第34話 氷漬けの刑
俺がたどり着いた部屋にはいろんな状況が複雑に置かれていた。
鬼の血相のクラル。
至る所に切り傷がある盗賊の死体。
そして………ほぼ何も身につけていない状態で拘束されている女性達。
彼女達はさっき俺が運ばれてきた部屋の檻に入れてあった人とは違って、極端に痩せ細ってはいないが、体中に痣や引っ叩いたような傷跡がある。
白い肌を晒しているのに女性達の顔に正気の色が感じ取れない。
……なるほど。
ここ部屋には〈水蒸気探知〉で測った限り、この洞窟にある多くの部屋の中でも最も奥にある部屋だ。この部屋だけ、他の部屋とはかなり遠くに位置している。
恐らくこの部屋で行われることに対する、防音目的だろう。
盗賊達がここで捕まえた女性達を弄ぶために。
ミルやブルズエルから盗賊に捕まった女性はこういう扱いを受ける場合が多いと聞いたが、これは酷い。
まさか本当だったとは。
俺は心のどこかで人がそんな酷いことをするわけはないと考えていたのかもしれない。
浅はかだった。
俺は拘束されている女性達を見ないように、クラルに尋ねる。
「ここで何があった、クラル?」
「……すまない。ここに運ばれてから、コイツらの行いに少々腹が立って……その場で切り刻んだ」
「殺したのか?」
「ああ…」
クラルの気持ちは分かる。
自身と同じ性別のものがこんな扱いを受けていると知ったら激昂するだろう。
それにしても……かつて幼馴染であった者は普通に殺しを実行できるんだな。
マカから出発する馬車でブルズエルに初めての人殺しの大変さを聞いたけど、クラルのその大変さを乗り越えたのだろうか?
いや…考えてみれば、護衛なのに人殺しが出来ませんじゃ話にならないな。
けれど…なんと言うか……俺とクラルには太い線が敷かれている…そんな感覚に陥る。
「俺が連れられた場所にも捕まってた人がいてな。その人達は俺の魔法で守ってある。その後は魔法で探査したが、ここ以外に捕まっている人はいない」
「探知…………先程感じた違和感のことか」
「分かるのか?」
「確信があるわけでは無かったが、盗賊どもを魔法で切り刻んでいた時に、誰かに監視されているような感覚を持った。あれはミナトの探知魔法だったか」
これは凄い。
何が凄いかというと、俺は〈水蒸気探知〉で周囲を探る際は俺を中心に微細な魔力を円状に放出して、それによって広範囲を探知している。
何故微細な魔力かというと、魔力を感知できる魔物や人などに〈水蒸気探知〉を悟られたくないからだ。
それは俺が微細な魔力すらも、しっかりと感知できるからこそ行える芸当だ。
しかし裏を返せば、俺以上に魔力を感知するのに長けた者ならば、逆に魔力を放っている俺を探知できると言うことだ。
クラルは違和感だけ感じたらしいが、これは〈水蒸気探知〉による微細な魔力を少しでも感知できると言うことだ。
前にチラッと聞いたが、クラルがここまでの魔法を力量を身につけるのに誰の教えも受けず、ほぼ独学で学んだという。
俺がここまで魔力を感知するのに、レイン様などアクアライド家の歴代当主達の四六時中の教えと指導のおかげだ。
でも彼女は一人で。
薄々思っていたが、クラルは"天才"だ。
…………俺とは違って。
心の中で少し嫉妬しているなど、つゆ知らず…クラルは俺に尋ねる。
「ミナト、ここに捕まっている人達の拘束具を壊せるか?私の〈風刃〉では威力が上手く調整できない」
「…………分かった」
今は嫉妬している場合じゃ無いな。
拘束された女性達に目を向け、彼女たちの身体を傷つけないように拘束具に〈水流斬〉を放つ。
全員の拘束が解かれ、自由の身になっても彼女たちは弄ばれ、衰弱しているからなのか起き上がろうとはしない。
ひたすら盗賊達に腹が立つ。
「こっちだ、ミナト。こっちにもいる」
全員の拘束を解いたと思ったら、クラルが部屋の隅の方を指さす。
そこには………薄汚れた俺達より小さい少女がいた。
近づいてみると、その子は肩ほどある黒髪の少女だった。
この子は…………まさかニナって子か?
