強襲

第42話 不穏な影



 盗賊は掃討、その半分ぐらいは氷漬けにして確保し、捕虜も全員救出した。

 その夜に、ニナが擬人というビックリイベントが発生し、俺とクラルが剣での勝負でニナをどうするか決める事になったが、無事に何事もなく終わった。


 そして翌日に、俺達は救出した捕虜と氷の荷車に乗せられた氷漬けの盗賊を連れて、マカに帰ることになった。


 「冒険者さん…近くを通ったら、いつでもこの村に寄って下さい」


 出発の際には、盗賊相当に言ったときと同様に村人達から見送られ、その中には勿論、


 「じゃあねぇ!」

 「本当にありがとうございます」


 金髪お下げのシルハと肩までの黒髪であるニナがいた。


 当然だが、ニナが擬人だと知っているのは俺とクラルだけだ。

 二人は手を振っているので、俺は手を振り替えし、クラルも無言ながら同じく手を振った。


 こうして俺達は道中大した事も起きる事も無く、安全にマカに到着することが出来た。




 「盗賊退治ごくろう」


 その日の夕方には、マカに到着した。

 

 当然だが、今回の盗賊の掃討はギルド長直々の使命依頼であったので、マカに到着後すぐにギルド長に完了の報告をした。


 赤茶色の髪を後ろで束ねた三十代の女性…しかし圧倒的存在感と強者の風格を漂わせているギルド長ミランが労いの言葉を掛けてくれた。


 「まさか三日以内に解決するとは思わなかったぞ。A、B、Cランクの合同パーティとは言え、本当に良くやった」


 ミランが関心したように腕を組む。


 「報酬は各自それぞれの口座に振り込んでおく」

 「え?」


 聞き慣れない単語で、思わず疑問の声を出してしまった。

 ミランが首をかしげる。


 「何だ。ミナト?」

 「いえ、あの…口座って何ですか?」

 「ん?……ああ、そういや説明してなかったか」


 ギルド長のミランは俺の疑問の理由が分かったというように、手を叩く。


 「口座ってのは文字通り、金を預ける銀行みたいなものだ。今回みたいにギルド長からの指名依頼だと、通常の依頼よりも報酬がかなり多い。手渡しとなると、大荷物になる。だからCランク以上の冒険者は基本的に自身の口座を作って、そこに報酬を振り込んで貰うようにする」

 「なるほど」


 ミランの懇切丁寧な説明に頷く。


 「だいたいはCランク冒険者になると、一緒に自身の口座を作るんだが、まぁ…お前の場合は特殊だからな」


 そう言って、ミランはBランク冒険者のミットとAランク冒険者のクラルを見て、肩をすくめる。

 

