されようとする。


 「ぐっ?!〈氷壁・囲〉!!〈氷壁・囲〉!!〈氷壁・囲〉!!〈氷壁・囲〉!!〈氷壁・囲〉!!〈氷壁・囲〉!!………」


 連続重ね掛けで、絶えず凌ぐ。

 時間にしては一分…いや、三十秒も経っていないかな。


 周囲に粉々にされた氷壁の残骸が降り積もったところで、漸くホウリュウの〈雹の礫〉による飽和攻撃が止む。


 何とか防御しきれたが、危なかった。

 新魔法の〈水流斬・旋風〉はホウリュウの攻撃を防ぐことが出来なかった。

 

 くそ!”やっぱり”無理だったか。


 実際の所、内心では恐らく完全には防ぎきれないと予想していた。

 クラルの〈旋風〉と、俺が繰り出した〈水流斬・旋風〉は質が違うからだ。


 どういう事かと言うと、まずクラルの〈旋風〉は三級風魔法〈風刃〉が中心となったオリジナル魔法だ。

 これは間違いない。

 恐らく最も得意な魔法が〈風刃〉なのだろう。


 そして〈旋風〉はその〈風刃〉を自身を中心に回転させ、迫り来る攻撃を回転によって受け流すシステムである。

 これも間違いない。


 だから俺もクラルの〈旋風〉を見たときから練習の際に、〈水流斬〉を自身を中心として回転させてみたが、何か違和感を感じる。

 何かが足りない。 


 こう言っては何だが、クラルの斬撃である〈風刃〉と、俺の斬撃である〈水流斬〉では圧倒的に俺の方が威力は上である。

 多分、俺とクラルがお互いに向けて〈水流斬〉と〈風刃〉を打ち合ったら、俺の〈水流斬〉が簡単に食い破る自信がある。


 だが、アイツの〈旋風〉は〈水流斬〉だけでなく、百を超える斬撃の雨を降らす〈水流斬・乱〉すらも完璧に受け流して、防ぎきった。

 ただ〈風刃〉を回転させているだけでは、到底あんな芸当は出来るとは思えない。


 やっぱり〈旋風〉には防御力を飛躍的に上げる秘訣があるのだろう。


 しかし今は、ここでそれを考えても仕方ない。

 また攻撃が来る。


 ホウリュウは攻撃を凌いだ俺を警戒しているのか、こちらをジッと睨んで様子を見ている。

 さて、俺もどう攻撃すべきか。


 少し考えてが、ここはやはり………、


 「攻め一択だ!〈水流斬・乱〉」


 選んだのは脳筋戦法。


 再び大量の水が舞い上がり、次の瞬間には大量の水の線に変化する。

 俺はまた数百の水の斬撃を放とうとしていた。

 

 一見、魔法のごり押しに見える…………どう見てもごり押しだが、俺の〈水流斬〉は効果が薄いが、一応効いている。

 それにギガントジョーと違ってホウリュウには〈水の防壁〉がない。


 ならば、打って打って打ちまくれば、大きなダメージに繋がるはずだ

 そう思っていたのだが、相手はそこまで甘い相手では無かった。


 俺が数百の水の斬撃を放とうと魔力を練ったタイミングで、ホウリュウの甲羅から大量の魔力が放出される。

 そして俺が斬撃を放った瞬間に、またしてもビキビキビキと水蒸気が雹に変わる昇華現象の音が聞こえ、ダンダンダンダンダンと数百の雹玉が放たれる音が聞こえてきた。


 次いですぐに、ガガガガガガガ!!!と水の斬撃と雹の礫がぶつかり合う音が入り江中に響き渡る。

 

 そうだ、ホウリュウには遠距離攻撃があるんだった!

