第37話 擬人・ヒトモドキ



 俺達は朝の内に村を出発し、午後には盗賊の掃討が終わり、保護した捕虜を連れて、夕方の内には村に戻ってきた。


 「冒険者の方々、よくぞ戻ってきてくれました」


 村に戻ると村長を始め、村の全員の人が迎えてくれた。

 村人は俺達を見た後、一斉に後方を見て、驚く。


 俺達の後ろには氷漬けにした盗賊が〈アイスクリエイト・荷車〉で作った台車に乗せられていた。

 なかなか圧巻の光景である。


 村人の驚きの顔も一人の少女の登場で変わる。

 彼らは総じて、嬉しそうな顔になった。

 その理由は、


 「ニナ!よく戻ってきた!」

 「ニナちゃん、心配したよ!」

 「お帰り!」


 一週間前に行方不明になったニナが戻ってきたからだ。

 皆んな彼女が大事だったんだな。


 「み、皆んな………ただいまぁ」


 村人から多くの喜びの声を聞けたニナは目尻に涙を浮かべ、彼らの元へ行く。

 彼女の表情も村に帰える事ができ、村人に温かく迎えられたおかげでとても嬉しそうだ。


 目が覚めたときは盗賊に捕まって、同じ女性が弄ばれる現場を見たせいか、男に対する恐怖心を持っていたが、霊水を飲んだことで、それは完全に無くなっている。


 彼女は今、村人に囲まれている。

 そして…その中には、


 「ニナお姉ちゃん!おかえり!!」

 「ニナちゃん、怪我はない?」

 「ただいま、シルハちゃん!!シーフさんも。私は大丈夫です」


 五歳ほどの金髪のお下げがトレードマークのシルハがニナに抱きつく。

 そばには母親のシーフもいる。


 ニナの帰りに村人全員が喜び合う現場を見ると、俺もほっとする。

 それは俺だけで無く、ブルズエル達も。


 しかし…ただ一人、クラルだけは、


 「………」


 ニナのことを訝しげな表情で無言のまま見ていた。

 まるで敵でも見ているかのような視線で。




 それからは盗賊掃討の成功とニナの帰還を祝して、村の中心で祝勝会が開かれた。


 「ニナちゃん、さぁ…お食べ。一週間何も口にしてないんだろ?」

 「ありがとうございます。いただきます」


 勿論、祝勝会の中心人物はニナである。

 いろんな人から食事を見る舞われていた。


 聞くところによると、どうやら彼女はこの村のムードメーカー的存在であり、大人達からは娘のように扱われているらしい。


 「お~ひっく………やるじゃねぇか~」

 「お、おまえもな~………ひっく………」


 祝勝会では酒が振るわれ、ブルズエルとエルガーがBランク冒険者同士で酒飲み対決をしていた。


 今回俺は酒は飲まなかった。

 だって冒険者になった初日に、自身が酒に苦手だと分かったし。


 「今回の盗賊掃討は皆んな無事で良かったな。これもミナトとクラルがアジト内の捕虜を保護した上で、撹乱してくれていたおかげだ」

 「………」


 ブルズエル以外の「銀山」のメンバーである盾使いウルドに対し、無言で頷く弓士のクリンズ。

 こちらは主に今回の盗賊掃討に関する雑談をしていた。


 「いやぁ~それにしても俺は心の中ではビビったぜ。なんせ目の前には氷の彫刻があるんだからな」

 「同感。水魔法使いがあんな芸当が行えるなんて知らなかったぞ」

 「バーカ。あれはミナトだから出来ることだよ」

 

 そして「五枚刃」のメンバーであるモンシェやリッカ、バンが集まって、俺の氷漬けのことを話していた。


 「最近、火魔法を一から鍛え直しているんですよ。自慢の〈ファイアウォール〉を斬られましたから。それも一撃で」

 「ミットさんの〈ファイアウォール〉を斬るなんて」

 「一体どんな魔法なんですか?」


 ん?これは、もしかして俺の事か?


