第45話 ホウリュウ


 〈望遠鏡〉から見た黒い甲羅を背負った巨大な亀は全長三十メートルという巨体を誇っていた。

 俺が俺は「水之世」から出る際に見た目が巨大な黒い鰐であるギガントジョーというボスを倒したが、丁度そいつと同等の大きさだ。


 もう少し詳しく描写すると、顔はまるで鰐のように厳つく、鋭い歯を持っている。

 剣のような爪を持っており、人なんて簡単に切り裂けそうだ。

 甲羅は所々がキザギザで、一つの要塞みたいだ。


 あんなのがマカの街で暴れたら、一瞬で壊滅する。


 「何がどうなってんだ?!……おい!それを貸せ!」


 ミランは俺から〈望遠鏡〉を分捕り、入り江の方を見る。


 「何だ、あのバケモンは?!」


 ミランは俺と同じく、絶句しているが、俺はあの魔物を知っている。


 「ホウリュウ………」


 口元で呟く。


 〈望遠鏡〉で見たあの姿は間違いない。

 「水之世」ダンジョンにおける最下層で出現する様々なボスの一体。

 

 ギガントジョーと同様に、このホウリュウという亀の魔物も「水之世」ダンジョンのボスとして出現する。


 ウィルター様は「水之世」にいる魔物はボスも含めて、全て実在する魔物であると言っていた。

 だからギガントジョーやホウリュウ、そして俺の最初のオリジナル魔法〈水流斬〉を生み出す切っ掛けを作った”先生”もダンジョン外の何処かにいると思っていたが、まさかこんなに早くお目にかかれるとは。


 「ト、トレントの次は、亀のバケモンか?!どうなってやがる!そもそも何故、海の魔物がここに来る?!」


 ミランは珍しいことに、大きく動揺する。


 彼女の動揺する理由は分かる。

 このマカの街は入り江の街。その名の通り、海の海岸と接した街だ。

 上から見ると口の開いた袋みたいな形状の城壁で囲い、袋の蓋に入り江が配置されている街である。


 つまり入り江から来る海の魔物に対して、マカは全くの無防備なのだ。


 だが、それ仕方が無い。

 海の魔物は海の中でしか活動しないというのは、常識だからだ。


 陸上の生き物である人にとって、海は未開の領域。足を踏み入れては行けない場所だ。

 どれほど強い人間であっても、呼吸が出来ない海の中では赤子同然。

 つまり陸上の生き物は陸上でしか活動できないのが、常識だ。


 それと同じ。

 海の魔物にとって、海という最強のフィールドから離れる理由は無い。


 しかしホウリュウは少々事情が違う。

 博識のウィルター様曰く、ホウリュウは産卵時になると、陸上に上がり、卵を生む魔物であると。

 では、今回はその産卵時と産卵場所が偶然にも、今日のマカの街になったという事か?


 いや…それにしてはトレントの謎の襲撃とタイミングが被りすぎている。

 作為的な何かを感じる。


 けれど、今はそれを考えても仕方が無い。


 「畜生!マカの街の住民に避難警告を出せ!あれは私達がどうにか出来る相手じゃねぇ!東の入り口から逃がせ」

 「わ、分かりました!」


 ミランは報告に来たギルド職員に言う。

 北東のトレントと南からのホウリュウ、逃げるとしたら東だろう。


 だが、そこに待ったを掛ける。


 「待って下さい!あの魔物、俺がやっても良いですか?」


 俺はギルド長に告げる。

 俺の申し出に、ミランはギョッとした顔を向けてくる。


 「………何?お前、まさか…あれと戦う気か?」

 「ええ、俺なら勝てます」

 「なんつー自身だ」


 訝しげな視線で見られるが、実際俺はあれと同等の強さを持ったギガントジョーを仕留めている。

 ミランは一瞬頭を抱えるが、すぐに俺に真剣な眼差しを向ける。


 「いや…お前なら、なんだかやれそうな気がするな。………分かった。あれはお前に任せる」

 「任せて下さい」

 「だが、住民は念のために東の入り口に避難させとく。お前がここを抜けた分は私がトレントを狩ろう」


 ミランが自身の獲物である戦斧を軽く振る。


 「避難する前に終わらせます」

 「ちっ!ムカつくほど、自信たっぷりだな。………死ぬなよ」

 「待って下さい!私も行きます!」


 唐突に声をかける者がいた。

 それは杖を持ち、茶色いローブを着たクラルの主であるミルだった。


 「私がミナトさんを援護します」


 そんなことを言ってきたので、俺は首をかしげた。

 そもそも今までミルは何処にいたんだ?


