第32話 捕虜作戦



 アルアダ山地の少し入り組んだ地形に沿うように作られた道は、砂利が少々ありつつ、一応馬車一台分が通れるぐらい大きさである。


 現れる魔物や動物も弱いものばかりで、戦いの心得が少しでもある旅人や冒険者を護衛に連れている商人が通行する分にはさほど問題ない。

 盗賊が住み着いていることを除いて。


 そんな道に一人の男と一人の女が通りかかっていた。


 


 「ん、あれは?」

 「おい、どうした?」

 「向かうから誰かが来たぞ、二人。身なりは悪くない」

 「マジか…久しぶりのまともな獲物だな。絶対に逃がさねぇぞ」


 道のすぐ横の木や高草に身を隠し、獲物を狙っていた盗賊が二人の存在に気づく。

 大きめの荷物は持っていなく、軽装であるため旅人だろうか。

 

 二人の内、片方の男は黒髪の少年であり、白いマントを着ている。


 着ている者はごく普通の者であるが、マントに関しては汚れ一つ無い純白の色合いから、恐らく上物であることが遠目で確認できる。

 片方の肩に紐を掛ける皮袋やポーチを携帯している。

 

 もう一方の女の方は白いローブを着た長身の女性だ。


 隣の男より背の高い女の着ているローブの下から鉄靴のブーツが見え、手には鉄甲がはめられており、騎士然とした格好である。

 歩く姿一つとっても整然としており、ただ者ではない気配を感じる。


 腰の剣から男の護衛か何かか?

 そう思い、女の顔を見ると、息をのむ。


 女は肩の長さまである黒い髪に紅蓮の眼を持っていた。

 凜とした顔と視線はまるで剣を思わせるように鋭く、美しかった。


 偵察をしていた盗賊の中で、最も視力の良い男は女の余りの美麗な顔に暫く眼惚れてしまった。

 だが、我に返った男はすぐ仲間に二人の特徴を伝える。


 「なるほど。装備からその男は冒険者か旅人で、女も冒険者かその護衛と」

 「へい。しかし男の方は強そうには見えないので、恐らく旅人の方でしょう」

 「よし分かった。なら…警戒すべきは女の方か」

 「でもよ…こっちには十五人もいるんだぜ。女が出来そうつっても数で押せば問題ないだろ」

 「だな……男の方は身ぐるみ剥いで、奴隷にして売りつけるとして、女の方は俺達で楽しもうぜ」

 「くっくっく……ああ、ずっと前に捕らえた女は消耗が激しくて、もう使い物にならないしな。そろそろ新品のを欲しかったところだ」


 盗賊達が吐き気を催す会話しているとはつゆ知らず、二人は盗賊達が待ち受けるポイントに近づくようにゆっくり歩く。


 そして丁度二人は盗賊達が潜むすぐそばを通り過ぎたときだった。


 「そこの二人止まれ!!」


 見張りに付いている盗賊の中でも、一際大きいリーダー的なポジションの男が茂みから姿を出して、二人を止める。


 それを機に他の仲間達も現れる。

 既に二人の周りには仲間を配置し、挟み撃ちするような形になっている。

 これで逃げられない。


 ほお………聞いた通りで、女の方は良い身体と顔をしてるな。

 これは今日の夜が楽しみだ。男は騎士風の女を上から下まで見て、舌なめずりをする。


 さぁ…コイツらはどう出る?

 男は二人の反応を伺っていると、


 「なぁ…こういう時って降参の印として、手ぇ上げてれば良いのか?」

 「お前と言う奴は……もう少し自然に演じろ。少しだけでも抵抗する姿勢を見せなければ、逆に怪しまれる」

 「はぁ?抵抗って……三人ぐらい水で斬って倒せば良いのか?」

 「馬鹿か?倒したら警戒されるだろ。………ああ、お前は何もするな。私の後ろに隠れて、怯えたふりでもしていろ」

 「な?!誰が後ろに!」


 ああん?!何だ……二人の会話の意味が分からねぇ。


 囲まれているのに焦った様子は無い。むしろ面倒くさそうな表情を作っている。

 二人に声を掛けた男は一番近くにいるので、二人の会話の内容が聞こえてくる。

 聞き取れても、内容自体に理解が出来ない。


 訳が分からんと思った男だが、取り敢えず常套手段の恫喝をとる。


 「武器を捨てろ!!てめぇらは囲まれてる!無駄な抵抗なんてすんじゃねぇぞ。言うとおりにすれば、悪いようにはしねぇよ」


 これは勿論嘘である。

 こう言っとけば、相手が不利と感じたときにスムーズに降伏するからだ。


 「はいはい、抵抗はしないって。後、武器は持ってない。……………ごめん、嘘。ナイフ持ってたわ。ほい、捨てたぞ」

 「っ?!お前はさっさと後ろに隠れてろ…………………抵抗など断る!!」


 マントを羽織った男は武器を持っていないアピールで両手を見せたが、腰にあるナイフに気づき、地面に放り投げる。

 そんな行動に騎士風の女は一瞬呆れた顔をするが、すぐに抵抗の意思として剣を構え始める。

 

