第35話 殺しはまだ早い


 その後も盗賊は見つけ次第、氷の彫刻にしていた。


 「野郎ぅ!!」


 ガキンッ!

 盗賊の剣を素手で受け止め、その先に反対の手で盗賊の身体に触れ、氷漬けにする。


 「〈フロスト〉」

 「がああぁぁぁ!!」

 

 完全な氷の彫刻にして仕舞えば、仮死状態になるが、その過程で体内の水分子を凍結されるのはかなりの痛みを伴うのだ。

 ずっと前に自身に試した事があるが、低体温症などで生じる凍傷の十倍ぐらい痛かった。


 悲鳴を上げているが、俺はお構い無し。

 むしろこの程度で済んで有難いと思って欲しい。


 お前らが捕まえた人にしてきた仕打ちを考えれば。

 

 俺は徐に自身の腕を見て頷く。

 ここまで何度も盗賊の剣をこの腕で受け止めたが、ひびが入っている様子はない。


 「ふむ…鎧……〈氷鎧〉の方は問題なさそうだな」


 洞窟内なので分かりにくいが、もし明るい場所で眼の良い者が顔を近づけて見れば、ミナトの腕には半透明………いや、ほぼ透明な氷の鉄甲が装着されているのが分かるだろう。


 これが最近、ミナトが開発中の防壁魔法〈氷鎧〉である。


 その名の通り、鎧のように氷の装甲を身体の至る部分に取り付ける魔法。

 今のところは、薄い氷の板のような物を身体のサイズに合わせて、作成しているだけだ。

 改善の余地はまだまだある。


 〈氷壁〉よりも厚さは薄いので当然、防御力は落ちるが、咄嗟の守りや機動性に優れている。


 それに単純な防壁魔法とは違って、これを使えば近接格闘の威力向上が期待できる。

 

 俺が金的を蹴った男から頭を何度も踏みつけられたときや棒で殴られていたとき、実は殴られる瞬間だけ〈氷鎧〉を発生させていたのだ。

 そのおかげでノーダメージだ。


 俺が盗賊に大人しく殴らせていたのは、〈氷鎧〉の防御力や機能性を試すためでもあった。

 流石にシズカ様からのマントに触れたのは許せなかったが。


 本人には言ってないけど、実はこの魔法はクラルの着ている軽鎧をモデルにしている。

 そんな本人が俺に向けて、注意を促す。


 「後ろだ、ミナト!〈風刃〉」


 〈氷鎧〉の調子を確かめていた俺の背後に向けて、クラルが〈風刃〉を放つ。

 俺の少し後ろで着弾音と悲鳴が上がる。


 振り向くと、盗賊が腹を切り裂かれた状態で倒れていた。

 どうやら洞窟の壁の陰から俺を狙って、後ろから忍び足で近づいていたようだ。

 〈氷鎧〉の確認で気づかなかった。


 「おお、サンキュー」

 「まったく…お前は油断し過ぎだ」


 クラルが呆れる。

 俺だって切りつけられる直前なら危険察知で避けられる。


 けど、助かった。

 俺はクラルにお礼を言う。


 「はぁ………お前は強くなった半面、かなり心に傲りがある。それを無くせれば、もっと強くなれるのに」


 もったいなさそうに、クラルはため息をつく。


 それはちょっと無理な相談だ。

 俺の今の性格は「水之世」ダンジョンでのレイン様、ウィルター様、シズカ様との稽古で五年間かけて、作られた性格だ。

 そうそう変われない。


 適度に〈水蒸気探知〉を使って、洞窟内の状況を確認する。

 ブルズエル達は外から順調に盗賊を倒している。


 俺達も盗賊を氷漬けにしながら、出口の方へ進んでいく。

 この洞窟は蟻の巣のように道が入り組んでいるが、このまま進んでいけば、すぐに合流するだろう。




 「な、な、なんだこれは?!!」


 ブルズエルの叫び声が洞窟内に響く。


 俺が氷漬けにした盗賊を見たからだろう。

 遅れて他の冒険者も驚きの声を上げる。


 「ブルズエルさん、お疲れ様です」

 「いや、お疲れじゃねぇだろ?!なんだこれ!!」

 「見ての通り、盗賊の氷漬けです」


 ブルズエルのつっこみに、俺は当たり前の様子で答える。


 「こ、氷漬けって…………そんなことが可能なのか?」

 「見ての通り可能ですよ、ブルズエルさん。ほら…前にバンさんがアイスウルフに噛みつかれたときに、腕の低体温症を治したことがありますよね?あの時は腕の体温を上げましたけど、こっちは逆に体温を凍結させました」

