第40話 ミナトの剣術



 目の前で白いマントを羽織ったミナトは威風堂々と擬人…いや、ニナの前に立ち塞がる。


 「なぁ…諦めてくれねぇか?お前じゃ俺に勝てないだろうし」

 「舐めるな!」


 「心」が人なら、それは立派な人。


 ミナトが言ったこれは綺麗事だ。

 如何にも頭の軽いコイツが考えそうな事だ。


 確かに私にだって、今日の祝賀会で村人皆んなから囲まれて、笑顔だったニナが人を食う魔物には見えない。


 だが、人を食らう擬人は間違いなく、存在する。

 かく言う私とミル様が遭遇したからだ。


 あれは私がミル様の護衛に着いて間もない頃。

 人の社会に紛れ込んだ擬人に会った事がある。あの時の私は擬人について全く知らなかった。

 擬人を人の姿をした魔物だと言われてもピンと来なかった。


 ミナトのように。


 それが命取りだった。

 ミル様に襲い掛かった擬人を殺すのを躊躇ったために、ミル様にケガを負わせてしまった。

 幸いにも、その擬人が私が剣で殺した。


 それが奇しくも初めての人殺し…………って、違う!

 擬人は魔物だろ!

 ついミナトに乗せられてしまった。


 ともかく私の躊躇のせいで、ミル様を危険に晒すという醜態を示してしまったのだ。

 もう躊躇はしない。

 ミル様に危険が及ぶ可能性があるなら私が対処する。

 

 ちなみに、二ナが擬人なんてミル様に言っていない。

 あの人は良くも悪くも人が好過ぎるんだ。

 きっと今のミナトみたいに二ナをかばうだろうから。


 だから、私だけが毒になるため、誰にも言わずこっそり二ナを追跡したのに。

 この水の魔法使いは!余計なことを!


 責められない。どうすれば?!

 

 頭で何度も思考している最中に、ミナトから思わぬ提案をされる。


 「えっと…俺はニナを助けたい。そんでお前はニナを殺したい。どちらも譲るつもりはないし、このままだとキリが無いから、いっそのこと……剣の決闘で決めないか?勿論、魔法抜きで」

 「は?」


 急に何を……剣の決闘?意味が分からん。


 魔法抜きということは、純粋な剣術試合をミナトは望んでいるのか?

 

 「仮に………剣での勝負をするとして、お前には何の得がある?」

 「得っていうか…今、お互いのニナを殺すか、生かすかの主張は平行線だし。なら…いっそのこと、剣による決闘で白黒つけたら綺麗に纏まるかなと思って。そんで勝った方がニナの処遇を決めるのはどうだ?」

 「何だそれは………」


 やはりミナトは変わっている。

 魔法での決闘なら確実にミナトが勝てるのに、魔法抜きときた。


 何か考えがあって…………いや、無いな。

 まだ短い付き合いだが、ミナトはそこまで深く思考する奴ではない。

 きっと理由も単純で、下らないものだろう。


 だが、私の考えとミナトの考えが相反しているのもまた事実。


 冷静に考えてみれば、決闘で決めるのも悪くない解決方法に思えてきた。


 「分かった。剣での勝負といこう。誓いを立てたうえでの、決闘だ」

 「え、本当か?!俺が勝ってもニナを殺そうとするなよ」

 「私はミル様の騎士だ!舐めるな!決闘で建てる誓いは必ず守る」


 そこまで言って、私は気づく。


 「ちょっと待て、そもそもお前は剣を持っていないだろ?」


 ミナトは手ぶらだ。

 どうやって剣で勝負をするのか?


 「それなら問題ない。〈氷刀〉」


 ミナトが手の中に生成したのは見たことが無い形状の、長さは約七十センチの氷の剣であった。

 

 私の剣はレイピアのように刀身がほっそりしているが、長さは冷静よりも大きく、一般的な両手剣より小さい。

 ミナトが作った剣もそこに似ている部分があるが、決定的な違いがある。


 それは刀身全体が反り減っていることだ。

 私の剣のように真っすぐではなく、曲がっているのだ。


 レイピアが突きに特化した剣であるならば、あれは斬るに特化した剣だろうか?