 マントの男の行動には違和感を覚えたが、騎士風の女の方に対応する。

 

 「ちっ!抵抗するか。おい!一斉にかかれ、女は傷物にするなよ!!」


 仲間に合図を出し、女に集中攻撃をするよう指示を出す。

 二人を囲っていた仲間は武器である剣を抜き取り、女に攻撃を開始する。


 「ぐっ?!うっ?!ぐう!!」

 「よ、名演技」


 騎士風の女は見た目通り、なかなか強かった。


 マントを羽織った男を背中で守りながら、仲間から攻撃を全て剣で防ぐ。

 苦戦しながらも徹底して防御態勢をとる。

 そんな女に対して、何故か名演技と言って煽るマントを羽織った男。


 暫くは均衡が続き、剣戟の音が鳴り響いた。

 だが、騎士風の女側はジリ貧だった。


 「あっ?!しまった!!」


 カラン……。

 仲間の一人の剣による切り上げで、騎士風の女の剣が手からこぼれ落ちる。


 好機を逃さないとばかりに仲間は数人がかりで騎士風の女を取り押さえ、地面に組み伏せる。

 そして両手を縄で縛る。

 勝負あったな。


 マントを羽織った男の方は…………そもそも抵抗の素振りすらせず、戦いが始まって女の剣が弾かれた時も始終棒立ちだった。

 だから男の両手を縛り、拘束するのは流れ作業であった。


 「は、放せ!!」


 騎士風の女は両手の手首を縛っても暴れるので、両腕を縄でさらに巻く。

 少し経ったら漸く大人しくなった。

 それでも周囲にいる仲間達を睨んでいる。

 

 いいね、いいね。

 ここまで気丈だと、楽しみも増すってもんよ。


 「そこまで演じる必要あるのか?」


 ちなみにマントを羽織った男は心底怠そうな表情を作って、欠伸をしている。

 コイツ…捕まった自覚はあるのか?

 まぁ…いい。


 「よし、お前ら。この二人はアジトに連れ帰るぞ」

 「へい!………けどこの女、凄ぇ美人ですね。もういっそのこと、ここで楽しみましょうよ」

 「駄目だ駄目だ!ボスにどやされる。楽しむのはアジトに戻った後だ」

 「はぁ…………へーい。でも、これぐらいなら良いですよね?」

 

 仲間の一人は騎士風の女の容姿を見て、我慢できなかったのか。

 そう言って、女の身体に対し、感触を確かめるように舐め回すように触り、仕舞いには胸の部分を鷲掴みにする。


 「くっ?!」


 女は嫌悪感を醸し出した様子で顔を歪めた後、屈辱からなのか顔を横にそらす。

 その様子を下劣な顔でニタリと笑う仲間。


 ふぅ……俺の仲間は欲望に忠実で困るぜ。

 そう思った瞬間だった。


 ダンッ!


 「ぼげぇ??!!!」


 騎士風の女の身体を触っていた仲間が、マントを羽織った男に金的を蹴られ、悶絶をする。


 本当に一瞬だった。

 両手を縛られて仲間に拘束されていたのに、気づいたら騎士風の女のところに移動していた。

 助けれた女の方も驚き、マントを羽織った男を見ていた。


 マントを羽織った男の顔は不快な色に染まっていた。


 戦いでは女のことを何やら煽っていたが、やはり護衛の女の子の事が心配なのか?


 いや…それどころじゃねぇな。

 マントを羽織った男をすぐに取り押さえ、地面に倒れ伏せる。男は対して抵抗しなかった。

 いきなり仲間を攻撃したのは何だったんだ。

 

 今度は両足も縄で縛る。

 これで大丈夫なはずだ。


 「たく!痛ってぇなぁ?!………この!この!この!」

 

 すると、金的を蹴られて悶絶していた仲間が股間を押さえながら拘束された男に近寄る。

 そして鬱憤を晴らすように地面に横倒しになっている男の頭を何度も踏みつける。


 「………」


 しかし頭を踏みつけられているのに、痛みを感じないかのように男は無言だった。

 暫し、仲間はマントを羽織った男を蹴りつけていたが、男も女ももう暴れる様子もないので、二人を担いでさっさとアジトに連れていくことにした。

 

 こうして今日は獲物を二匹得ることに成功した。









 二人が盗賊達に連れて行かれるのを、望遠鏡で確認したブルズエル達も動き出す。


 「よし、ミナトとクラルさんは盗賊が本拠地にしている洞窟に連れて行かれた。俺達も距離を保ちながら追うぞ」

 

