第33話 水蒸気探知



 俺は両手両足を縛られた状態で盗賊達に担がれ、洞窟の中に連れられた。


 洞窟の位置は道から外れて、徒歩二十分ほどの距離にあった。

 連れてこられた洞窟の中は想像していたよりも大きく、いくつも分かれた道があった。


 俺とクラルの二人が連れてこられたわけだが、男からなのか…俺は途中でクラルとは別の場所に運ばれた。

 そこは異臭が漂う暗くて狭い小部屋のような場所だった。


 中には、なんと数人の人がいた。

 だが、全員がボロい服を着せられ、かなり痩せ細っていた。

 医者では無いが、素人目でも息が絶え絶えで今にも死にそうな見た目である。


 恐らくこの人はギルド長が盗賊掃討に出発する前に、一ヶ月前に行方不明になった商隊と護衛の冒険者だな。

 もしくはその前に行方不明になった人達か。


 数はざっと十人ほど。

 捕まるふりをして、洞窟のアジトに潜入した後は盗賊に気づかれずに他に捕まった人を発見し、保護する計画だが、手間が省けた。


 捕まっている人がいる洞窟の部屋には簡易的な檻が作られており、俺を運んでいた盗賊は檻の扉を開け、俺を部屋に投げ入れる。

 それによって檻の中にいる何人かの人が頭を上げる。


 その人達の顔は無情だった。


 また新入りが来たのかって表情だ。

 頭を上げていた人はまた頭を下ろす。ここにいる人は新入りを気に掛ける元気すら無いのか。


 「よし、これでいいだろ」


 俺を運んだ盗賊はそう言って、檻の部屋から離れていった。

 

 あれ?てっきり身ぐるみでも剥ぐのかと思ったが。

 俺を檻の中に収容して、消えていったぞ。


 まぁ…盗賊がここから離れてくれるなら、それはそれで好都合。

 俺は首を動かし、俺以外に捕まっている人に声を掛けた。


 「なぁ…あんた達、盗賊に捕まった人ですか?」


 俺の声を受けて、一人が反応する。


 捕まった人の中で俺の一番近くにいる人だ。

 歳は二十代ぐらいか。


 「…………君も……捕まった……のか?」


 何日も飲まず食わずだったのか、声がかすれている。


 「ええ、捕まりました」

 「…………そうか………運がないな。僕は………ずっと前に捕まってから、ろ……くに、食べていな、くて」

 「ずっと前………一ヶ月前に行方不明になった商隊と護衛の冒険者の事ですか?」

 「ああ……それは僕達、の……ことだ。僕……は、冒険者の、テッド」


 ビンゴだ。

 やはり一ヶ月前に行方不明になった商隊と護衛の冒険者は盗賊に捕まっていたんだ。


 ならば、彼らを保護すれば良い。

 しかしクラルは俺とは別の場所に連れて行かれた。ならばここ以外に他に捕まった人はいるんじゃ無いか。


 「テッドさん、他に捕まっている人はいますか?」

 「…………いる……男、は……全員ここに。…………でも……女性は…ミティは……別の部屋に」

 「別の部屋?」

 「…………あいつらが……女、性を…楽しむ、部屋、だ。……………多分、今頃………ミティは…………あいつらに……酷い、目に!…………う……うう…………」


 テッドは言いながら、顔を悔しそうにゆがめる。

 察するに、そのミティという人はテッドと親しい女性なのだろう。

 