 「それは………片手剣?」

 「いいや、これは刀っていう剣の一つだ」

 「カ…タナ?」


 カタナ……聞いたことが無い。

 まぁ…ミナトのやること、作るものに、いちいち気にしていては仕方がないか。


 私は持っている剣の先を空に突き立てるように、構える。


 「私はこれより誇り高いエスパル王国騎士として、神聖なる決闘に挑戦す」

 「え、え!………あ、わ、私はこ、これより誇り高いエスパル王国騎士………じゃないけど、神聖なる決闘に挑戦す!!」


 ミナトは慌てて、持っている反りのある氷の剣を私がやったように構えて、誓いを真似る。


 はぁ……私はこれからエスパル王国の決闘の誓いすらも知らない奴と戦うのか。

 いいさ、魔法なしという条件で決闘を挑んできたことを公開させてやる。




 目の前で、白い剣を構えるクラルを確認してから、ふと後ろを一瞥する。


 背後では肩まである黒い髪を携えたニナが固唾を飲んでいた。


 「悪い、ニナ。こんな決闘でお前の運命決めちゃって」

 「い、いえ!いいんです!ミナトさんがいなかったら、とっくの昔に私はクラルさんにやられてましたから」

 「じゃあ俺が勝つよう祈ってくれ。それと少しだけ離れていてくれ」

 「は、はい!!」


 ニナは俺から十メートル以上離れる。


 彼女はまるで英雄でも見るかのように目を輝かせて、俺を見ている。

 そんな目で見られる逆に緊張するな。


 ここで俺が何故、こんな剣の決闘でニナの処遇を決めるように提案したのは、クラルにニナをきっちりと諦めさせるためだ。

 言葉での説得が無理なら、実力で説得だ。


 魔法ありの試合は既にマカで決着がついているので、魔法抜きで勝てれば、クラルも引き下がってくれると思って。

 ………あと、単純に今の俺の剣術がどれくらいのレベル何か知りたい。


 今日まで俺はシズカ様としか剣を合わせたことが無い。

 だから客観的に自身の剣術がどの程度なのか把握したいんだ。


 俺は〈氷刀〉をへその位置……正眼の構えを取る。

 右足を前に出し、左足を後ろに置く。


 これが最も基本的な、俺の剣術の構えだ。


 さぁ…勝負だ。




 シュ!

 視界の中にしっかりと捉えていたクラルの姿が一瞬ブレる。

 剣を振りかざしたクラルが目と鼻の先にいた。


 速い!

 クラルの踏み込み時のスピードが、俺の予想よりも速い。


 咄嗟に構えていた〈氷刀〉の刀身を斜めに置いて、上からの振り下ろしを防御した。


 直後、俺の両腕に伝わってくる重い衝撃。

 鍔迫り合いの状態になったが、即座にクラルが前に体重をかけてくる。

 それによって俺は後退しないように足を踏ん張る。


 力も強い!

 その細腕のどこにそんな腕力があるのか知らないが、純粋なパワーで俺と互角。

 

 防御していた〈氷刀〉を横に振り払い、クラルの剣を受け流す。

 俺によって流され、振り下ろされたクラルの剣が間髪入れずに、突きに移行する。


 左肩を狙ったものだったが、それを左半身を後ろに逸らして、かわす。

 刺突は敵を貫くために、腕を伸ばす技であるため、振って切る斬撃と異なり、突きをした直後は次の攻撃に若干のタイムラグがある。


 そこを狙って、すかさず俺は牽制目的でこちらも突きを繰り出す。

 これはクラルが上半身を後ろに倒したことで逃れる。


 先の突きは牽制目的なので、距離を取るべく、大きくバックステップをする。


 再び正眼の構えを取りながら、先程の流れを思い出す。


 え?クラル、近接戦強くね?

 マカでの試合で数多くの〈風刃〉に紛れて、俺に接近し、風を纏わせた剣で俺に切りかかったことがあったが、そのときはここまでの剣速はなかった。


 だから俺も何だかんだで勝てるだろうと思い、気を抜いていた。


 「くっ!なかなかの反応速度だな。防御されるとは」


 クラルは初撃で決めるつもりだったのか、防御されて悔しそうな表情を浮かべている。


 「いやいや!お前なんてパワーとスピードだ。前はそんなに剣速は無かったろ」

 「前?というのはマカでの試合の時か。あの時の私は魔法主体で戦っていたからな。剣にまで意識が行きにくいから当然だ」

 「何を言って……剣と魔法の両立が出来なのか?」

 「お前こそ……何を言ってる?」


 眉根を寄せるクラルに対して、暫し考えて納得する。


 そうか…クラルはマカでの試合の際は、剣に風魔法を付与することに集中していたために、剣筋にさっきのような切れが無かったのか。


 魔法を使う時は、自身の魔力を使って魔法を構築する。


 しかし魔法は繊細なものであり、慣れている魔法でも集中が必要。

 エンチャント系の魔法は発動後も魔法を維持するため、さらに継続的な集中力が要求される。

 その頭の集中力によって、マカの時は剣にブレが生じたのか。


 魔法を扱いながらの剣の使用は例えるなら、激しいステップのダンスをしながら、難解の問題を絶えず解き続けることだ。

 困難だろ?


