第38話 魔物か、それとも人か




 ニナが人の姿をした魔物…擬人もしくはヒトモドキと言われて、改めて彼女を望遠鏡で見る。


 確かに一角兎を貪る様は魔物みたいだ。

 だが、どうしても村では皆んなから愛されていた彼女が魔物であると納得できない自分がいた。


 「まだ………まだ夜に小腹が空いて、森で一角兎をそのまま食してる可能性が」

 「……ふざけているのか?」


 クラルにつっこまれてしまった。


 さて、冷静に考えてこの状況どうするべきか。


 「よくニナがその…ヒトモドキって魔物だと気づいたな」

 「始めは小さな違和感だった。彼女からは擬人特有の匂いを感じた」

 「匂い?」

 「昔から私は目や鼻など感覚が鋭かった。そのせいで他の者が感じ取れないものまで掴めるんだ」


 感覚が鋭い…それは初耳だ。

 だが、思い当たる節がある。


 訓練場での模擬試合で俺の〈水流斬〉を初見で躱したり、今日だって洞窟では、俺の背後に潜む盗賊を一早く察知していた。


 今もこうして望遠鏡を使わずに、ニナの正確な様子が分かる眼の良さが伺える。


 「それに今日の祝賀会で村長に聞いたが、彼女は一年前に突然この村に一人で流れ着いた両親不在の子供だったらしい。そして彼女を村に引き入れてから、時々村を向けて何処かに行く事があったそうだ」

 「何処かへ行く?」

 「擬人は定期的に他の魔物の血肉などを摂取しないといけない。恐らくアルアダ山地に来たのも、こうして魔物を食べるためだろう。一週間前も同じ理由でここを訪れたが、運悪く盗賊に見つかり、捕まったと見るべきだろう」


 俺は横目でクラルを見る。

 俺達に気づかずに、今も一角兎を捕食するニナを観察するクラルの眼は完全に魔物を見る眼だ。


 「可笑しいと思ったんだ。あんな十三歳の女の子が一人でアルアダ山地の麓付近で行方不明になったと聞いた時から」

 「お前…頭良いな」


 俺の指摘がふざけてると思ったのか、ギロっと俺を睨みつける。


 「で…結局のところ、どうするんだ?」

 「勿論殺す」

 「…………は?」


 呆気ない即答に俺は困惑する。


 「何を驚いている?当然だろ」

 「いや!いや!いや!意味わかんねぇよ?!俺達より小さい子供を殺すのかよ?」

 「お前は私の話を聞いていたのか?奴は人の姿をした魔物だと言ったろ。今は村人の誰も犠牲になっていないようだが、奴が将来人を食ったらどうする?擬人の始まりは人に化けて、人に近づき捕食する魔物だと言われている。殺さない理由はどこにも無い」

 「な?!」


 清々しいほど冷徹な言葉。


 人殺しに一切の躊躇無し。

 ………違うな、ニナは魔物か。

 あれは魔物だから、冒険者として討伐は至極当然のことか。

 

 でも、やはり割り切れない。


 ニナの帰還で喜ぶ村人。祝勝会で皆んなに囲まれ笑顔のニナ。

 そして誰よりもニナに懐いていたシルハ。

 その光景を思い出すと、ニナが魔物だと、どうしても思えない。


 だが、クラルは冒険者として俺より経験のある。

 俺がただ無知なだけか。


 頭の中では多くの逡巡が渦巻いていた。


 そんな俺を一瞥したクラルは一つため息をつき、


 「別にお前が殺すわけではないだろう。もう良い。ここで待っていろ。………私が処理する」


 そう言って、木の陰から身を乗り出したクラルはゆっくりと一角兎を食べているニナに近づき、


 「〈風刃〉」


 彼女得意の風の刃物が飛ぶ。

 それはニナの首筋に一直線に向かい、一瞬の後には断頭されるコースだった。

 ニナはそれに全く気づいていない。

 

 そのまま〈風刃〉はニナの首を両断す……………………ることはなく、


 「〈氷壁〉」


 ガキン!!