 音が無くなった時には、初手の〈水流斬・乱〉で負ったところだけしか傷がないホウリュウがいた。


 「な?!相殺した!」


 俺はつい驚いてしまった。


 何とホウリュウは自身に迫る数百の〈水流斬〉を全て数百の雹をぶつけて相殺したのだ。

 これはすなわち、ホウリュウがあの数百の雹を一つ一つ自在にコントロール出来ている証拠である。


 ま、負けた…………。


 内心、ショックも受けた。

 自分の一番得意な水の斬撃であるが、流石にホウリュウみたいに数百のものを自在に操れない。

 精々、数十程度だ。


 しかし落ち込んだ思考から無理矢理にでも、正常に戻した。

 落ち込むのはホウリュウを倒してからでも出来る。


 脳筋戦法では無理だ。

 仕方がない…ここはギガントジョーの戦法を使わせて貰うか。


 「水之世」ダンジョンを出る前に、俺はギガントジョーとの戦いで、俺の姿を模したデコイを生成するための時間を稼ぐために〈濃霧〉を発生させた。

 そしてデコイを作った後は、自身の魔力を押さえ込んだ状態で、弱点を探って特大の〈水流斬〉を放つ。


 今回もそれでいくか。

 よし、そうと決まれば、


 「〈濃霧〉」


 俺は入り江の辺り一面を白一色に染める。


 空気よりも密度の小さい水分子の纏まりを空気中に生成する。目眩しとしての隠密の魔法。

 これで俺達の位置は補足できまい。


 次はデコイの生成だ。

 雷王ウィルター様が得意としていた魔術の一つ。

 生成のために身体中の魔力を研ぎ澄ませていると、


 ビキビキビキ!!

 三度、気体が固体に変わる昇華現象の音が聞こえる。


 そして、

 ダンダンダンダンダン!!!

 またもや、無数の雹玉が放たれる音が聞こえてきた。


 「ヤバい!!〈氷壁・囲〉!」


 分身の生成を中断し、また氷の壁で俺とミルを囲う。


 雹玉は濃霧を突き向けて、数百の霜の塊が濃霧を振り払うように薙ぎ払われた。

 どうやら濃霧で隠れた俺達を補足するために、無差別攻撃を繰り出しているようだ。


 数百の雹が薙ぎ払われる際の風圧で、霧が流れていく。

 気づけば、〈雹の礫〉で濃霧がすっかり晴れてしまった。


 〈濃霧〉は発生と同時に、瞬時に辺り一面を霧で覆うために、空気中に漂う水分子の密度はかなり小さいものとなっている。

 それによって、小さい風圧にも〈濃霧〉は吹き飛んでしまうのだ。


 だが、こうも力業で解決されるとは。

 ギガントジョーの場合はこうした遠距離攻撃は無かったので、撹乱できたが、今回は一筋縄ではいかなそうだ

 まったく面倒だ。


 くそっ!……時間を稼ぎたい。

 と思っていたら、

 

 「すみません、ミナトさん。もう大丈夫です」


 痺れから回復したであろうミルが声を掛ける。


 「あ…回復したんですか?」

 「はい、もう動けます。先程から守って頂きありがとうございます。私は援護するために、ミナトさんに付いてきた実でありながら…………」


 彼女は俯いてしまう。

 顔はフードで見えないが、明らかに落ち込んだ様子である。


 「いや……俺も強引に連れてきたのもありますよ」

 

 取り敢えずフォローする。

 すると、顔を上げたミルはこう言う。


 「ミナトさん、私は攻撃魔法は苦手ですが、足止めや撹乱する魔法が得意です」

 「足止めや撹乱?」

 「はい。私があの魔物の足を”沈ませます”」


 沈ませる?

 ミルの言葉に首を傾げる。

 一体、何をする?