 Aランク冒険者のクラルは前線で戦っているのに。

 別にミルを非難するわけではない。いなくても問題は無かった。

 単に気になっただけだ。


 後で分かったことだが、ミルは冒険者と共に戦うことをクラルが深く反対していたそうで、その代わりに街の城壁内で怪我人の手当の手伝いをしていたそうだ。

 道理で今まで見かけなかったはずだ。


 「王じょ………いや、ミル?!あんたはここにいろ」

 「いいえ!この襲撃は明らかに私を釣り出すためです。相手は街の人に危害が及ぶ前に、私が姿を見せると踏んだのでしょう」

 「そこまで分かってんなら、隠れてな」

 「隠れません。他人に任せることなど、もう出来ません。ミナトさん、私も御共して良いですか?」

 「え、えーと……」


 援護って言っても、ぶっちゃけ俺一人でも充分なんだが。

 俺が迷っていると、


 ドガガガガ!!

 立て続けに、破壊音が聞こえる。

 破壊音は入り江から。


 再び生成した〈望遠鏡〉で見ると、ホウリュウが入り江の海岸沿いに建てられている施設群を前足で破壊していた。


 「あーもう、迷ってる時間が無い。ミルさん、足ひっぱらないで下さいよ!」

 「はい、頑張りま…………って、え?……きゃっ?!」


 ミルが返事を言い切る前に、俺はミルを抱きかかえ、入り江の方に身体を向ける。


 「それじゃあ、行ってくるんで。ギルド長はトレントの方、よろしくお願いします。〈瞬泳〉」

 「お、おい!待…」

 

 シュン!

 後背から水の噴出による反作用で俺の身体は前に押し出される。


 ミランの言葉を最後まで聞く前に、俺はミルを抱えたまま、水の高速移動で一気に入り江の方まで駆け抜けた。


 後に残ったのは水の粒子だけ。

 残されたミランは、


 「こりゃあ、後でクラルに責められるな。なんでミナトと一緒に行かせたんだとか」


 ため息をつきながらも、頭を切り替えた。

 今は自分のやるべき事をするか。


 そう思い、戦斧を担いだミランはミナトの代わりにトレントを薙ぎ払うため、城壁から降りた。




 〈瞬泳〉連続使用により、北西側の城壁上からマカの街の住宅地や施設群の屋根の上を飛んで、ミルを抱えた俺は一気に入り江の海岸に降り立つ。


 「目の前まで来ると、デカいな…………って、ちょっと。大丈夫ですか?」

 「え……ええ、平気です………」


 抱えていたミルを地面に下ろすと、少しフラフラしていたので大丈夫かと声を掛ける。


 彼女は平気と答えるが、いきなり抱きかかえられ、音を超える速度で移動させられたので三半規管が狂ってしまい足下がふらつく。

 ミルは人知れず、フードの中でミナトを睨む。


 だが、努めて眼前のホウリュウに杖を向ける。


 「ミナトさんは勝てると仰ってましたが、具体的にどう倒すのですか?」

 「え?それは……取り敢えず攻撃しまくってれば、倒せるのでは?」

 「………」


 ミルは、ミナトの計画性の無さに言葉を失う。

 もの凄く不安になってきた。


 実はミナト自身、ホウリュウを倒したことはない。

 という「水之世」ダンジョンのボスで倒したことのあるのは、ギガントジョーだけだ。

 ギガントジョーに勝てたんだから、コイツにも勝てんじゃね?という思考なのだ。


 「「水之世」の入り口付近にある施設群の人達は粗方避難したか。奴の後ろには海があるだけ。これなら多少魔法を打ちまくっても被害は無いな」


 意識を戦闘モードに切り替えた俺は重心を低くする。

 魔力を練り、挨拶代わりの魔法を放つ。


 「〈水流斬・乱〉」


 俺の前方に大量の水が舞い上がり、次の瞬間には大量の水の線に変化する。


 百を超える水の斬撃が音を置き去りにして、一斉にホウリュウに向かう。

 一撃一撃が、樹のトレントを両断する威力だ。


 ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!ザンッ!


