第41話 一件落着
水剣技流・水詠み。
水は、この世で最も小さい物質である水分子の集合。
如何なる形にも変わることのできる変幻自在の特性が、この技の元となった。
それは最小限の動きで敵の攻撃をいなしながら、最小限の動きで敵に攻撃を当てる技。
言葉にすれば、単純明快だ。
先程、俺がクラルに対して行ったもので解説すると、クラルの上からの真っすぐな振り下ろしを見極めた俺は体を半歩左に動いた状態で〈氷刀〉を持った腕を突き出し、右腕でクラルの剣の腹を俺から見て、僅かに右にズラしたのだ。
そしてズラした体制で僅かな体の動作を使い、クラルの右肩を突き刺した。
え?言われてみると、簡単そうだって?
だったらやってみるといい。
水剣技流の基本技にして初伝であり、奥義とも言われている、この技がどれだけ習得難易度が高いか分かるはずだ。
まず水詠みは所謂カウンターだ。
別の言い方で、後の先。
カウンターは返し技であり、相手の攻撃に応じて反撃するもの。
これは一朝一夕では出来ない。
特定の攻撃に対して、どの反撃方法が最適かは肉体で反射的に覚えるほど、反復練習をしなければならない。
さらに、さっきのような真剣での勝負の場合、相手の攻撃を紙一重で避けること自体、相当な精神力も必要だ。
俺も初めの時は水詠みを身につけるのに、どれほどシズカ様に打ち込まれたか。
「がっ!!」
クラルが苦々しい声を出し、俺から距離を取る。
右肩からは少なくない血が出ている。
勝負ありだな。
確かアイツは昨日のシルハの家で料理をしていた際は、右手で包丁を持っていた。
だから右利きのはず。
利き手の肩があの状態では、右手でまともに剣を握れない。
つまり戦闘続行は難しいだろ。
「俺の勝ちでいいか?」
俺はクラルに確認する。
「まだ私はやれる!」
「だけど、もう右腕は使い物にならないだろ。まさか片手で俺とやる気か?両手でも俺を倒せなかったのに。止めとけ、俺の圧勝で終わりだ」
「っ?!つくづくお前は偉そうな態度だな。いちいち鼻に来る!」
しょうがねぇだろ、それが俺だ。
戦闘になってしまうと、どうしてもレイン様のような性格が出てしまうのだ。
俺の態度に顔を歪ませていたが、すぐに冷静な顔つきで考え始め、ため息を一つ吐く。
「分かった、私の負けだ。流石にこの状態では、もう戦えん」
「よーし。約束通りニナには、もう手を出すなよ」
「分かっている!騎士は決闘前の誓いは必ず守る」
「うん、一件落着だな…………でも、その前に」
俺は身を翻して、ニナのところに行く。
「ミナトさん?」
「ごめん、ちょっといいか?」
「え?…………ふぇ?!」
俺が唐突にニナの首筋に指を当てたので、ニナが変な声を上げた。
それをお構いなしに、俺は彼女の首に模様のようなものを描く。
もし俺の指先がインクで汚れていたなら、ニナの首には魔法陣が描かれていると分かるだろう。
首筋から指を話した俺は、ニナに言う。
「今、ニナの首元に描いた魔法陣は 今後もしニナが人を食べるようなことをすれば、俺に知らせが行く魔術だ」
「ま、魔術?!」
「そう、俺は魔術も使える。ニナは人だと、言った手前…申し訳ないけど。念のために、くれぐれも人を食べるなよ?」
「わ、分かりました!」
ニナは首を上下に何度も降り、了承の意を示す。
「本当に念のためだ。ニナを生かすことに対して、クラルを完全に納得させるための」
「そうなのですか。…………ミナトさんは本当に優しいですね」
「違う」
「はい?」
「俺は優しいとか、俺はそんなキャラじゃない」
「?」
ニナは俺の言ってる意味が理解できず、首をかしげる。
俺は初恋相手のシズカ様のために。「心」が人ならそれは立派な人だと綺麗事を言ってるだけだ。
優しいからではない。
こうして…兎にも角にも、水剣技流の技によって俺は、剣での勝負に勝つことができた。
「おーい…肩、痛むか?ごめん、やっぱ剣での勝負は〈氷刀〉の刃を消しておくべきだったな」
「今更だな………村に帰れば、ポーションがある」
ポーションをかけても、恐らく肩の傷は残るだろうが。
「いや、大丈夫だ。待ってろ」
ミナトはそう言って、常に首にかけてある青い石を取りだし、それを私の右肩のところに持っていく。
そして青い石から青く輝く水が出てきて、私の肩に浸される。
「っ?!」
直後に感じる圧倒的清涼感。身も心も洗われる様な感覚。
気づけば、肩の血は止まり、傷が無くなっていた。
これは………今日、救出した捕虜になっていたニナや女性達にミナトが飲ませろといった謎の液体。
これを見たミル様は神聖さを感じると言った。
飲んだ者たちも肌に艶が出て、精神さえ回復したものだ。
改めて、この液体は一体?
