第48話 閑話 その頃、墓地にて




 そこは「水之世」ダンジョン最下層、ボス部屋のすぐ隣のエリア。


 ボスエリアとは隠し通路で繋がった隠された場所。

 ボスエリアから以外だとダンジョンの最上層と中層の真ん中ぐらいにレインが設けた近道ルートがあるが、今は塞がって誰も通れない。


 空間内部の壁や天井、床が淡く青白く光る大きく不思議な空間。

 空間の中央には、青く輝く小さい泉があり、その泉の近くに細長く四角い石像が三つ置かれていた。


 その石像は墓石であり、中央の墓石にはレイン・アクアライド、右の墓石にはウィルター・アクアライド、左側の墓石にはシズカ・アクアライドと刻まれていた。


 泉から、霊水と呼ばれるあらゆる力が籠った蒼水が湧き出す音以外何も聞こえない。

 文字通り静寂が広がっている。


 ………だったのだが、









 『………』

 『……父様、起きてますよね?』


 墓地に響く若い男性の声。


 『………』

 『あれ?絶対起きてますよね?』


 男の確認に返事をする者は誰もいない。


 『………』

 『おーい、狸寝入りしてるのバレバレですよー』


 男のさらなる確認に反応する者は誰もいない。


 『………』

 『え?本当に寝てるんですか?ちょっとちょっと…実の息子の呼びかけを無視しないで下さい。父様って無言を貫くキャラじゃな………』

 『だああ!!!うるせぇ!!!』


 とうとう男……いや、ウィルターの煽りにレインは苛立ち気に返答する。

 すると、中央と右側の墓地からレインとウィルターが姿を現す。


 青い髪はボサボサ、無精髭も生やしているこの男は、レイン・アクアライド。

 生前、水神と呼ばれた最強の水魔法使いであった。


 そしてその隣にいる眼鏡を掛け、肩まである長い黒髪の青年がウィルター・アクアライド。

 生前は雷王と呼ばれた最高の水魔術士もしくはエスパル王国錬金術の祖と呼ばれた魔術師もしくは錬金術師だった。


 『なんだ起きてたじゃないですか。無視しないで下さい』

 『お前がさっきから呼びかけてっから起きたんじゃねぇか!』

 『またまた、僕が呼びかける以前からずっと起きてましたよね?』


 ウィルターの言ったことにレインは…ちっ!と舌打ちを漏らす。


 『ここ五年ぐらい、あのひよっこ魔法使いのために起きてたんだ。いきなり寝ようとしても、なかなか寝付けねぇんだよ!』

 『……何ですか、その一秒考えたような理由は。素直にミナト君が気になって眠れないと言えば良いのに』


 ウィルターは深くため息をつく。

 そんなウィルターにレインは反論する。


 『お前だって起きてただろ!てか、シズカ…お前も起きてるよな?』

 『………起きているでござる、お爺様』

 

 レインの呼びかけに、左側の墓地の主であるシズカも姿を現す。


 水色の髪を一纏めにし、細長い剣を腰に携えた長身の女性こそがシズカ・アクアライド。

 生前は水剣聖と呼ばれた水剣技流の創設者だ。


 こうして墓地には、歴代アクアライド家当主の中でも、黄金の世代と呼ばれる者達が揃った。


 『仕方ありませんよ、父様。僕もシズカも、二人で手塩にかけて育ててきた愛弟子が門出したのです。気になって眠れないのも当然ですよ』

 『拙者としては安心してミナト殿を行かせてやれなかった事が歯痒いばかり。まだまだ教えられる事があったのでは無いかと』

 『まぁ…五年間という期間で、ミナト君に叩き込めること叩き込みました。後は彼の無事を祈るだけ』


 ウィルターとシズカは二人共にミナトの事を思い、嬉しさと不安が混ざった表情をする。


 この時のウィルター達は、ミナトがここから旅立って一ヶ月は立つので、きっと今頃は実家のアクアライド家に帰っているのだろうと思っている。

 「水之世」ダンジョンの入り口付近で、現在ホウリュウと戦闘中なんて、つゆ知らず。


 『残念な気持ちはあるでござるが、拙者は水剣技流が無くなったとしても、ミナト殿が幸せに暮らしてくれるのなら、それで良いでござる。水剣技流が途絶えても、血縁が途絶えず、争いを避けて何処かでひっそり暮らしていれば、それで満足。………けれど』


