第43話 俺はいつ実家に帰れるのか



 昨日はすっかり体を休めた俺は実家に帰るための定期馬車に乗るために、朝から定期馬車を発車する馬車駅にいた。 


 「えっと…発車まで三十分か」


 朝一の便まで、まだ時間があるが、余裕を持って駅にいた。

 荷物は肩にかける紐付きの大袋だけ。中には数着の服や冒険者のための必需品などがある。


 シズカ様からの白いマント。

 ウィルター様からの勾玉。


 うん、忘れ物はない。


 「水之世」からマカの街に出て、早一ヶ月が経った。

 実家に帰るための金稼ぎで冒険者になったけど、なんやかんだあって、一月以上経ってしまった。

 主に俺が訓練場の壁を壊したのが原因で。


 だが、遂に…遂に…俺はこれから家に帰るんだ。


 そう思っていると、


 「大変だ!!魔物だ!トレントだ!トレントの大群が迫ってるぞ!!」


 何処からともなく、数人の騎士達がそう叫びながら、冒険者のギルドの方へ走っていく。


 ………帰れるよな?…俺。

 俺は自分でも分かるくらい顔を歪ませていた。




 その後は、昨日の盗賊解凍の現場にいた、同じ装備を身付けたマカの街の領主直属である騎士達が町中の人に通達をした。


 その話を簡単にまとめると、この街の物見櫓から、どうやら北西の方角…つまりトレントの森にて、大量のトレントが列をなしてマカの街に近づいているのが確認されたそうだ。

 

 そして領主直属の騎士達はマカの城壁に接近するトレントを押さえているらしい。


 マカにいる全冒険者は直ちにギルドに集合、そして緊急事態につきマカは防衛体制を展開。

 当然ながら定期馬車は発車中止となった。


 俺はいつ帰れるんだ?




 場所は変わり、ギルド内にて、


 「あ~大体はヴィルパーレ氏の騎士達による街への通達で知っていると思うが、トレント共がこの街に隊を成して向かってる」


 ギルドに集められた多くの冒険者の前で、ギルド長のミランは頭をガシガシかきながら説明する。


 「今、騎士達がマカに近づくトレント共を迎撃しているんだが、如何せん数が多い。お前ら冒険者はこれより助勢に入る。時間がねぇから、何か聞きたい奴はさっさと聞け」


 ここで一人の冒険者が即座に手を上げる。


 「原因は何ですか?」

 「分からん」


 ミランは短く返答する。


 また別の人が手を上げる。


 「規模はどれぐらいですか?」

 「騎士達の情報によると、百体以上はいるとのことだ」


 これに対して、ギルド内の冒険者が大きく騒ぐ。


 トレント単体はそこまでではないが、百体以上のトレントというのは冒険者にとっても、かなり脅威であるみたいだ。


 「普段は温厚で、こちらが攻撃しない限りは襲ってこないはずのトレントが何故この街に向かってるのか。そもそもトレント自体が森から離れる事が異常だ。私がギルド長になってから、こんな事は一度も起きてねぇ」


 ミランが悪態をつく。

 俺もスイートビーの蜂蜜採取やエルダートレントの実の採取で、トレントの森に入り、多くのトレントと遭遇するが、アイツらは近づいたり、歩行を妨害したりしなければ、何もしてこない。


 「だが、起きちまったもんはしょがねぇ。つーわけで、ここにいる冒険者でトレントの集団を迎撃する。質問はもうねぇか?無ければ、このまま騎士達を加勢・援護するぞ」

 「「「おう!!」」」


 ミランが傍らに置いてあった大きな戦斧を片手で持ち上げ、肩に担ぐ。

 やはり微かにあの戦斧から魔力を感じる。


 クラルの剣同様、ただの戦斧じゃなさそうだ。


 ミランはクラルと同じ、おおよそ身長百八十センチで堂々たる体躯。

 身体から滲み出る覇気は強者のそれ。

 歴戦の猛者の号令に、この場の冒険者が湧き上がる。


 まさにやってやるぞ!って言った感じだ。

 百体以上という数には一瞬驚愕していたが、流石冒険者と言うべきか、皆んなの顔には恐れの顔が無い。


 そんな雰囲気に水を差すのは大変失礼であるとは、承知の上で俺は手を上げた。

 ミランがそんな俺を訝しげに見る。

 

 「なんだ、ミナト?聞きたいことがあるのか。手短に言え」


 ギルド中の冒険者が一斉に俺を見たことで、湧き上がっていた熱が少し収まり、静寂が顔を見せ始める。

 そんな状況に俺は意を決して、尋ねる。


 「あの………俺は…いつ実家に帰れるんでしょうか?」

 「知らん!」


 俺の質問は一蹴された。

 何処からか、クラルのため息が聞こえたような。









 マカの城壁外では乱戦が繰り広げられていた。


 「くそっ!剣が通らねぇ!」

 「おい!一人負傷した。治療を!」

 「こいつら一体、何体沸いてくるんだ?」


 俺達冒険者組はミランの指示通り領主直属の騎士を加勢・援護していた。


 だが、状況は良好と言うほどではない。

 