 数百の斬撃は、ほぼ全てホウリュウの顔や足、甲羅に着弾する。

 的が大きいから、外しにくい。

 幾たびもの轟音と巻き起こる水煙。


 水煙が晴れる。

 結果は……、


 「……やっぱ駄目か」


 ホウリュウの体のあちこちに多くの切り傷があるが、どれも倒すまでの決定打になっていなかった。

 やはり海の魔物故に、水魔法への耐性はとんでもなく高い。


 「グル!!」


 俺の集中攻撃によって、ホウリュウの意識がこちらに向く。

 こっちをギロリと睨んでいる。


 ホウリュウは徐に口を大開にする。

 口元に魔力が集まっている。


 あれが来る!


 「耳を塞いで下さい」

 「え?耳を……」


 すぐに警告を出した。

 しかしミルが言い切る前に、


 「ギャアアアアアアア!!!」


 圧倒的な魔力が込められた雄叫びが入り江に響き渡る。

 まるで魔力の塊を放たれた様。


 モンスターボイス。

 それは強力な魔物が引き起こす魔力の雄叫びによる音響兵器。

 間近で聞いた者は動くことを禁じられ、最悪脳内を破壊される。


 ……が、俺には効果は無い。


 ギガントジョーとの戦いでもそうだが、完全に対策していれば、モンスターボイスを無効化できる。

 具体的に言えば、耳の中に氷で出来た〈耳栓〉を生成し、全身を魔力で守るのだ。


 もし全身の魔力の守りを怠ると、


 「ぐうう?!」


 隣のミルみたいに身体が少し硬直する。

 耳は塞げたようだが、莫大な魔力を全身に当てられたため、身体が痺れているのだろう。


 でも体が硬直するだけマシだ。

 俺なんて初めての時は耳を塞いでも失神した。

 Aランク冒険者だからなのか…無意識に体を魔力で守っているのかな?


 まぁ…その痺れも時間が経てば、治るのだけれど、ホウリュウの方は待ってくれないみたい。


 またもやホウリュウの雰囲気が変わる。

 今度は口元では無く、甲羅に魔力が集めってくる。


 これは来る!

 奴の固有の魔法が!


 ギガントジョーの場合は水魔法の威力をほぼ無力化する〈水の防壁〉であり、固い鱗との二重鎧が強みだった。

 ではホウリュウの場合は、


 刹那、ホウリュウの黒い甲羅から、大量の魔力が放出される。

 でも、俺には分かっている。

 肉眼では見えないが、水蒸気が発生しているんだ。


 殆ど空気と同じで、目に見えない水蒸気が…次の瞬間には、ビキビキビキと音を立てて、白い粒へと変わり始める。


 氷が水へと変わり凝固現象では無く、水蒸気がそのまま固体へと変わる昇華現象が起こっているんだ。

 あっという間に、大量の水蒸気は無数の雹玉へと変わった。


 勿論、それで終わりではない。

 

 ビュビュビュビュン!!!

 次はもの凄い速さで、一斉にこちらに発射される。


 驚く事なかれ、あれ一発一発には人間の身体を容易に貫通する威力が込められている。

 そう…これが奴の固有の魔法〈雹の礫〉


 ミルはまだモンスターボイスから回復していない。

 なら、俺が防がないと。

 丁度良い。最近、開発中の新魔法の試し打ちと行こうか。


 無数の雹玉は俺達目がけて、一気に収束する。


 それに対して俺は、


 「行くぞ!〈水流斬・旋風〉」


 まるでそれは螺旋の渦。

 俺は無数の雹玉を受け流すため、回転する水の斬撃で迎え撃った。


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