 そうだった。

 半端忘れていたが、俺はCランク冒険者だった。


 「はは…」

 「………」


 ミットは苦笑いをし、クラルは悔しそうに眉根を寄せる。

 俺は二人を倒して、トントン拍子でCランク冒険者になったからな。


 Bランク冒険者の推薦なら、Dランクに出来るというルールが受付嬢から貰った小本に載っていたので、ミットに勝って、俺はDランク冒険者になった。

 そしてAランク冒険者の推薦なら、Cランクに出来るという隠しルールをギルド長に教えられて、クラルに勝って、俺はCランク冒険者になったんだ。


 世間一般では、Cランクから一人前の冒険者だから、俺はもう一人前……って事は無い。

 はい、調子に乗りました。

 俺はただミットとクラルをボコしただけです。


 でも、早くBランクになって、蒼月湖に行けるようならないと。


 レイン様は湖の底を調べろと言った。

 底には、一体何があるのか気になる。


 「そういう訳だから、お前はこの後、自分の口座を作れ」

 「分かりました。じゃあクラル、後で教えてくれ」

 「………何故、私がお前に押しなければならない?」

 「だって知り合いに教えて貰った方が早いだろ」

 「お前という奴は………分かった…教えよう」


 クラルは呆れたと諦めたが混ざったような顔をした。

 それを見て、密かに微笑むミル。




 ギルド長への報告後は、各自解散となった。


 ちなみに、クラルの教えで俺も自信の口座を作れた。

 何だかんだ言いつつ、根は親切なクラルだ。


 お礼を言った俺はその晩に宿で一泊し、次の日のお昼前にまたギルドを尋ねていた。


 「おはようございます、アンさん。ギルド長から今日の朝に、ここに来いと言われたのですが」

 「あ、ミナト君おはよう。ギルド長から事情は来ているわ。ミナト君が来たら、ギルド長室に行かせろって言ってたわ。この奥の道の一番奥の部屋がギルド長室よ」


 俺はアンに言われたとおり、ギルド長室がある部屋に行った。

 そして一番奥にある重厚な扉の前に来た。


 ここに来るのは二度目だ。

 一度目はレティアに連れられ、ここに来て、クラリス改め…クラルに再開したんだ。


 俺が扉をノックすると、入れと言われたので、入室する。

 そこには朝から多くの書類を見ていたギルド長ミランがいた。


 「おお、ミナトか…来たな。呼んだ理由は昨日言ったとおりだ。私も早く終わらせたいから、早速倉庫に行くぞ」

 「はい」


 そうして俺とミランはこのギルドの施設の一部である倉庫エリアの中で、最も大きい倉庫に行く。

 

 普通、倉庫には解体する魔物の死体や万が一の時の大量の武器、食量が保管されている。

 だが、俺達が来た倉庫には……たくさんの氷漬けの盗賊達がいた。


 そう、俺がアルアダ山地から帰ってくる際に、氷漬けにした盗賊は一旦この倉庫に置かれたのだ。

 その日は夕方で、盗賊退治の疲れもあるからだろうと、氷漬けにした盗賊をどうするのかは明日の話になったのだ。


 「そんじゃ……パパっと”解凍”してくれ」

 「分かりました」


 俺は氷漬けされた盗賊の一人に近づく。

 だが、ここで倉庫の端にいる数人の人影に気がつく。


 あれ?

 なんか騎士っぽい人達がいるんだけど。


 数人とも全員キッチリとした揃いの鎧を着ており、クラルが騎士っぽい冒険者なら、こちらは正騎士って感じか。

 騎士達は直立不動で立っている。


 「そいつらは気にするな。マカの街の領主の騎士達だ」


 ミランが補足する。


 この街の騎士?何のために。

 多少気になるが、今はやるべき事をやるか。

 

 俺は氷漬けされた盗賊に手を置く。


 そして魔力を流し、イメージする。

 氷の六角形が分解する様子を。

 この氷は盗賊自身の体内の水分子を氷にしたもの。

 そして次は、その氷を元の水に戻す。


 「〈アンチフロスト〉」

 

 所謂、解凍。

 中の人を殺さないように。


 ぶっちゃけ、これは氷漬けにする〈フロスト〉よりも緻密な魔法操作を要求する。

 少しでも操作をミスれば、中の人が仮死状態から死体状態になる。


 盗賊は見る見るうちに、解凍され、数秒後には気を失った盗賊だけが残る。

 腹は動いているし、呼吸をしているので、生きている。


 ミランがそれを見て、目を見開く。


 「おお…話には聞いていたが、本当に生きてやがる」

 「はい、殺さずに無力化される方法がこれしか無かったので」

 「お前らしいと言えば、そうだが……お前がこの氷漬けにした盗賊どもを運んだまま、マカに入ったと報告を受けた時は頭を抱えたぞ」

 「す、すみません」


 ミランが腕を組んで、ため息をする。


 「まぁ…いい。おーい、見ての通りだ。盗賊は生きている。捕縛してくれ」


 ミランが倉庫の端にある騎士達に声をかける。

 言われた騎士達は解凍された盗賊を縄で縛っていく。

 そうか…解凍した盗賊を捕縛するために騎士達がここにいるのか。


 それから俺は倉庫内の盗賊を全員解凍した。


 ジトッ。

 しかし………どういう訳か、終始騎士達からの視線を感じた。




 解凍が全て済んだころには、すっかりお昼になっていた。


 俺はお昼ご飯を食べるためにギルドに隣接している酒場に入った。

 この酒場はブルズエルからお礼だからと言われて、俺が冒険者になってから早速、利用したところだ。

 今でも、よく昼食を食べるのに利用している。


 酒場の中に入ると、美味しそうな匂いが鼻孔に入ってきた。


 「いらっしゃい!」

 

 マスターが快活な声で出迎えてくれた。


 さて何処に座ろうか。

 もうお昼なので、多くの冒険者がテーブルに座っている。

 空いている席は……あそこだ。


 俺は誰も座っていないカウンター席があった。


 あれ?

