第44話 音魔法



 俺が城壁上で魔法を放っている間、同じ魔法使いであるクラルはB、Cランクの冒険者に混じって、最前線で戦っていた。


 「〈ウィンドセーバー〉」

 「ギャアアアアア!!」


 風を纏わせた剣の斬撃はトレントをバターのように切っていく。


 彼女は風魔法使いであるため、ミランが俺に言ったように普通は城壁の上から魔法を打っている方が安全であり、定石である。

 魔法使いは近接戦が弱い、それが常識。

 

 しかし彼女の主であるミル曰く、クラルは近距離での剣戟や魔法戦こそ、真価を発揮するとのこと。


 魔法使いなのに変わっているな。

 ミナトが自身を盛大に棚に上げている頃、クラルは敵を倒しながら自分の剣と魔法技術について考えていた。




 「ふぅ………」


 私は一旦、一呼吸置く。

 ここまで数十体のトレントを迎撃した。


 城壁外で戦う前衛の大体の役割は、城壁からの火による攻撃を確実に当てるための足止め。

 勿論、B、Cランク冒険者も剣や槍で何度も切り込み、火を使わずして倒してはいるが、それとて倒した数はマカを攻めてくるトレントの極一握り。


 そう考えたら、クラルの討伐数は以上である。


 だが、クラル自身は全く満足していない。

 今、城壁上でさも当たり前のようにトレントを両断している異常な火力を持った水魔法使いは、自分がやったことなど、鼻歌交じりで出来るだろう。


 くっ?!やはり剣を使いながらの〈ウィンドセーバー〉の維持だと、剣筋が衰える。


 トレントを切るためには〈ウィンドセーバー〉で切れ味を上げなければならない。

 けれど、〈ウィンドセーバー〉に関わらず、魔法を無詠唱で発生・維持には高い集中力が要求される。


 純粋な剣戟にだって、集中力が必要だ。

 詠唱魔法はこの辺り、集中力はさほど必要ないみたいだが、詳しいことは知らない。


 〈ウィンドセーバー〉は二級風魔法であり、エンチャント魔法でもある。

 エンチャント魔法は本来自身の武器では無く、味方の武器に付与するもの。

 だが、クラルはこれを自身の武器に纏わせている。


 それによって、魔法を行使した状態で剣戟を行っているので、魔法を使わない剣戟に比べて、パフォーマンスが大きく低下するのだ。


 前にクラルとミルを襲撃した暗殺者は、〈ウィンドセーバー〉を使用しながらのクラルの剣に驚愕していたが、本人からしたら全然である。

 きっとミナトなら同じ事をやったとして、自身の半分の時間もかからないだろう。


 しかし少し前に、ミナトと行った剣での勝負。

 ミナトはあの時………カタナ?と言ったか、氷で作られた反りのある片手剣を生成して、私と剣戟を行っていた。

 今更だが、魔法なしの剣戟勝負で氷の剣の生成は反則では………いや、それは別に構わないか。


 兎に角、アイツは生成した魔法を維持しながら、”剣戟に集中した”私に匹敵するパワーとスピードで剣を扱っていた。

 地味だが、これは私からしたら異常なことだ。


 ミナトは剣と魔法を両立できていない私に疑問を抱いていた。

 逆を言えば、ミナトはその両立が出来ているということだ。


 魔法の技量が私とは違いすぎる。

 私もミナトと同じ領域に達することは出来るのだろうか。


 そう思いながら、クラルは次の標的を切り伏せるために、風を纏った剣を振るうのだった。









 場所は変わって、マカからかなり離れたところで、


 「む?想定外の殲滅速度」


 黒い服装を着た男は望遠鏡からの光景を見て、そう呟く。


 まぁ…そもそもトレントの群れではマカの街を落とせず、いずれ冒険者の手によって殲滅されるだろうと考えていた。


 それ自体は男の想定内。

 想定外なのはトレントが狩られる速度が男の想定を超えていること。


 その原因となっているのは主に二つ。

 最前線で剣を振るう風の騎士と謎の斬撃攻撃。


 風の騎士に関しては、事前情報で分かっている。

 あれがマカのAランク冒険者、旋風だろう。


 だが、なんだあのトレントが真っ二つになる現象は?!