 その人が今まさに盗賊達によって、下劣な事をされていると思って、彼は悔し涙を流す。

 あの盗賊達は品性の無い奴らだから。

 恐らくクラルもそういう場所に連れて行かれたのだろう。


 …………なんか腹立つ。


 俺はテッドに優しく言う。


 「大丈夫ですよ。俺はあなたたちを助けに来ました」

 「……?……君は……何を…………言って」


 言っている意味が分からず、テッドが問い返した時。


 ガッガッガッ。

 誰かがこちらに来る足音を聞き取る。


 俺とテッドは黙り込み、檻の外を見ていると、来たのは俺が金的を蹴った男だった。

 手には何やら大きな棒を持っている。


 「さっきぶりだな。あん時はよくも俺のここを蹴り上げやがって。今も痛ってぇんだぞ!」


 男は股間を押さえながら、檻を開けてきて、俺の所に寄ってきた。

 目は憤怒に染められている。


 「まだ虫の収まりがきかねぇ。気が済むまで殴ってやらぁ!!」


 さっきは俺の頭を何度も踏んづけていたが、それで満足しなかったのか。

 俺は両腕と両足を縛られているため、男は俺が反撃できないと思っただろう。

 持っていた棒を俺の頭や腹に叩きつける。


 「………お、おい…………止めて、やって……くれ、よ」

 「うるせぇ!黙ってろ!」


 テッドが殴られている俺を見て、止めて欲しいと嘆願する。

 優しい人なんだな。


 一応言うが、全く痛くない。

 だが、身動きが取れない俺に対して、何度も攻撃をする男の顔は喜悦に満ちている。

 ……………ふん、下劣な奴だ。


 もう良いだろう。

 そろそろ反撃するとしようか。


 ある程度俺を殴った男は息切れを起こす。

 そして俺の羽織っているマントに目が向く。


 「はぁ…はぁ…はぁ…それにしても良いマントだな。どうせお前はこの後、身ぐるみ剥がれるんだ。俺が貰っても…………」


 なんと男が俺のマントに触れた。

 てめぇ………もう容赦はしねぇぞ。


 「シズカ様のマントに汚い手で触ってんじゃねぇ!!〈水流斬〉」


 水の斬撃で両腕と両足を縛っている縄を斬る。

 そのまま俺は男の股間を思いっきり蹴り上げる。


 「ぐぎゃ?!がっ?!」


 油断したな。

 連れていかれる時に腰にあったナイフは地面に投げ捨て、盗賊に回収されたが、俺は魔法使い。

 武器なんて、自信の魔力で作れる。


 本日二度目の金的蹴りに男は聞いたことのない悲鳴を上げた。

 男の悲鳴で誰かが来るのを避けるために、金的蹴りをした即座に鳩尾に拳を叩き込み、ノックアウトされる。

 男は白目を剥き、倒れる。


 それを確認した俺は肩をポキポキと鳴らす。

 ふぅ…やっぱり弱いふりをするのは精神的にくるな。


 「な?!……き、みは…どうやって?」


 テッドが俺の行動に驚く。

 俺が殴られるのを止めるように言ったと思ったら、急に縄が斬れて、俺が盗賊を昏睡させた一連の流れが理解できなかったのだろう。


 しかし、今は詳しく説明している暇は無い。

 俺はテッドに言う。


 「見ての通り、俺はあなた方を助けに来た冒険者です。訳あって、盗賊に敢えて捕まることでアジトに侵入しました。あなた達を保護します」

 「!………じゃ、じゃあ…………僕達、は……助かるの、か?」

 「ええ、俺は助けます。まずはあなた達の保護ですね。〈氷壁〉」


 俺はテッドや他の捕まっている人を囲って守るように氷の壁を生成する。

 後ついでに、二度の金的蹴りで昏睡している奴も氷の壁で囲う。


 この壁は水分子で構成された六角形の氷を使って、作られた半透明な壁だ。

 厚さは二十センチほどの縦二メートル、横一メートルの氷のプレートはまさに鉄壁。

 これは仲間を守る盾であると同時に、敵を閉じ込める檻でもあるのだ。


 自慢だが、俺は斬撃以外にも氷の固さにも自信があるのだ。

 並大抵の攻撃では壊せない。

 それはさっき実証済みだ。


 「こ、これ…は?!」

 「…………な……んだ?」

 「透明…………な、か、べ?」


 氷で捕まっている人全員を囲ったので、流石に異変に気づく。

 俺は彼らに伝える。


 「これは俺が生成した氷の壁です。暫くここで待機してください。少ししたら、俺の仲間の冒険者がこのアジトに突入します」


 それを聞いた彼らは最初は疑心暗鬼の顔をしたが、それでも徐々に希望を持った顔になり始める。

 口々に…た、助かるのか?と言っていた。

 全員助ける。


 俺は他に捕まっている人を助けるために、この部屋から出ようとすると、


 「あ、ありが……とう。た、たのむ…………ミティ、をた……すけて、くれ」


 テッドがそう呼びかける。


 「分かりました。助けますよ」

 「ほ、本当………にあり、が……とう」


 懇願するテッドにそう返すと、彼は涙を流した。


 俺は捕まった人が収容されていた洞窟の小部屋から出る。


 さて、他に捕まっている人……それに他の盗賊達はどこにいるんだ?

 ここに運ばれていくとき、多くの分かれ道を経由したので、この洞窟がかなり入り組んでいるのは知っている。


 俺はこの洞窟全体の地形と人の位置を知るために、探知魔法を発動した。


 「〈水蒸気探知〉」


 それは俺が最初の冒険者になったときにスイートビーの蜂蜜採取の依頼の際に、巣の場所を探査するために使った探知魔法。

 物体の気体・液体・固体の三状態の内、水の気体を用いたものだ。


 この世には水分子がたくさん存在する。


 しかしそれは、液体の水や固体の氷ばかりでは無い。

 俺の周りにある空気中には目に見えないほどの大量の水分子が存在する。

 肉眼では捉えられないレベルで水分子一個単位が無数に動き回っている。

 この周囲の空間に。


 〈水蒸気探知〉は俺の身体から薄くて微細な魔力の波動を発生させて、空気中にある水分子を感じ取り、周囲を探索する魔法である。


 意識を研ぎ澄ませ、感じ取る水分子から分かるのは地形だけで無い。

 水分子の振動具合から熱も感じられる。


 そして熱の量から人などの生物の位置まで具体的に把握できる。

 今の俺なら、半径二キロが探索できる。


 そして感じ取る。

 この洞窟の明確な地形、そして人の数と配置。

 

 洞窟の所々にいる盗賊、でも…ある部屋に多くの人間の反応を感じ取った。

 二十人以上がいるぞ。


 その中には、知っている人の反応も、


 「クラルはあっちか」


 この特徴的な水分子の反応具合、間違いなくクラルだ。

 水分子の反応は人によって、千差万別なのだ。

 

 けれど、何か様子が変だな。

 〈水蒸気探知〉で感じ取れる、クラルがいる多くの人間がいる部屋の反応はどう言うわけだか殺伐としている。


 これは…………クラルが魔法を放っている。

 どうなってんだ?


 俺はクラルと合流するために、その部屋を目指す。

 急ぎつつも音を立てないよう、慎重に。


 〈水蒸気探知〉で感じ取った洞窟内の地形はあらかた覚えている。


 「………ん?誰だ、ぐわっ?!」


 途中で何人かの盗賊と遭遇したが、速攻で鳩尾に拳を叩き込み、〈氷壁〉で囲った。

 そうして目指した部屋には、


 「何だこれは……」


 地獄絵図が広がっていた。


 恐らくクラルの風魔法でやられたのだろう。

 切り刻まれた盗賊の死体が何人も転がっていた。


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