 Bランク冒険者の火魔法使いであるミット、そして「五枚刃」の土魔法使いである双子のノルウェーとノルトンが魔法に関する談笑をしていた。

 俺はミットの方へ行ってみるか、やっぱり魔法に関する談笑は俺も興味がある。


 そんな中、


 「村長…少々伺いたいことが」

 「何じゃ?」


 皆んなが楽しむ中、クラルは村長に何かを尋ねていた。




 祝勝会が一通り終わると、当然解散となる。


 この後は各自が昨日のように誰かの村人の家に泊めて貰うことになる。

 俺も昨日と同様にシルハの家に泊めて貰おうとしたら、


 「あんただよね?水の魔法が使えるっていう冒険者さんは?」

 「はい?」


 唐突に村の人に話しかけられる。


 俺を見る視線は、何かを期待するような視線だ。

 気づくと、周囲にも同じような視線を向けてくる人がちらほらいる。


 「水の魔法が使えるっていう冒険者というのは、確かに俺の事ですが」

 「やっぱり!シルハちゃんから聞いたよ。なんでも、あんたは泡の出る風呂を作り出せるそうじゃないか」

 「え?」


 泡の出る風呂………それは昨日、シルハやミル達に使わせてやった〈泡風呂〉のことだな。

 もしやシルハが村中に〈泡風呂〉のことを言ったのか。


 いや……そもそも〈泡風呂〉の事は秘密にしろ、なんて言ってないか。


 俺達の会話を聞きつけた村人が集まる。


 「おお、それシルハちゃんから聞いたよ。凄く気持ちの良いお風呂だって」

 「風呂を出せる魔法なんて羨ましいねぇ」

 「ねぇ…私達にも使わせてくれないかしら」


 そういうことか。

 恐らく好奇心旺盛なシルハが村中に〈泡風呂〉のことを言って、それを聞いた村人が入りたくなったのか。

 特に女性達が。


 やっぱり風呂は誰にとっての聖地。

 特に女性には。



 「〈泡風呂〉」

 「おお!!これは凄い!」


 俺は祝勝会をやった村の中心に、今度は大きな氷の桶で作られた泡がぶくぶく吹き出す風呂を作成した。

 これを見た村人が驚愕する。


 まぁ…失礼だけど、こんな辺鄙な場所にある村では風呂なんていう贅沢品は無いだろう。


 昨日は一、二人分しか入れない〈泡風呂〉だったが、今度は大浴場並みの広さにした。

 〈泡風呂〉に決まったサイズは無い。


 サイズを無意識的に決めてしまうという固定概念の囚われを、昨日の今日で払拭できた。


 「な、なんだこりゃ?!またミナトが凄ぇもんだしたぞ!」

 「お、俺らも入って良いのか?」

 「だが、それだと混浴にならねぇか?も、勿論それでもいいけどよ」


 ブルズエルやモンシェ、エルガーなどの冒険者グループも驚いている。

 なるほど、混浴防止のために男性用と女性用とで浴槽を分けるか。

 

 俺は氷でできた浴槽の形を変え、男性用と女性用との二つの浴槽に分ける。

 さて、のぞき防止のために浴槽同士の仕切りはどうしようか。


 氷は多くの光を透過する性質を持つ。

 特に俺の氷は不純物の無い純度百パーセントのものであるため、ほぼ半透明である。

 よって仕切りに向いていない。


 そう思っていたら、


 「〈サンドウォール〉」


 清涼な声と共に、二つの浴槽の間に大きな砂の壁が生成される。

 高さが数メートルの砂の壁は仕切りの役割を見事に果たしている。


 生成したのは、 


 「これで皆さん心置きなく、入浴できますね」


 茶色いローブに杖を持ったミルであった。

 護衛のクラルは風魔法使いだが、ミルの方は土魔法使いだったか。


 こうして祝勝会の後はお風呂会?………が開かれた。




 「はぁ…混浴………」

 「全くあなたは……」


 残念がるエウガーを相方のミットが窘める。

 なんか……あの人、凄い不埒なこと考えてないか?