 俺の氷の壁によって阻まれた。


 危なかった、ニナが”道”の効果範囲内にいて。

 少しでも、ニナが俺からもっと数メートル離れていたら、彼女は死んでいた。


 「何?!氷の壁!まさか、ミナトか!だが、何故あんな遠くから?」


 クラルが驚いている理由は俺が彼女のそばにいるにもかかわらず、かなり離れているニナの近くに〈氷壁〉を出現させたからだ。


 魔法というのは、使用者の周囲数メートルの範囲でしか魔法を生成することは出来ない。

 それが常識。

 だが、俺は「水蒸気の道」という裏技を使うことによって、俺は数十メートル先にも魔法を生成することが出来るのだ。


 この「水蒸気の道」は探査魔法である〈水蒸気探知〉の応用であるが、詳しい説明は今は割愛させてくれ。


 「え?な、何これ?何なの?」


 流石にすぐ近くで、生成された氷の壁に風の刃がぶつかる音が響けば、ニナも気づき始める。

 動揺しながら周囲を見渡す。


 「ちっ!余計なことを!」


 舌打ちしたクラルは剣を持って、ニナの方へ走り出す。

 遠距離攻撃の魔法では俺の〈氷壁〉に防がれてしまうと、判断したからだろう。


 「〈瞬泳〉」


 水の斬撃〈水流斬〉の次に得意な水の高速移動〈瞬泳〉を使って、自身の身体をニナとクラルとの間に差し込む。


 「あ、貴方はミナトさん?!なんでここに?」

 「端的に説明すると、俺はクラルの後を追ってきて、ここにいる。そんでクラルはお前を討伐しようとしてる」

 「え?」


 俺の言葉にニナは押し黙る。


 「おい、ミナト。最後通告だ。そこをどけ」


 冷たい声が俺の耳に入る。

 そこにはマジギレ寸前のクラルがいた。


 「どいたら、人殺しを止めるのか?」

 「くどい!だから行ってるだろう!そいつは人ではない。擬人という魔物だ!」

 「でもよ…俺はニナのことをはっきり知ってるわけでは無いけど、やっぱり俺はニナを魔物とは思えない。人の姿をして、人の言葉を話してれば、それはもう人だろ!」

 「だから人ではない!」

 「それはお前の意見だろ!」


 互いの主張は平行線。

 これにクラルは珍しく頭を抱え、沈痛な表情を出す。

  

 「くそ!なんで分からないんだ」


 俺の意見は自分とは正反対。

 かといって、このまま剣で切り込んでもミナトに防がれる未来しか見えない。

 苛立ったクラルはニナの動向を監視しながら、剣を構え、悪態をつくしかなかった。


 対するミナトはというと、


 やっべぇ!!クラル、超怒ってんじゃん。

 怖ぁ……。


 背中に冷や汗を流しつつも、ニナを守るように立ち塞がっていた。

 

 てか、何で俺はこんな正義の味方みたいな行動とってんだ?

 俺はそんな性格じゃないだろ。


 何故自身がこういう行動をとったのか、深く考え込んだ。

 そして少しばかり逡巡した後、思い出す。


 数年前のダンジョン「水之世」での、シズカ様との訓練した頃の記憶を。









 バシッ!