 だが、今は魔法抜きの剣術勝負なので、魔法の構築と維持という邪魔な集中力がなくなり、剣に切れが出来たのか。


 少々、気を抜いた。

 もう油断しない。


 俺は頭を切り替えて、重心を僅かに下げる。

 そして一気に踏み込む。

 〈氷刀〉を振り上げた俺がクラルの目と鼻の先にいた。

 

 さっきクラルがやったことを、今度は俺がやった。


 「!」


 俺は〈氷刀〉を振り下ろす。

 クラルは一瞬驚いたが、何と驚異的な反応速度で防御し、対応する。

 しかし受けきれなく、後ろへ少し後退する。


 「ぐっ?!重い!」


 クラルが俺の一撃の重さに驚く。


 重いだろう。

 エスパル王国の騎士がよく使う剣と違って、この刀は片手剣と同じ刀身の大きさに対して、重量が重いのだ。


 両手で扱うことを前提とした武器のため、一撃の重さが片手剣の比ではない。


 クラルは俺の振り下ろしを凌いだ後は少し距離をとる。


 まだまだ!

 俺は追撃として左薙ぎを繰り出す。

 それを何とか、剣を縦に構えて、防御するクラル。


 そこからは俺の連撃による攻撃、そしてクラルの防御が続いた。

 振り下ろし、振り上げ、袈裟切り、横薙ぎ、突き。

 あらゆる連撃がクラルを襲う。


 しかし俺の数十合の連撃の打ち合いでも勝負が付かなかったので、またバックステップを取り、仕切り直した。


 「はぁ…はぁ…はぁ…やるな………ミナト」

 「お前もな」


 驚くべきことに、クラルは俺の全ての攻撃を完全にとはいかなかったが、反応し、凌いで見せた。

 クラルの頬や肩には、いくつかの切り傷があり、息も絶え絶えだが、戦闘はまだ続けられる状態である。

 

 剣術としての防御がうまい?

 違う、クラルの圧倒的な反射神経が俺の攻撃に一早く反応してるんだ。

 

 流石、感覚の鋭さで匂いからニナを擬人だと見破ったことはある。


 だが、この連撃で分かったのはクラルの反応速度に対して、彼女自身の剣の技量が追い付いていない。


 決して技量が低いわけではない。

 それどころか、多分だけど、Bランク冒険者の剣士であるブルズエルと同等………いや、それ以上かもしれない。


 そして何より持久力が足りない。

 俺の連撃を数十合受けただけで、息を切らすのが、いい証拠だ。

 

 シズカ様はよく、こう言っていた。


 『ミナト殿、いいでござるか?剣での戦闘は持久力が無い者から脱落していくでござるよ。持久力はある意味、技よりも大事でござる』


 だから「水之世」では、シズカ様による地獄の持久力作りトレーニングに必死に食らいついたんだ。

 トレーニング内容はいずれ話そう。


 ぶっちゃけこのままやっても持久力の差で決着がつく。


 でも、なんかそれは嫌だ。

 折角シズカ様から教授してもらった水剣技流を使わないなんて勿体ない。


 よし、あれを使うか。

 これから使う技は水剣技流の初歩の初歩の技だけど、これこそ水剣技流の基本が詰まった技にして奥義。

 水剣技流の中心となる技だ。


 クラル………水をイメージして作られた、我らが水剣技流の技を説くとご覧あれ。


 まずは技の成功率を上げる前段階として、俺はクラルに向かってこう言う。


 「それにしても、お前は弱いな。これじゃ、主人のミルも浮かばれないな。………いや待て、護衛がこのレベルなら主人のレベルもたかが知れるか」

 「?!………ミ、ミナト!………き、き………貴様ぁ!!」


 俺の挑発に見事に引っかかったクラルは、鬼の血相になり、怒りに身を任せた上段からの振り下ろしを行う。


 これならやりやすい。

 冷静さを奪うことで単調な技を引き出させる。

 

 俺はクラルの振り下ろしに合わせて、体を前に出す。

 そして振り下ろされるクラルの剣をしっかりと見極めた上で、〈氷刀〉を持った腕を伸ばす。


 伸ばされた腕はまるで体に張り付きながら、滴り落ちる水のように、クラルの振り下ろしを最小限の動きで横に逸らす。

 

 腕で剣を流す。

 やる方はかなりの覚悟が必要だ。


 逸らすことに成功した俺はそのまま突きを放つ。


 「水剣技流・水詠み」


 俺の突きは、見事にクラルの肩に食い込む。


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