 今回の防衛体制に当たり、布陣はBランク冒険者とCランク冒険者の中でも前衛職が最前線出て、奮闘。

 そして彼らが内漏らしたトレント達はマカの城壁を背に、領主直属の騎士とDランク冒険者が打ち倒す。

 Eランク冒険者とFランク冒険者は戦闘には直接参加せず、主に戦う者の支援する係だ。


 後衛職である弓士や魔法使いは城壁の上から攻撃を放っている。


 魔物との戦いに慣れている冒険者の中でも、BランクとCランクという高ランクが兎に角、トレントの数を減らし続ける。


 防衛に長けた騎士がトレントの攻撃を盾で防御しながら、数人一組を構成したDランク冒険者達が仕留め、城壁にたどり着く前に残りを片付ける。


 経験の浅いEランク冒険者とFランク冒険者は負傷した冒険者や騎士達にポーションをかけたり、弓士に矢の補給や魔法使いに魔力回復薬を届けたりしている。

 

 急拵えで整えた布陣としては、最善と言って良いだろう。


 しかし、先ほども言った通り状況は良好とは言えない。


 その理由は単に、相手が全てトレントであることが上げられる。

 どういうことかというと、トレントは樹の魔物なのだ。


 魔物と行ったら、ゴブリンやグレイウルフ、オーク、コボルトなどを思い浮かべる。

 生物的な強さで行ったら、殆どの魔物は人よりも上の存在である。

 それでも冒険者が魔物という格上の存在を倒し、狩れているのは身体のウィークポイント…すなわち弱点を狙っているからだ。


 生物である以上、必ず身体の耐久力が著しく弱い場所、血管や神経が集まる場所がある。

 冒険者はそこを集中的に狙うことで魔物を仕留める。


 高ランクの冒険者となってくると、魔物の首筋を切り裂いたり、口や目を貫くなど一撃で仕留めることが出来る。


 ここまで言えば分かると思うが、今回の相手は樹であるため、そう言った急所が存在しないのだ。


 しかも身体全てに、樹皮という固くもあり、弾力性も含んだ鎧を身につけているので、刃が通りにくいのだ。

 前衛達は何回も剣で切り込んで、やっと倒せる。


 そして鋭い枝による攻撃で、少なくない数の冒険者や騎士達を負傷させていく。

 トレントは動く一本の樹であるので、その重量による突進は騎士達の盾で食い止めること自体も困難である。


 ここまで聞くと、絶望的な相手に見える。

 けれど何度も言うが、良好ではないだけで、絶望的という訳ではない。


 「燃える火よ、火の鏃となって敵を穿て。〈ファイアアロー〉」


 ビュッ!

 魔法の火の矢がトレントに当たる。


 「ギャアアアアア!!」

 「ナイスだ!良いぞ、我が相棒!」


 Bランク冒険者の火魔法使いであるミットからの〈ファイアアロー〉が一体のトレントに命中し、炎上する。

 燃えるトレントは絶叫を上げて、倒れる。


 それを見て、ミットとパーティを組んでいるBランク冒険者の剣士であるエウガーが感心する。


 それだけではない。


 「………」


 ヒュッ!

 力強い矢が空中を駆け抜ける。


 「グガアアアア!!」

 「お!クリンズか。流石の精密射撃だ」


 鏃に油を垂らし、火打ち石で着火させた燃える矢は無言のクリンズによって放たれ、それは狙い違わず、「銀山」の盾使いウルドが食い止めているトレントの額に命中する。

 火の矢で射貫かれたトレントは叫び苦しみながら、やがて息絶えた。

 

 城壁からここまでは少なくとも数百メートルはある。

 同じパーティメンバーであるウルドが、クリンズの弓矢の命中精度に舌を巻く。


 そう…コイツら、トレントは火にめっぽう弱いのだ。

 火による遠距離攻撃手段を持つ者にとって、鈍足のトレントは格好の餌食なのだ。

 

 このように城壁からの火魔法や着火させた弓矢による攻撃で、マカ防衛の前線は崩壊していなかった。


 トレントだって無限にいるわけではない。

 このまま殲滅していけば、必ずトレントの襲撃は終わりを迎えるはずだ。




 ………え?俺は何してるのかって?

 それは勿論、


 「〈水流斬〉」


 他の魔法使いと同様に、城壁の上で魔法による遠距離攻撃を実施していた。


 シュン!

 スパッ!!

 俺の水の斬撃が空を斬り、その射線上にいたトレントまでも斬る。


 「な、なんだ?!トレントがいきなり真っ二つになったぞ!」

 「大丈夫だ。これはミナトの仕業だ。気にするな」


 最前線にいたCランク冒険者の目の前にいたトレントが俺の斬撃によって、両断される。

 そのCランク冒険者はかなり驚いていたが、近くにいたBランク冒険者の剣士であるブルズエルが彼を落ち着かせる。


 「ここからトレントを一刀両断か………やっぱ凄ぇな。トレントって、確か水魔法にいくらか耐性があったはずなんだが」


 俺の隣にいるミランがぼそりと呟く。


 耐性?

 ふん!俺の斬撃の前では、耐性など無意味だ!

 

 俺も最初は前線に出て、戦おうとしていたのだが、

 『お前はここで、水の魔法をぶっ放している方が良い』

 そのようにギルド長直々に言われたので、渋々城壁の上という安全圏から味方をサポートしていた。


 俺は基本的に最前線でトレントに押されている冒険者を援護している。


 前線全体を見渡していると、視界の端に風を纏った剣で戦う風の騎士が入り込んだ。


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