 俺はその席に座ろうと、近づいたところで気づく。

 空いた席の隣に座っているのは、茶色いローブと白いローブを着ている人だったからだ。

 

 この二人は、


 「マスター、日替わりランチをお願いします」

 「へいよ、日替わりランチ一つ」


 カウンター席に着いた俺はすぐに日替わりランチを注文する。


 ここの日替わりランチは旨い。ボリューミーで値段が安い。

 まさに冒険者の友だ。


 すると、ランチが出来るのを待っている時、横から声を掛けられた。


 「なんだ、ミナトじゃないか」

 「あら、ミナトさん」


 俺の隣に座っていたのは、勿論クラルとミルだった。


 「よ!昨日ぶり」


 軽く挨拶して、待つこと暫く。

 プレートに乗せられた料理が俺の前に出される。

 

 うん、良い匂い。

 俺は食べ始める。


 味も申し分なかった。

 ここの日替わりランチは冒険者がメインで注文するため、肉全般のメニューが多い。

 そのため食べると、口いっぱいに肉汁が広がる。

 肉と一緒に乗せられた魚も凄く旨い。


 そうして暫く料理を堪能していると、クラルからまた声を掛けられる。


 「なぁ…ミナト、お前はこれからどうするんだ?」

 「ん?どうして、急に」

 「いや……少し気になってな」


 クラルは、俺が今後どうするのか聞いてきた。

 そうだな。


 「今度こそ実家…アクアライド家に帰るつもりだ。ギルド長からの依頼は、今回の盗賊掃討で最後だったし」

 「アクアライド家は無くなり、今はリョナ家になっているのにか?」

 「ああ、あそこには俺が会いたい人がいる。俺が実家に帰る大体の理由はその人のためだ」


 その人とは勿論、マリ姉のことだ。

 ぶっちゃけ俺にとって、今のアクアライド家や父親なんてどうでも良い。


 「そうだな……もう明日にでも行ってみるか」

 「明日?それは随分早いな。そもそも……なんだその、お使いに行ってくるような軽さは。お前には計画性というものが全くないのか?」

 「おいおい、俺に計画性みたいなものがあるように見えるか?」

 「……見えんな」

 「だろ」


 俺の返答に、クラルは呆れるように息を吐く。

 

 「ミナトさんの御家と言いますと、アグアに行かれるという事ですか?」


 俺の隣の、その隣に座っているミルがそう聞いてきた。


 アグアとは、アクアライド家がある…あった場所の街の名前。

 謂わば領地だ。

 ここから、およそ北東にある場所にある。


 「そうですね。はぁ…定期馬車の時間も調べないと、面倒臭ぁ……」

 「……それくらい、行く前に調べろ」


 クラルはもう一度息を吐き、愚痴る。


 という事で俺は明日、ようやく実家に帰る。

 明日のためにも、今日は一日中ゆっくりさせてもらう。

 ウィルター様も休憩は大事と言っていたし。


 あ…勿論、定期馬車の時間は調べたよ。

 クラルに聞きながら。









 その夜、マカの街から北西十五キロほど離れているトレントの森。


 その森のさらに奥で、見るからに怪しい全身黒い服装に身を包んだ者達が密談をしていた。

 もし、この集団をクラルやミルが見ているなら、以前自分たちを襲撃した暗殺者であると答えただろう。


 「準備は概ね整いました」

 「なら…後はマカの街を強襲するだけだ」


 強襲という物騒な単語を言った黒い服装の者達はそばにいる多くの魔物を見る。

 夜で分かりにくいが、そこにはトレントの森の名前の由来となっている樹の魔物…つまりトレントがまるで正気を失ったように、佇んでいる。

 それも沢山。


 「成功しますかね?」

 「なぁに…これらは所詮、囮と陽動。本命はその混乱に乗じて目標を殺す事だ」


 そう言った一人の男は、少し離れた場所にある黒いローブを着た者の方を向く。


 「頼んだぞ、特異魔法使い」


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