 訝しげに見る俺を気にせず、ミルは持っていた杖を地面に垂直に立てる。


 「〈流砂〉」


 そう唱えた瞬間、ミルの身体から魔力が発生する。


 それは素早く腕から杖を伝って、地面へと流れていく。

 間髪入れず、ミルの前方…ホウリュウの足下の目がけて魔力が扇上に伸びていく。

 遂にはホウリュウが踏みしめている地面に、自身の魔力を行き渡らせる。


 何が起こるのかと、地面を凝視していると……なんと地面がホウリュウを飲み込むように、足が地面に沈み込んだのだ。


 「グガ?」


 ホウリュウもそれに気づき、沈み込む地面から逃れようと鋭利な爪を持った足をジタバタと動かし、藻掻く。

 けれど、ホウリュウが藻掻けば藻掻くほど、地面により身体が沈み込んでくる。


 「これは……」


 俺は目を見開く。


 よく見たら、ホウリュウが藻掻いたことによって飛び散った地面の一部は粘着性を帯びていた。

 さっきまでの海岸沿いの砂浜が持つサラサラした地面ではない。


 そして見る見る内にホウリュウは沈み込み、足がすっぽりと地面に埋め込まれた。

 足を沈ませるって…こう言うことか。


 「底なし沼を作る魔法?凄ぇ…アイツが身動き取れないなんて」


 素直に賞賛してしまった。

 なんて効果範囲だ。


 「感心するのは早いです、ミナトさん。私の〈流砂〉で一時的に足止めをしているだけです。私だけでは、あの魔物は倒せません」

 「あのままアイツの身体を全て、地面に沈み込ませることは出来ないんですか?」


 俺の質問にミルは首を振る。


 「すみません………私には出来ません。本来〈流砂〉は、人を腰の辺りまで浸からせるだけの魔法。それを地中の空洞や砂の密度、地盤の流れなどの調整を変更して、強引にあそこまで沈ませていますが、あれが限界です」


 調整の変更?それって……条件の変更。

 まさか………、


 俺はミルの言葉に少し引っかかった。


 「足は沈ませました。次は視界を奪います。〈砂嵐〉」


 またもやミルの身体から魔力が発生したと思ったら、俺達の視界の前方が茶色いカーテンで埋め尽くされる。

 それは空気中に漂う細かい砂だった。


 撹乱・隠密のための砂の霧……差し詰め俺の〈濃霧〉の土魔法版か。

 でも、これは俺の〈濃霧〉でも同じ事をやった。

 また雹玉の薙ぎ払いでの風圧で振り払われる。


 そんな懸念を抱いていたら、砂の霧はホウリュウの元へと行き、ホウリュウの身体全体を埋め尽くす。


 「グガガ?!」


 自身の周りに砂の霧を置くのでは無く、相手の周りに置くのか!

 その発想はなかった。


 ホウリュウは己に纏わり付いた砂の霧を振り払うために、〈濃霧〉を吹き飛ばした時のように、また大量の〈雹の礫〉を薙ぎ払うことで、風圧を起こした。

 しかし雹をどんなに薙ぎ払っても、砂の霧は晴れる様子はない。


 どう言う原理だ?


 「無駄です。〈砂嵐〉は発生したら私の魔力が尽きるまで、消えることはありません。ミナトさん!私の魔力が尽きない、今のうちに!」

 「撹乱感謝します」


 ミルの魔法に関しては気になる事はあるが、今はホウリュウを倒すのが先決。


 ホウリュウは自身に纏わり付く〈砂嵐〉に混乱している。

 今がチャンス!


 俺はもう一度、デコイの生成のために身体中の魔力を研ぎ澄ませる。

 これは集中力の要る作業なので、数十秒ほど俺は動きを止める。

 その間、俺は無防備になる。


 だからこそ、戦いの場でこれを使うときは事前に目隠しや撹乱の魔法を使う。


 なにせ…”俺の身体の情報を氷で作られた俺のデコイにコピーする”からな。

 これは自身の影武者を作り出す魔術でもあるのだ。


 「【分け身】」


 魔術の行使は完了。

 俺の目の前には、本物のように動くデコイ………いや、俺の分身がいた。


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