 軽快な音が鳴る。


 『一本でござる。ミナト殿もまだまだ動きに無駄があるでござるな』


 それはシズカ様との近接戦の訓練の時。

 俺はいつものように、シズカ様から剣を模した氷の棒で頭に打ち込まる。


 ちなみに、この氷の剣はウィルター様の魔術によって作られた物で当たっても痛みを感じない仕組みになっている。


 『う~、シズカ様…強すぎだよ』

 『ふふ、ミナト殿も始めに比べてかなり近接戦闘面が上がったでござるが、足運びや体捌きが必要以上に大きいでござる。無駄な動きは無駄な体力を消耗してしまう』


 ここまでシズカ様とは何百回も試合をしたが、未だに一本が取れない。

 シズカ様は明らかに手加減してくれてるのに、勝負はいつも一瞬で決する。

 俺の攻撃にカウンターを合わされて、沈められるんだ。


 いつになったら、シズカ様の足下に届くのか。

 額の汗を拭きながら、そう思う。


 『ふむ…少し休憩するでござるな』

 「やったー」


 休憩と言われた俺は地面に座り込む。

 そして自身で生成した水を口に入れる。

 はぁ…汗かいた後の水は上手い。


 『お疲れでござる』


 シズカ様も地面に行儀よく正座をしていた。


 俺はシズカ様を見る。

 シズカ様の顔は相変わらず、首を上に曲げないと見られない。

 百九十センチメートルという女性としても破格の超身長は伊達ではない。


 俺は休憩がてら、気になって聞いてみた。


 「シズカ様って、どうしてそんなに背が高いんですか?」

 『ん?拙者が何故こんなに大きいであるか?』


 それは純粋な質問だった。

 しかし俺の質問に、シズカ様は自身の水色の髪を触り始め、哀愁が漂う顔つきになった。

 

 どうしたんだろ?

 そう感じた次の瞬間、シズカ様はとんでもないことを言い放つ。


 『それは拙者が……………半分、魔物だからでござるよ』

 「は?」


 今の冗談か?半分、魔物って。


 『あ!語弊が無いように言うと、拙者の母親は少々”特異な種族”であったのでござる』

 「特異な種族?」


 それは初耳だ。

 シズカ・アクアライドの母親が特異な種族なんて聞いた事無いぞ。


 『知らなくて当然でござる。その種族はかつて魔物に分類されていた種族である故、汚点が残らないように、後生には語り継がれなかったのであろう』


 唐突な新事実に、俺は一瞬押し黙る。


 『だから拙者の身体が大きいのは、その種族特性と言うべきか、その魔物の特性というべきか。常人離れした体格を持っているのでござるよ』

 「…………知らなかったです」


 言われた事実を頭で認識した俺は絞るように、そう言った。

 俺は努めて褒め言葉のつもりで口を開いた。


 「でも、身体が大きいって良いことですよね。剣士にとっては羨ましい体格です」

 『…………感謝するでござる。小さい頃は、人と魔物との混血である拙者のことを周囲は「忌み子」と呼んだでござる。魔物の血が入っているのだから当然と言えば、当然でござるな』

 「い、いえ!けして貶したつもりで言ったわけでは!」


 俺は慌てて姿勢を正した。

 俺の弁明に、シズカ様はにっこりと微笑んで、俺の頬を撫でる。


 『分かっているでござるよ。ミナト殿は優しいでござるからな』


 お、俺が優しい?

 違う、俺は…………。


 『それに拙者が大人になる前には、その種族のことを魔物と言う人、拙者のことを「忌み子」と罵る者はいなくなった。これもお父様とお母様が尽力してくれたおかげ』


 シズカ様は過去を懐かしむ様子で口を少し曲げる。


 「あ、あのシズカ様の母親はどういった種族だったんですか?」


 俺は話題を変換するために、別のことを聞く。


 『ああ、拙者のお母様の種族は………………』


 シズカ様は言い終わること無く、言葉を止める。

 そして首を振って、立ち上げる。


 快活な笑みでこう言う。


 『拙者から一本取ったら教えるでござるよ!』


 それ一生かかっても無理な奴だよ。

 だが、休憩で体力はある程度回復してきたので、俺は立ち上がり、またシズカ様と試合を再開することにする。


 氷の剣をお互いに構える時に、シズカ様はこう質問をする。


 『ミナト殿は人の姿をした魔物がいたら、どうするでござる?やはり魔物は魔物でござるか?それとも人でござるか?』


 それはシズカ様のことを言っているのか?

 そんなもの答えは決まっている。


 俺ははっきりと声に出して述べる。









 「魔物でも、「心」が人ならそれは立派な人だ。少なくても俺はそう思う」


 シズカ様にかつて言ったことを、クラルにも言い返した。


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