詳しく聞きたいが、これを使った際にミナトはブルズエル殿に対しては、自身の錬金術で、それ以上は秘密であると言っていたし、ミル様は詳細を聞くのは無粋であると言った。
だから今は何も聞かない。
「ク、クラルさん………肩、平気ですか?」
一段落すると、なんと私が命を奪おうとしていたニナがおどろおどろしくも、心配の表情でミナトにやられた肩の傷を気にしてきたのだ。
「………………………ああ、ミナトのおかげで肩の傷は塞がった」
「そ、そうですか?!」
なんと彼女は私を恐れながらも、嬉しさを少し含んだ顔をする。
私は理解できなかった。
「………ニナ………私はお前を殺そうとした奴だぞ。何故私の心配をする?私への怒りは無いのか?」
「クラルさんの肩から血がたくさん流れてたので、少し心配なってしまいまして。えっと……クラルさんはもう私を殺そうとしないんですよね?」
「そうなるな」
「だったら、もういいです。私はクラルさんの事はまだ少し怖いですが、怒ってはいませんよ」
「………」
ニナの純粋無垢な言葉と顔に、私は無言になる。
この子は本当に性根が優しんだな。
私が初めて遭遇し、殺した擬人とは大違いだ。
アイツらは人を食べることに喜びを見出していた奴らだったからな。
同じ擬人でも、こうも「心」が違うのか。
はぁ…「心」が人ならそれは立派な人。
言い当て妙かもしれん。
それにしても…少し前にミナトがニナにかけた、人を食べるようなことをするとミナトに知らせが行く魔術。
そんな魔術聞いたことがない。
そう言えば、盗賊に捕虜作戦で捕まる前に、ミナトはブルズエル殿に[通信氷]という魔術で作られた、振動する氷を渡していたな。
あんな魔術も聞いたことがない。
そもそも、この国で魔術が使えるものなど、ミナト以外見たことが無いな。
ミナトは一体何処で、誰に魔術を教わったんだ?
ミナトに関しては何故が深まるばかりだ。
「早く帰ろうぜ。後数時間で夜が明けてシルハ達が起きちまう。そうなったら、俺達が夜中に抜け出したのがバレるぞ。てか、凄ぇ寝みぃ………布団に入りたい」
結果的に何の問題も無く?終わったので、俺達は村に帰ろうとした。
しかし、ここで。
「…………ん?」
微かに感じる魔力。
どうにも、ここから近い場所で誰かの魔力を感じ取った。
俺でも意識を研ぎ澄まさないと、分からないレベルで微かな魔力。
ここに来てから、クラルとの試合までは感じ取れなかった何者かの魔力の反応。
誰だ?
魔力の反応元は………あの茂みか。
「〈瞬泳〉」
高速移動で、その茂みに行って確かめてみる。
あれ?感じ取れない。
そっちに行ってみたら、なんとさっきまで感じ取っていた僅かな魔力の反応が感じ取れなくなった。
俺は直前まで魔力を感じ取っていた場所を調べる。
そこには、
「これは……砂?」
夜の森で暗いが、焦げ茶色の地面に混じって、少々暗く黄色い砂粒が見える。
見たことがある色。
これは夕方に見たミルの〈サンドウォール〉の色にそっくりだ。
まさか近くにミルが?
「〈水蒸気探知〉」
確認のために、周囲一帯を水蒸気の探索で調べたが、ミルの反応は無い。
気のせいか。
では、地面の砂は?
ああ、考えるのは止めだ。眠い。
「おーい。どうした、ミナト?」
少し離れたところでクラルが怪訝そうな顔で呼ぶ。
いきなり〈瞬泳〉で離れたからだろう。
「いや、なんでもない」
そう言って、俺はクラルの元に戻る。
そこから俺達は一時間ほどで、村に戻り、バレないようにシルハの家に帰ってきた。
俺は寝袋に潜り込み、すぐに寝る。
結局それきり、俺は謎の魔力を感じることは無かった。
時は少し遡り、ミナトがクラルとの剣の試合に勝利した頃。
「そうですか…ニナちゃんは擬人であったと」
そこはシルハの家の二階。
ミルはとても小さい声で、まるで誰かと会話していた。
話し相手は誰なのか。
そこにはミルとシルハ、シーフの三人しかいない。ミル以外は寝ている。
ここで寝る前は一緒にいたニナとクラルは現在、アルアダ山地の麓付近にいるからだ。
ミルは薄目を開けて、可愛らしく寝ているシルハを一瞥し、視界を天井に移す。
「クラルは後を付けていったけれど、ミナトさんも付いていった。しかもニナちゃんを、ミナトさんがクラルから守ったと。「心」が人ならそれは立派な人……………ミナトさん、面白い人ですね」
ミルは目を閉じて、最後に本当に小さい声で誰かに語る。
「報告ご苦労様。ミリュアちゃん……………」
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