 俺は風呂に浸かりながら、男性陣の一人であるエルガーをジト目で見る。


 それにしても、


 「砂か」


 ミルは〈サンドウォール〉を生成するときは詠唱をしていなかった。

 クラルと同じ無詠唱使い。


 彼女から発せられる魔力から魔法使いとしても高い実力があるのは想像していたけど、この砂の壁からは無駄の無い魔法の構築技術が窺える。

 これほど大きな壁を一瞬で生成。

 ミットが出したことのある〈ファイアウォール〉とは比べものにならないほど洗練されている。


 流石に強度自体は俺の〈氷壁〉ほどでは無いと思うが、俺の〈水流斬〉一撃で斬れるかどうか。


 やっぱり、あのミルという人とは一度戦ってみたいな。

 土魔法、興味がある。


 吹き出す泡に身体を打たれながら、そう思った。




 入浴の後は、村中の人やブルズエル達から感謝され、冒険者組は村人の家で就寝することになった。

 俺もシルハの家で寝る場所を借りさせて貰う。

 

 だが、今日はシルハの家にもう一人お客がいた。


 「ニナお姉ちゃん、クラルお姉ちゃん、一緒に寝よ!!」


 シルハがニナとクラルの両腕に抱きつきながら、はしゃぐ。

 シルハとシーフの提案で是非と、ニナを家に泊めたがっていたからだ。


 「え?ええ……私と?」


 当のニナは困惑しているが。

 それも少し考える素振りをして、シルハに笑顔を見せる。

 

 「うん、いいよ」

 「やった!」


 当然俺は一階、女性陣は二階で寝ることになる。

 俺は寝袋を敷いて、就寝した。


 今回の盗賊掃討は無事に解決できて良かった。









 ピピッ。


 「…………………ん?」


 不意に目が覚める。


 寝る前にかけておいた探知魔法が発動したからだ。


 人は寝る時が最も無防備である。

 なので俺は自身の周囲に簡易的な〈水蒸気探知〉をしいているのだ。


 流石に今日、使用した盗賊の洞窟内全体を探索するレベルで広範囲かつ正確では無いが、俺が寝るところに誰かが近づくと、反応する仕組みになっている。

 その探知に反応があった。


 しかも微かに人の気配がする。

 俺は細めで目を開ける。


 ギシ………ギシ………。

 部屋の中は薄暗いが、小さい足音で誰かが部屋の中をゆっくり歩いているのが分かった。


 段々と目が暗闇になれてくると、その人物が誰だか識別できるようになる。


 ……………あれは、ニナ?

 背丈の格好で分かった。


 彼女は時折、俺の方を見てから部屋の中を忍び足で移動している。

 俺はどう対応して良いか分からず、寝ているふりをした。

 二階で寝ているはずのニナが、何故こんな夜遅い時間に一階にいるのか?


 ガチャ………。

 そう疑問に思っていると、ニナはこの家の扉の前に移動して、音を立てないように扉を開けた。

 そしてニナはそのまま外に出て行った。


 夜風にでも当たりに行ったのかな?

 ニナの行動に特に不審に思うことも無かったので、俺はまた眠りにつくことにした。




 ………だが、問題はこのすぐ後に訪れる。


 ギシ………ギシ………。

 またしても小さく足音が聞こえて、目を開く。


 そこにはニナと同様に、大きな音を立てないようにゆっくりと部屋を移動するクラルがいた。

 ニナに続いて、今度はクラル。どういうことだ?


 ガチャ………。

 しかも、これまたニナと同様に静かに扉を開け、外に出て行った。

 クラルも夜風に当たりに行ったのか?


 けれど、あの時俺は見た。

 扉が開かれたことで月明かりが入り込み、外に出る際にクラルはいつも腰に佩いている剣を持っていたことを。

 

 この時の俺は不思議と、無性に嫌な予感が湧いた。


 なので俺は意を決して、寝袋から出て、マントを羽織り、腰にいつもの剥ぎ取りナイフをさした。

 ナイフはクラルの剣と同じく、盗賊に捕まる時に没収されたが、掃討の時にまた回収させて貰った。


 最低限の装備を持った俺は扉を開け、外に出る。




 家の外に出ると、村の中は静まりかえっている。

 皆んなは寝静まっているので、当然だ。


 だが、ニナとクラルの姿が無い。

 何処に行った?