 魔法なのか?でも、いったい誰が?

 あれのせいでトレントが大幅に減っている。


 これに関しての疑問が解消されないが、ともかくトレントが殲滅される速度がとても速い。


 未だ肝心の標的を確認できない。

 当初の計画では、冒険者と共にマカの防衛に尽力する標的をどさくさに紛れて殺害する予定であった。


 標的は防御系や罠系などの搦め手の土魔法が得意であると、事前情報であったからだ。


 しかし、このままでは標的を戦場に引きずり出すことが出来ずに、トレントが狩られる。


 それは流石に不味い。

 折角”上に”無理を言って、特異魔法使いを借りてきたのだ。

 何の成果を上げられなかったら、自分の命が危うい。


 別段、主に忠誠をささげている身としては死ねと言われれば、いつでも死ぬ覚悟があるが、そのまま何も果たせずに死ぬのは主に対して、申し開きすら出来ぬ。


 仕方がない。

 予備作戦を移行するか。


 あの男に手を借りるのは癪だが、ここは腹をくくるか。


 男は懐を漁り、目的のものを取り出す。

 それは手のひらサイズの箱。

 男はその箱に備え付けられたボタンを押す。




 再び場所が変わって、マカの街内にある入り江の海岸沿いのところで、


 「おお!反応が来たぞ!」


 海岸沿いの岩に身を隠していた、その男は手に持っていた手のひらサイズの箱から反応がしたのを見て、笑う。

 

 すぐに反応があった箱を耳に押し当てて、ボタンを押す。


 「はい、もしもし。こちら「音真似のシュルツ」。連絡したってことは俺の出番か?」

 『………こちら、ゲルダ』


 箱から不機嫌な男の声が聞こえてくる。

 もし、この箱にお互いの声だけでなく、映像も送れる機能があったら、ゲルダと名乗った男が眉根を寄せていることが分かっただろう。


 そう、この手のひらサイズの箱は所謂、通信機だったのだ。


 『シュルツよ…分かっていると思うが、間違っても敵の前で本名やその異名を言うでないぞ。諜報に長けたものならば、お前のことを知っている者はいる。"我々の関与"が疑われるようなことはするな』

 「分かってる、分かってる。てか、俺は敵の前に出たりしねぇよ。俺は身を潜めて、音を奏でるだけだ」


 ゲルダは通信機の向こうで、調子に乗ったシュルツの口調に苛立つ。

 これだから、コイツに力を借りたくなかったのだ。


 『……それなら良い。それでトレントの狩られる速度が予想よりも早い。予備作戦を移行する。お前の音魔法で"奴"をマカに引き寄せろ』

 「了解。俺に任せな」

 『……頼んだぞ』


 ゲルダはそう言って、通信機を切る。


 残されたシュルツは仕事に取り掛かるために、海岸に近づく。

 海からはザァァ…ザァァ…という音が聞こえる。


 良い音だ………と思いながら、海の水に手を浸す。


 「さーて…始めっか。〈音波〉」


 シュルツの手から魔力が放出される。

 そして手が浸かっている海に目掛けて、音が生成される。


 音とは、振動。

 その振動は周波数という波状の形を持って、海の中を伝播していく。

 それは液体による媒体を通して、ずっと先へと広がる。


 もし海の中に人がいたら、その時…特徴的な音を聴いただろう。


 クルックル、クー……クルックル、クー……という特徴的な音が。


 まるで生物の鳴き声のような音。


 その音はシュルツから数キロメートルも離れて、遊泳する…ある生き物のもとへ届く。

 それは数十メートルの巨体を持った何か。

 その生き物は進路を変え、音の発生源であるマカに向かって、泳ぎ進み始めた。









 トレントの大群がマカの街に攻めてきて、数時間程が経った。


 始めに比べて、マカに向かってくる数が疎らになってきた。


 もうお昼時。

 不謹慎だが、腹が少し減ってきた。

 勿論、声に出したりは、


 「腹減った……」

 「声に出てるぞ」

 