 「お、俺の腕をミナトが治してくれた奴か」


 バンはミナトに低体温症から治してくれた左腕を擦る。

 人の体温を弄くるなんて……やっぱりミナトはとんでもないとブルズエルもバンも、そう思うのだった。


 しかし一人だけミナトの言葉に対して、思考する者がいた。


 「”他に影響を与える”魔法…………ですか」


 顎に手をあて、何か考え込むミル。

 そんな主人のミルを見て、護衛のクラルが声を掛ける。


 「ミル様!ご無事で何よりです」

 「ええ、私は何事もありませんでしたよ」


 クラルはミルに会ったことを、ずっと会えなかった飼い主に会えた飼い犬のように喜ぶ。


 わざと盗賊に捕まって、洞窟のアジトに潜入する作戦はミルが発案者だが、潜入する役目が俺とクラルであると知らされたときは猛反発した。

 護衛が主人から離れるわけにはいかないと。


 結局、ミルの説得で引き受けた。


 ………ちなみに俺とクラルが選ばれた理由は、クラルは女だから盗賊が食いつきやすいからであり、俺は見た目が一番弱そうだからであるらしい。

 許せん。


 「私自身は貴方が無事で何よりです。ごめんなさい、そもそも私が貴方にあんな役割を与えてしまったのに。彼らに酷い目にあわされていないか、気が気ではありませんでした。」

 「お気になさらないでください。この役割を与えられた時から、こう言うことをされる事は予想していました。それに盗賊どもならアジトの中に入って、すぐに切り刻みました」


 ミルの謝罪に対して、当のクラルは謝る必要はないと、あっけらかんとした風に言う。


 「………そうですか」


 ミルはやはりそれに関しては申し訳なく思ったのか…声の調子を下げる。

 そしてなぜか俺に向いて、頭を下げる。


 「ミナトさん、クラルを守ってくれてありがとうございます」

 「「え?」」


 突然のお礼に俺だけでなく、クラルも異口同音で疑問の声を上げる。


 「最初クラルが盗賊に捕まる際に……その…不埒な事をされていましたよね?その際に、止めに入った…そのお礼ですよ」


 不埒な事というのは盗賊がクラルの胸を………鷲掴みにしたやつか。

 あの時、俺は瞬間的に胸を触っている男の金的を蹴り上げたんだよな。


 なんでそんな事を俺がしてしまったのか、未だに分からない。

 金的を蹴った男に頭を踏みつけられた時も無言で自問自答していた。

 明確な答えは見つからなかったけど。


 ただ……クラルが胸を触られて、嫌な顔をしたのを見たとき、俺は凄く……………不快な気分になったんだ。


 「あ…それですか。別に大したことじゃないですよ」

 「その通り、本当に大したことじゃないぞ。お前が盗賊に手を出しかけたせいで、アジトの潜入が台無しになるところだったぞ」

 「仕方ねぇだよ………あれは条件反射で動いちまったんだから」

 「………なんだそれは」


 俺とクラルのやり取りに、ミルは周囲に気づかれない範囲でクスリと笑う。




 「なぁ…ミナト。この氷漬けになった盗賊は死んでんのか?」


 ブルズエルはクラルと同じように、氷の彫刻になっている盗賊を手で触りながら、そう質問してきた。


 「いいえ、生きてますよ。仮死状態で」

 「カシ……ジョ?よく分からんが、生きてるのか。これで?」

 「正確には、半分は死んでますけどね。まぁ…こいつ等のような下劣な奴にはこれがお似合いですけどね。捕虜の人たちを洞窟の外まで保護したら、解凍しますよ」

 「そうか。………そうだな、お前には…まだ人殺しは早いな」

 「………」


 幼い子を見るような視線で、ブルズエルは俺を見てきた。


 そんな目で見るなよ。

 俺は単純に、盗賊たちが女性たちにやってきたことを知って、ムカついて氷漬けにしただけだ。

 決して、人を殺したくないって立派な理由じゃない………。


 でも心の中では気づいていた。

 

 ブルズエルは人を殺すときは人の姿をした魔物だって、割り切っているらしいが、俺にはまだできない。

 そんな一線を越えるような覚悟が俺には………まだ無い。









 その後は〈水蒸気探知〉を使って、盗賊をブルズエル達が殺すか、俺が氷漬けにするかの二択をしていった。


 ブルズエル曰く、ここの盗賊は甘く見積もってもDランクか下位レベルのCランク冒険者程度の強さしかないとのこと。

 しかも明確なリーダーもいなく、全く統率が取れていないので、倒しやすいとのこと。


 そう言えば、盗賊のリーダーはどこにいるんだろう?

 てっきりアジト内にいるものかと。




 これは氷漬けにした盗賊を解凍したのちに尋問して分かったことだが、ここの盗賊のリーダーは洞窟内にしっかりといた。

 女性が拘束されていた部屋に。


 リーダーは流石はここの下劣な盗賊のお頭らしく、クラルがその部屋に運ばれるまで拘束された女を相手に弄んでいたのだ。


 そして二ナや他の女性たちに、盗賊たちがしていた仕打ちを確認したクラルが激高し、得意の〈風刃〉を大量に放ち、リーダーを含めて部屋内にいた盗賊を一網打尽にしたのだ。

 クラルもその時のことを思い出して、確かに一人強そうなのがいたが、全く問題ではなかったと言っていた。

 

 これも後でわかったことだが、盗賊のリーダーは元Cランク冒険者で上位の実力者だったそうだ。

 

 ブルズエル達から聞くところだと、冒険者が盗賊になる場合が多く、だからこそ盗賊の存在が確認もしくは可能性があるときは高ランクの冒険者が派遣されるそうだ。


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