第36話 勾玉の機能の一つ



 「てめぇ!こっから早く出せ!!」


 俺が捕まって運ばれた際の檻の部屋に行ってみると、〈氷壁〉の中に閉じ込められた盗賊が壁をドンドンと叩きながら、そう叫ぶ。


 ああそうだった。コイツは拳で昏睡させた後、〈氷壁〉で囲って閉じ込めたんだった。

 俺は〈氷壁〉を解除する。


 「て、てめぇ…ふざけやが……ぎゃあああぁぁ?!」

 「煩い。〈フロスト〉」


 向かってきたので、本日三度目の金的蹴りをお見舞いし、悲鳴を上げる。

 ついでに氷漬けにさせた。

 ブルズエル達は大事なところを蹴られた挙句、氷漬けにされた盗賊に哀れみの目を向けていた。

 

 俺達はテッド達やニナ、女性達を保護し、無事に洞窟から出る。

 ついでに氷漬けにした盗賊も回収させてもらった。解凍した後、尋問する予定だ。




 捕虜は全員保護し、盗賊を一掃できた。

 結果しては最高………とはいかなかった。


 「ミ、ミティ!………だ、大丈夫………か?!」

 「う………うう……」


 捕まって運ばれてきた俺を、唯一心配してくれたDランク冒険者のテッドは簡易的な布で包まれた女性に駆け寄る。

 どうやら彼女がテッドの言っていたミティという人物のようだ。


 テッドの呼びかけにミティはうめき声をあげ、ゆっくりと目を空ける。


 そして暫く心配するテッド、周囲にいる俺達を見た後で、彼女は懇願しだす。


 「………お、おねがい…しま、す。………やめ、て…くだ、さい。………こ、こ……な、いで」

 「は?!」


 ミティが化け物を見るような目で、テッドを見たことに彼は動揺する。

 彼女は明らかに、親しいはずのテッドや俺達………男を見て、怯えている。


 それからも盗賊たちに拘束されていた女性たちは目を覚ますが、皆んな俺達…男を見て、恐怖の顔をする。


 「………ん?ここは?」


 少し経つと、肩ほどある黒髪の少女、ニナが目覚める。

 

 しかし彼女も俺達を見ると、


 「ひっ!!だ、誰ですか?あなた達は!」


 顔を恐怖の色に染める。


 「大丈夫ですよ。私達は貴方たちを助けに来た冒険者です」

 「助け出すのが、遅くなって済まない……………ん?」

 「どうしました、クラル?」

 「いえ、私の気のせいです」


 同じ女性であるミルとクラルが必死に慰めていたのだが、クラルはニナの顔をジッと見るようになる。

 すぐに気のせいと言う。

 

 どうしたのだろう?あの子に何かあるのか?

 

 俺もニナって子を見ていると、横からブルズエルが、


 「無理もねぇ。彼女たちは下劣な盗賊どもに散々弄ばれたんだ。あのニナって子は幼いからか、酷い目には合わされていないみたいだが、女が男に弄ばれる場面を見てきたんだ。一生モノのトラウマだろう」


 ベテランのブルズエル達が言うには、盗賊の退治で女性の捕虜を救出する際は、このようなトラウマを抱える人が大半だという。

 彼女たちは故郷に帰って、怯えて暮らすか修道院に行くかして過ごすようだ。


 捕虜にされた男達は奴隷に売り出されるだけだが、女達は慰み者にされる場合が多い。


 肉体とは違い、精神は簡単に治るものではない。気の毒というほかない。

 彼女たちを救出した後は幸運を祈ることだけ。


 俺はそれを聞いて、胸糞が悪くなる。


 別に彼女たちとは親しい関係ではない。

 けれど、今もこうして俺を心配してくれたテッドがあんなにも必死にミティを慰めている光景を見ると、ほっとけなく思う。


 だから使うことにした。


 ウィルター様から頂いた勾玉の機能の一つを。


 俺は自身の首にかけてある紐付きの小指の先ぐらいの小さな勾玉を取り出す。

 勾玉に魔力を流すと、昨日の泡風呂でも見た無数の錬金術による魔法陣や魔術式が頭に流れ込んでくる。


 この勾玉の錬金道具は刻まれている魔法陣や魔術式をしっかり理解しないと、機能を発揮しないもの。

 超難解であるこの魔法陣や魔術式により、俺がこれをもらってから理解できた機能は極一部………というか、一つだけだ。


 だが、その一つの機能も今、ここでは役に立つだろう。


 「〈アイスクリエイト・容器〉」


 俺は勾玉に魔力を込めていないもう一つの手に氷のコップのような小さい容器を生成する。

 そして勾玉に流した魔力を操作して、目的のものを取り出す。


 コボ、コボ、コボ。

 勾玉からは少量の青い水が出てきて、それが生成した氷の容器に滴り落ちる。


 日の光を浴びて、綺麗にきらめく青い液体……その正体は“霊水”である。


 そう、ダンジョン「水之世」のレイン様のお墓がある部屋の中央に存在する青く光る泉から湧き出る水だ。腹を満たす効果もあり、俺の魔法操作を阻害していた魔阻薬の影響を打ち消す浄化作用もある液体である。


 これが勾玉から出てきた理由。

 それは…この勾玉には、あらゆる液体を取り込み、それを取り出す機能があるからだ。


 ウィルター様がこの勾玉を俺に渡すときに、一度霊水が出る泉に浸し、光り輝いていたのを見たが、あれは勾玉に霊水を取り込んでいたのだろう。

 こういう言うときのために。

 

 流石はウィルター様!