 ブルズエルの指示に冒険者組も動き出す。

 ここまで作戦通りだ。


 盗賊達の注意は捕まっているミナトとクラルに集中している。

 後を追うなら、今がチャンスだ。


 連れて行かれた二人なら、自力で拘束から逃れ、他の捕虜を保護した上で盗賊のアジト内を撹乱してくれるだろう。


 ブルズエル達は短い付き合いだが、ミナトの実力は信用していた。

 クラルも旋風という異名を持つAランク冒険者。

 まぁ…大丈夫だろう。


 「にしてもクラルさん、演技力高いな。格下の盗賊相手にあたかも苦戦をしているように動いてたな。ミナトに関しては演技する気が無くて、ヒヤヒヤしたが」

 「だな。………でもよ、ミナトの奴…途中で盗賊の一人、クラルさんにちょっかい掛けてた野郎を蹴飛ばしたんだが、急にどうしたんだ?」


 ブルズエル達が盗賊達を静かに追跡している中、「五枚刃」の剣士レッカと斥候バンが小さい声で談笑する。

 洞窟の詳しい場所を把握しているのは、この中で斥候のバンだけなので、彼は集団の前の方にいる。バンと仲の良いレッカも。


 バンは盗賊にばれないように、メンバーを先導しながら先程のミナトを思い出す。


 今回のメンバー内で一番目の良いバン…と言うか視力を含め五感が常人よりも優れている斥候はその時のミナトの表情も確認できた。

 盗賊達に囲まれ、使っている時もやる気のない表情だったのに盗賊の一人がクラルに不埒な事をした際に明確に顔を不快なものにして、その盗賊を蹴飛ばしたのだ。

 

 あれは一体……。

 まさか、


 「妬いた…とか?」

 「バン?なんか言ったか?」

 「いや…ただの独り言だ」


 レッカの問いに、バンは疑問が残るもなんでも無いと答える。


 「………」


 その二人の会話を後ろで、こっそり聞いていたミルは無言だった。









 盗賊達を陰ながら追うこと二十分ほど。

 冒険者一行は遠目に盗賊のアジトである洞窟を認識した。


 「あれがバンの言っていた洞窟か。意外と大きいな」


 洞窟の外には見張りがおり、見張りにばれないように木や草むらに身を隠しながらブルズエルは合図が来るのを待つ。


 「本当に合図が来るのか?」


 ブルズエルは手に乗せられた半透明な石を見る。


 合図というのは今、ブルズエルの手の上にある氷で作られた小石だ。

 水魔法使いのミナト曰く、この小粒の氷が激しく振動するには、洞窟内で盗賊に捕まった人達を保護したという合図であり、同時にブルズエル達が外から洞窟を襲撃する合図でもある。


 離れたところから合図を送る水魔法……当然、ブルズエルは聞いたことないし、同じ魔法使いである「五枚刃」のノルウェルとノルトンも知らない。

 Aランク冒険者のミルも見たことの無い魔法と言っていた。 


 そもそも前にミナトは自身の扱う魔法のほぼ全てがオリジナル魔法と言っていたから、知るはず無いか。


 


 合図は思ったほど早めに来た。


 洞窟の入り口を遠目に見張ってから三十分ほどで氷が振動し出す。


 「ほ、本当に振動した?!」 


 ミナトのことを信じていないわけじゃ無かったが…どうしても聞いたことも無い魔法だったので、本当かどうか少しだけ疑っていたのだ。

 ブルズエルは仲間に戦闘になるぞと言い、突撃準備をする。


 「手はず通り、俺とウルドとエウガーが戦闘だ」

 「ああ」

 「おう、任せろ」


 突撃に際して、Bランク冒険者の剣士ブルズエル、盾使いウルド、剣士エウガーが先頭と言うことになった。


 「行くぞ!」

 

 全員の準備が整ったのを見たブルズエルは仲間達とアイコンタクトをとり、一斉に洞窟に向かって突撃を開始した。

 いきなり森から出てきたブルズエル達に対して、洞窟の外で見張りをしていた盗賊が驚く。

 

 「うわっ?!何だ?!…………ぐは!!」


 見張りは驚く暇を余り与えられること無く、ブルズエルの剣で喉を裂かれ、絶命する。

 ブルズエル達はその勢いのまま、洞窟に侵入し、見つけた盗賊を倒していく。

 

 「し、侵入者?!…………うっ!」

 「冒険者か?!畜生!…………がっ?!」

 「駄目だ!強すぎる!!…………ぐわ!」


 洞窟内にいた盗賊達ははっきり言ってブルズエル達の敵では無かった。

 ミナト達が捕まるふりをする現場を遠くで見ていたが、クラルと剣を合わせていた盗賊の動きはお世辞には拙く、冒険者で言えば、甘く見積もってDランク冒険者程度だ。


 そうして盗賊達をなぎ払いながら奥に進んでいくと、驚愕の光景に行き着く。


 「な、な、なんだこれは?!!」


 ブルズエルが今日一番の大声を上げる。 


 だが、仕方なかろう。

 目の前には”氷漬けにされた”盗賊の彫刻がいくつも並んでいたからだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る