 そばにいるミランは、緊張感のない奴め…と呆れた顔で小さく言う。


 だが、表情を改めて北西の方角を見る。

 その方角にはトレントの森がある。


 「しかし、トレントの数も明らかに減ってきたな。これならトレントの森に冒険者を派遣して、今回の原因が何だったのか調べられるな」


 ミランは顎に手を当て、思案する。


 「だったら、俺が行きますよ」


 俺は自身を提案する。

 

 トレントは減ってきたので、もう俺の魔法援護は余り必要ないだろう。

 城壁の上という安全圏からの魔法による固定砲台係も飽きてきたところだ。


 「いや……冒険者として、まだまだ経験の浅いお前を行かせても意味が無い。ここは、やはりBランク冒険者パーティの「銀山」か「双酒」、もしくはその両方を行かせるのが定石だな」

 「むぅ……」


 自分の提案が却下されたことに顔を膨らませる。

 だが、正論なので言い返せない。


 ちなみに、ここで出てきた「双酒」というのは剣士エウガーと火魔法使いミットのパーティ名である。

 二人チームだから「双酒」って事らしい。

 

 数日前の盗賊掃討が無事に成功し、シルハの村で祝賀会を開いた際、ミットと「五枚刃」の土魔法使いである双子のノルウェーとノルトンが魔法に関する談笑をしていたので、そこに混じって会話していたときに知った。


 エウガーは酒に弱いですが、僕は全く飲めませんのに………とも言ってたな。 


 ミランは暫く考えて後、


 「よし…ここは万全を期して、「銀山」と「双酒」の両方を行かせるか。アイツらは少し前の盗賊掃討でチームを組んでたし、Aランクを覗けば、あの双パーティがマカのトップ戦力層だしな」

 「トップ戦力層………」


 やっぱり、あの人達がトップ戦力層と言われているのが違和感あるな。

 だって一方のパーティはアイスウルフの集団程度にやられ掛けるし、もう一方のパーティの剣士は俺に腰の剣を抜かれ、魔法使いは斬撃でワンパン。


 大丈夫かな………。


 俺がそんな失礼なことを考えてるとは知るよしも無く、ミランは近くにいたEランク冒険者に指示を出して、「銀山」と「双酒」の前衛組を前線から引き戻す。


 そしてトレントの森を調査するように指令する。

 了承した「銀山」と「双酒」は五人でまとまって、マカに向かってくるトレントを躱しながら、トレントの森へと行ってしまった。




 それから三十分ぐらいした頃だろうか。


 突然、


 「ガアアアアアアアアアア!!!」


 遠くから、何か大きな生き物の雄叫びらしきものが聞こえた。


 「な、なんだ?」

 

 ミランも、さっきの雄叫びに身構える。

 少しすると、ギルド職員がミランの所まで血相を変えて、走り出してきた。


 「ギ、ギルド長?!」

 「どうした?」

 「そ、それ?!その………マカの入り江に謎の巨大な魔物が上陸しています!」

 「は?」


 ギルド職員の顔は真剣そのもの。冗談を言っている気はしなかった。

 マカの入り江?「水之世」ダンジョンの入り口がある場所だな。

 ここから見えるか?


 俺はマカの入り江がある方向へと目を凝らすが、遠くてよく見えない。

 だが、確かに大きな何かが動いているように見える。


 「〈望遠鏡〉」


 俺は氷の凹凸と屈折の特性を利用した望遠鏡を生成し、入り江の方を見る。


 「何じゃありゃ………」


 俺は絶句した。

 望遠鏡越しには、黒い甲羅を背負った巨大な亀の姿が見えたからだ。


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