 液体を収容し、いつでも取り出す。

 これだけでも有用な機能だが、この勾玉にはそれ以外の解明しきれていない多くの機能がある。

 早く錬金術の理解を深めて、解明せねば。


 俺は霊水を入れた氷の容器をクラルのところまで持っていく。


 「おい、クラル。これを彼女達に飲ませろ」

 「なんだ急に。………というか、その妙な液体は何だ?」

 「簡単に言うと、回復効果のある液体だ。さぁ、早く飲ませろ。俺だと彼女達が怖がる」

 「いやいや、いきなりそんな訳の分からんものを飲ませせられるか?!」

 「何を飲ませる…ですか?」


 俺とクラルが軽く押し問答していると、横からミルが顔を出す。


 「この液体は…ポーション?いえ………それよりも遥かに効果のある………何故だか神聖さを感じます」


 暫く霊水を見た後、なんと手で掬って口元に運んだのだ。

 そして体を大きく震わせる。


 「ミ、ミル様?!」

 「な、なんという清涼感。身体中が洗われるみたいです。………失礼します、ミナトさん。これを貰います」


 霊水の効果をその身で実感したミルは俺から霊水の入った容器を受け取り、捕虜にされていた彼女達のところに行く。

 そして一人ずつ霊水を飲ませていった。


 効果は絶大だった。


 生気のなかった彼女達の顔に赤みが戻り、肌に艶が出始め、一気に健康体へとなった。

 しかし効果はそれだけではない。


 「私は、一体?…………テ、テッド?!」

 「ミ、ミティ?!俺が、怖くない………のか?」

 「い、いいえ!」

 「ミティ!」


 自信を恐れていないと分かったテッドはミティに抱き着く。

 ミティもテッドを抱き返す。


 霊水を飲んだミティの表情に恐怖の色はもうなかった。

 他の女性たちも同様に。

 

 見ての通り、霊水の効果は状態異常の回復や食料の役割だけでなく、精神を安定させることもできるのだ。

 まさに万能の水。


 ブルズエル達やクラル達もこれを見て、驚いている。


 「ミナト…あの水は何なんだ?」

 「秘密です。俺の錬金術とだけ言っときます」

 「そ、そうか」


 ブルズエルは勿論、いろんな人が霊水の事を尋ねるが、極秘にしてもらった。

 だって霊水のことを言うってことは「水之世」のレイン様がいる部屋を説明する必要がある。

 レイン様達の事は人に軽々しく言うべきではないと、ウィルター様から言われたからだ。


 まぁ…すでにブルズエル達には酒の席でゲロってしまっているが。


 ブルズエル達は俺の気持ちを汲んでくれたのか、それ以上は追究しようとはしなかった。

 しかし若干二名は、


 「ミル様………」

 「ええ、分かっています。身体を回復させ、あまつさえ精神も回復する。最高品質のポーションでも無理でしょう。一体どのようにして手に入れたのか」

 「ミナトに聞き出しますか?」

 「止めておきましょう。彼は秘密にしておきたいようですし。もしかしたら、いずれ彼自ら教えてくれるかもしれません」

 「?」


 ミルが言った最後の言葉の意味が、クラルには分からなかった。

 そして当のミルは両手を叩く。


 「それはそうと、クラル。貴方はミナトさんと一緒に盗賊のアジトの攪乱、掃討をしましたが、彼とペアを組んでどうでしたか?」

 「別に私はペアを組んだわけでは…………いえ…ミナトの事ですが、アイツは危なっかしいです」

 「と言いますと?」


 クラルはミナトを分析する。


 ミナトは強い。

 けれど、一つだけ致命的な欠点があった。


 「ミナトはまさに世の中を何も知らない若者そのものです。アイツは私よりも魔法も近接戦の技術もずっと上です。悔しいですが、それは認めます。しかしミナトはその高過ぎる実力故に、少々自信過剰……いや、極めて奢っています。実力があるだけに危機感や注意力の欠如が見られます。経験が不足しているという点から考えても、あれはそのうち搦手で足もとをすくわれますよ」


 クラルは横目でミナトを見る。

 視線の先には恐れを何も知らないような平然とした顔のミナトがいる。

 

 クラルは少し前のミナトと共に洞窟内の事を思い出す。


 ミナトは盗賊を雑魚扱いしていた。虫か何かだと思っているのか?

 それだけに背後に迫っていた盗賊に完全に気づいてはいなかった。

 だから自分が〈風刃〉を打って仕留めた。


 なのにミナトには反省の色は見られなかった。

 あれは毒や罠で、はまるパターンの人間だ。寿命は短いだろう。


 クラルの冷静な分析に、ミルはフードの中で微笑む。

 そして理解できないことを言い出す。


 「そうですか。では………仮に…もし貴方がミナトさんと”これから長い期間でペアを組む”ことになったら、ミナトさんが主力で、貴方がミナトさんのサポートにまわる立ち位置になりますかね」

 「え、えっと………ミル様。それは………」

 「さて、盗賊の掃討も無事に終わりました。帰りましょう」


 どう言う意味ですか、と言う前にこの話は終わった。

 ミルはリーダーであるブルズエルに帰るように促し、ブルズエルもそれを受け入れる。

 

 結局、この日…クラルはミルの最後のセリフの真意は分からなかった。


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