昨夜、村のシルハの母親であるソーフから聞いたニナという一週間前に行方不明になった十三歳の少女と特徴が一致する。
半年前に父親と兄を失い、塞ぎ込んだシルハを元気づけてくれた子。
俺は同様に〈水流斬〉を放ち、彼女を縛っている縄を斬る。
それを見たクラルはニナに駆け寄る。俺も彼女の状態を確かめる。
気は失っている。
息はしっかりあるし、痩せてはいるが、命に別状は無さそうだ。
状態としては、俺が運ばれた檻の中の捕まっていた男達に似ていた。
ここで拘束具で捕まっている女性達とは違い、ニナという子は盗賊達に弄ばれたのではなく、ただ捕まってここに入れられているだけと思われる。
それだけでも一安心か。
しかし何だろう…………盗賊に対するイライラが止まらない。
「この子………シルハが懐いていたというニナっていう子だろう?大丈夫なのか?」
「ああ、大丈夫だ。だが、捕まってから碌に食べ物を与えられなかったのだろう。…………ちっ!!クソどもが!!」
クラルが大きく悪態をつく。
そうか……クラルはここで女性達が盗賊から受けた仕打ちだけで無く、ボロボロのニナを見て、激情したのか。
実はニナの話は今日の朝、盗賊達のアジトで徒歩で向かう途中でクラルはミルから聞かされていたのだ。そこでニナは必ず助け出すとも、言っていた。
きっとクラルは、自身に懐いてくれたシルハを元気づけていたニナという子と自分を重ねたのでは無かろうか。
クラルは着ている白いローブを脱いで、ニナに着せてやる。
「こことは別に捕虜にされている人はミナトが魔法で守っているんだったな?」
「ああ、ここの人達にも魔法で守る。〈氷壁〉」
俺はテッド達に施したものと同様に、氷の壁で拘束されていた女性達を囲った。
クラルは氷の壁を見て、目を見張る。
「これは……氷か?」
「そうだ。俺の〈水流斬〉でも簡単には斬れないぞ」
「お前の……あの水の斬撃でもか。相変わらずとんでもないな。だが、助かる。…………よし、捕虜は保護した。ここからは後はアジト内の撹乱だ。ミナト、合図を送ってくれ。原理は分からんが、あの[通信氷]とやらに」
「了解だ」
了承した俺は盗賊達に捕まる前に、ブルズエルに渡した[通信氷]から俺との間に引かれている魔力の線を伝って、合図を送る。
[通信氷]…それは一見すれば、小石サイズの小さな氷。
しかし[通信氷]と俺には詳しい説明は省くが、見えない魔力で作られた線で繋がっており、その線を通して、合図を送れる。
これは魔術の一つ。
今頃、ブルズエルが持っている[通信氷]は激しく振動しているはずだ。
それが振動したら、盗賊のアジト内の捕虜は全員保護したという合図であり、ブルズエル達がアジトに突入する合図でもある。
さぁ…ここからは外のブルズエル達と、内の俺達との挟み攻撃だ。
洞窟の外では、ブルズエル達が[通信氷]の振動を感知して、奇襲を開始していた頃。
洞窟の中では、ミナトによる"氷漬けの刑"が執行されていた。
「何だ?!あ……ああぁぁ??!!!」
盗賊の一人が悲鳴を上げながら、文字通り氷漬けになる。
〈氷壁〉で体の周りを囲うのではなく、体の中の水分子が一つ残らず、六角形へと形を成す。
見る見るうちに氷漬けされた盗賊の彫刻の出来上がりだ。
ふぅ…甘かった。
コイツらのような下郎に、鳩尾を拳で叩き込むのは甘かった。
だからコイツらには氷漬けがお似合いだ。
「何て…恐ろしい。これでは風で切り刻まれた方がマジでは無いのか?」
「いや…死んで無いし。切り刻まれるよりも、こっちの方がマシだろ」
クラルは氷漬けにされた盗賊を見て、少しばかり戦慄する。
俺の言葉を聞いた彼女は、実際に氷の彫刻に触れてみる。
「死んでいない?これが…か?」
「氷の中では仮死状態になっているらしい」
「カシジョウタイ?」
「生きている状態と死んでいる状態の中間あたり」
「な、なるほど」
クラルが首を傾げながらも納得する姿勢を見せる。
言うて、俺もよく理解しているわけじゃ無いんだよな。さっきのはウィルター様の受け売りだ。
俺達が氷の彫刻を見ていると、後ろから駆け足の音が聞こえる。
「お、お前ら何してんだ?!………つうか、お前ら今日捕まえた奴らじゃねぇか!」
俺達を発見した盗賊は即座に腰の剣を抜き、切り掛かる。
それを俺は左腕で受け止める。
ガキンッ!
「な?!腕が硬い!」
硬質な音と共に、盗賊の剣の振り下ろしは俺の左腕によって止まる。
驚く盗賊を他所に、俺は盗賊の身体に右手で触る。
そして手から盗賊の身体に向かって魔力を送り込む。
「〈フロスト〉」
俺が盗賊に触れている手を中心に、盗賊の身体の中にある水分子が六角形になり、凍結していく。
ただの凍結ではなく、俺が発生させる水分子以外による他の水分子の凍結。
盗賊の氷漬け彫刻二体目、いっちょ上がり。
「六角形の味はどうだ?」
勿論、回答はない。
氷の彫刻になった事を確認した俺は次の獲物を探す。
全員氷漬けにしてやるよ。
「………」
二体目の氷の彫刻を一瞥したクラルはもう何も言うことはなかった。
ただ短い付き合いだが、今のミナトが静かに怒っていることは分かった。
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