 「…………いた。入り口か」


 目を凝らして、村内を見渡すと、ここから遠くの方…村の入り口にクラルの姿があった。

 俺は急いで走って、追いかける。


 村の入り口に行くと、結構先にクラルが小走りに村から離れているのが見えた。

 この方向は………アルアダ山地。


 今朝俺達が盗賊を掃討するために、そこに向かったので間違いない。


 「〈望遠鏡〉」


 生成したのは、その名の通り遠くを見るための望遠鏡。

 氷の凹凸と屈折の特性を利用して、距離が離れている場所を視認できる。


 覗くと、アルアダ山地に向かっているのは、クラルだけで無く、ニナの姿も確認できる。

 ニナもアルアダ山地の方向に走っているのが見える。

 

 いまいち状況を理解できていない俺は、取り敢えずクラルをバレないように追跡することにした。


 それからはというもの、俺は望遠鏡で確認しながらクラルの後を追った。

 追ってる最中に分かったのは、クラルはどうやらニナを追っているらしい。

 

 では、ニナはどのような理由でアルアダ山地の方向に向かっているのか。

 その理由が不明なまま、追跡すること一時間足らず。


 望遠鏡で確認すると、なんとニナがアルアダ山地の森の中に消えていくのが見えた。


 そこから少し行った先は盗賊達のアジトである洞窟がある場所。

 一週間前にニナが行方不明になったと思われる地点だ。

 何故この場所に残る?


 俺から二百メートルほど前方にいるクラルもニナの後を追って、森の中に行ってしまった。


 俺も続いて、森の中に入る。

 今日の昼前にも、この森は通ったが、今は夜。月明かりで視界が辛うじて確保された状況。

 

 クラルも森に入ったことで、姿を一時的に見失い、俺は暫く森の中を彷徨い歩く。

 そして漸くクラルの姿を見つける。

 彼女は森の木を陰にして、前方の何か見ていた。


 俺は足音を立てぬように慎重にクラルの背後に忍び寄り、思い切って小さい声を掛けた。


 「…………おい、何してんだ?」

 「!!」


 護衛としての長年の経験からなのか、俺の背後からの声に無言で反応し、いきなり肘打ちを仕掛けてきた。

 寸前で躱す。


 あっぶね。


 背後を振り抜き、俺の姿を視認したクラルが明らかに動揺している。

 音量を下げた声で尋ねてくる。


 「お、お前………ミナトか?!何故ここに?!」

 「それはこっちのセリフだ。何してんだ。こんな夜遅く、森の中で?というニナは何処だ?」


 俺の言葉を来たクラルは人差し指を口に立て、静かにするように促す。


 「説明する暇はない。ちょっと確認したいことがあって、彼女の跡を付けたが………私の推測通り当たりみたいだった」

 「当たり?」

 「あそこを見ろ」


 クラルはさっきまで木を陰にして、前方を見ていた所を指差す。

 俺は釣られて、その方向を見る。


 視線の先には、森の木々が少し開けたポイントがあり、月明かりがその場所を照らしている。

 そして、そこにはニナがいた。

 だが、様子がおかしい。

 何かをしている。 


 少し距離があるので、俺は望遠鏡を使って確認した。


 「?!」


 そこには衝撃的な光景があった。


 ニナは何かを食べていた。

 手に掴んだ物を必死に咀嚼していた。


 食べているそれは…………一角兎。

 一角兎は魔物の中でも最弱の部類。


 ニナは一角兎の血で口周りを汚しながら無我夢中で咀嚼していた

 その光景はさながら………彼女自身が魔物みたいだった。


 「見ての通り、ニナ…彼女は人間じゃない」


 俺の横でクラルが声を沈めながら説明する。


 人間じゃない?

 じゃあ……一体。


 「彼女……いや、奴は人の姿をした魔物。擬人だ。別の言葉だと、ヒトモドキとも呼ばれている」


 ヒト…モドキ?

 いきなりの情報に俺は思考が停止する。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る