 シズカはその後の言葉に詰まる。

 代わりにウィルターが続きを言った。


 『けれど、そうはならないでしょう。ミナト君には、生まれ持った強い運命………いえ、宿命がありますから』


 ウィルターは上を向いて、天井を睨む。

 まるで天井のその先、空の彼方にいる神を睨むように。


 『ずっと昔から、僕やシズカ、父様………いえ、アクアライド家には、あたかも神から与えられたかのような奇妙な宿命みたいなものを持っていました。ミナト君が僕達に出会ったのも、宿命の一つなのでしょう』

 『………お父様は”やはり”ミナト殿が五年前にここに来た事は偶然で無いとお思いで?』


 シズカの確信を持った問いかけに、ウィルターは頷く。


 『ええ、少なくとも僕はそう思っています』

 『しかしミナト殿の話を聞いた限りでは偶然としか』

 『状況証拠だけを見るならそうでしょう。けれど、考えてみても下さい。今絶賛落ちぶれ中のアクアライド家の末裔であるミナト君が、たまたまセーフゾーンの休憩していた場所には、父様が昔開けた墓地への近道ルートが隠されていた。しかもミナト君がそこにいるタイミングで、ダンジョンメンテナンスで開いた亀裂に落ちて、ここまで来た。何ですか!この偶然と呼ぶのも烏滸がましい奇跡は?!フィクション小説でも突っ込み見どころ満載ですよ!まだ父様は清廉潔白な人物になる確率の方が高いです』

 『おい!』


 ウィルターが啖呵を切って、説明する。

 最後の所に関して、レインが強く反応する。


 『ですが、現実にその奇跡が起きたでござる』

 『そうですね。ミナト君が無意識に近道ルートが隠されている場所に来たのか、ダンジョン自身がミナト君を招いたのか………あるいはその両方』


 天井を睨んでいたウィルターは、今度はダンジョンの壁に静かな視線を送る。


 『長い年月存在するダンジョンには意思が宿っていると言われています。僕達が墓地に決めたこの「水之世」ダンジョンも意思を持っているのかも知れません』

 『全ては神のみぞ知る……のかもしれないでござるな』

 『ふふ……もし本当に神様がいるのなら、一回尋ねたいですね。どうしてミナト君にこんな宿命を背負わせたのか。いえ、その前に一度、殴って氷漬けにしたいですね』


 いつもは知性的なウィルターが拳を握りしめて、好戦的な笑みを浮かべる。


 だが、それも少ししたら無くなり、次は眉根を寄せて、父親であるレインに顔を向ける。


 『それにしても、ミナト君は間違いなく、僕の自慢の愛弟子です。……………………しかし一つだけ可愛くないところがあります。何故ミナト君は、父様”ごとき”に憧れて、あまつさえ性格が父様寄りなのでしょう?戦っている時のミナト君は如何にも父様らしいです。可笑しいですね、ミナト君は”僕とシズカで”育てたはずなのに。理屈に合いません!自然の摂理に反します!』


 ウィルターは僕とシズカで、というところを強調する。


 『それはお前、俺はスーパーかっこいいからな。憧れて、似るのは当然だろ』

 『父様がかっこいい?失礼ですが、父さんは「かっこいい」の言葉の意味を知らないようですね。父様がかっこよかったら、この世の人のほとんどは聖人君主ですよ』

 『お、お前!実の父親に!』


 レインは拗ねたような顔をする。

 そしてウィルターの物言いに、シズカは恐る恐る諫める。


 『お父様、言い過ぎでござるよ』

 『そ、そうだよな、シズカ。俺はかっこいいよな。分かってるじゃねぇか、我が孫娘!』

 『確かにお爺様は慢心の塊で無計画そのもの、傍若無人の権化でござる。おまけにミナト殿の訓練を拙者達に丸投げするような面倒くさがりな、いい加減な大人でござる。しかし、そんなお爺様でも盗賊や殺し屋よりは、ずっとかっこいいでござるよ』

 『…………お前それ、ディスっているよな?』


 こうして墓地には、ミナトを心配しつつも、生前と変わらないレインとウィルターとシズカの三人の語らいが広がっていた。


 少し経って、再び彼らは墓地に寝付くことになるが、彼らはミナトの事が気に掛かって、なかなか熟睡が出来ないのであった。


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