第31話 錬金術と勾玉




 ザブン……。

 肩まで湯に浸かる。

 女性陣の参加で最後になってしまった。


 それに何故かは知らないが、クラルがシルハと風呂に上がった際に、クラルは俺の方を一回見た後、気まずそうに顔をそらした。

 一体何なんだ?


 暫く考えても答えが出てこないので、諦めることにする。


 泡の出る量もう少し多くするか。

 ついでにもっと浴槽を広く……ん?

 

 よくよく考えてみれば、〈泡風呂〉のサイズを大きくすれば、最初の女性陣全員を入れさせることが出来たな。

 〈泡風呂〉はこのサイズと言う固定概念に囚われてしまった。ウィルター様が初めて出して〈泡風呂〉がこれだったからな。


 これは良い教訓だ。


 ウィルター様は言っていた。

 固定概念こそ、魔法の天敵であると。

 それに囚われているから多くの魔法使いは自身のオリジナルを待てない。

 固定概念を取り払ってこそ、魔法の道が開けると。


 教訓を得たところで俺は、徐に首にかけてある小指の先ぐらいの小さな青い勾玉が紐で通された素朴な首飾りを見た。


 ウィルター様から選抜として貰ってからずっと肌身離さず首にかけている。

 勾玉の部分を指で摘んで魔力を流す。


 すると、俺の頭の中には勾玉に刻み込まれている無数の錬金術による魔法陣や魔術式が浮かび上がる。

 俺は五年間で習得したのは何も魔法や近接戦闘技術だけでは無い。

 

 錬金術の基礎だって学んだ。


 まず始めに、錬金術とは魔法を発現されたり、魔力を操作するための技術。

 複雑な魔法陣や魔術式を使用して、思い通りの魔法現象を引き起こすもの。


 簡単に言えば、魔法使い無しで魔法を発生されるための技術である。

 そうやって錬金術で魔法を発動する際に稼働する道具が錬金道具である。


 この勾玉がまさかそれ。

 これには魔法を発言する機能が備わっていると言う事だ。


 俺はあまり見た事が無いから詳しくは知らないが、通常の錬金道具や錬金装置はそこに備わっている錬金術を理解しなくとも、スイッチを押すや魔力を流せば、勝手に機能してくれる。

 中にも常時発動する錬金道具もあるとかウィルター様は言っていた。

 

 それに確証はないが、ミルが常に着ている茶色いローブやクラルが腰に差している白い剣は錬金道具であるか、それに近い類いの物では無いかと思っている。

 実際にあれらからは魔力を感じる。


 しかし、この勾玉の錬金道具は魔力を流しただけでは機能しない。スイッチもないし、首に書けただけでは何も起こらない。

 所謂特殊な奴だ。


 これを貰った時にウィルター様は言っていた。


 『その錬金道具は内部の機構や原理を正しく理解していないと、完全に扱うことは出来ません。今のミナト君でもかなり難解でしょう。ここを出た後、様々な錬金術に触れて知見を広めていけば自ずと扱えるようになると僕は思っています』


 つまり、今頭の中に浮かんでいる魔法陣や魔術式をきちんと理解していないと、使う事が出来ない訳だ。


 問題があるとすれば、


 「難し過ぎるだろ……」


 無意識にポロリと呟くほど、頭に映し出される魔法陣や魔術式は超難解なものである。

 複雑乖離な形状の魔法陣。

 何を表しているのか分からない超長い魔術式。


 ウィルター様から勾玉を受け取って、こうして毎日風呂場で解き続けているが、一向に分からない事が多過ぎる。


 余談だが、風呂場で説いているのはお湯にゆっくり浸かると、α波が頭の中に多く出るとウィルター様が言っていたからだ。

 このよく分からない波は大量に分泌されると思考力が上がるらしい。


 まぁ…それでも全く解読できる気配がないが。


 理由としては、錬金術の基礎を覚えることだけでも難しいからだ。

 まず錬金術を学ぶことは複数の言語を習得することと同義だ。

 そうして複数の言語によって、ミックスされ、ブレンドされたものが魔法陣や魔術式である。 

 毎日トライしているが、勾玉の言語は全く読めない。


 基礎は学んでいるが、これは基礎の遥か先にある。今の俺では、極一部の事しか分からない。


 そう極一部しか分からない。

 裏を返せば、極一部の機能は理解できて、使えるって事だ。


 だが、その極一部だけでもかなり凄い可能だと思う。他の機能も魔法陣や魔術式の解析を進めて、使えるようになりたい。

 もしかしたら、今回の盗賊の掃討に役立つかもしれない。


 新たな目標が出来た。


 今のところ最優先目標は実家に帰る。そして蒼月湖に行くことである。

 それが達成したら、優先目標は勾玉の解析だな。

 色んな錬金術や錬金道具の魔法陣や魔術式を読み込んで、知見を広めなければ。


 魔法の探求も面白いが、錬金術や魔術の探求もワクワクする。


 俺は風呂にゆったりと浸かった後、俺達冒険者組は持ってきている寝袋に入って寝た………のは俺だけであり、俺以外のミルとクラル、シルハ、ソーフの四人は二階にあるベットで寝た。

 俺は一階だ。

 女性陣と一緒に俺が同じ階で寝ることをクラルは良しとはしなかった。


 何もしねぇよ!


 そもそも…この家、シルハと母親のソーフと二人暮らしなのに、何故ベットが四つもあるんだ。

 疑問に思いながら、俺は眠りに落ちた。









 翌朝、俺達はアルアダ山地に向けて徒歩で向かった。


 盗賊の本拠地はアルアダ山地の奥に少し進んだ洞窟にある。

 ここからそう遠くない場所である。これ以上馬車で近づいたら、ばれる恐れがあると判断され、村からは徒歩で向かうことになった。


 「冒険者の方々、お気をつけてください!」

 「おう、任せろ!盗賊なんか俺達の敵じゃねぇよ!」


 ブルズエル達が村人達の声援に応える。

 出発する俺達に対して、村長をはじめ村人が総出で激励の言葉をかけてくれた。


 その中には当然、


 「お兄ちゃん!お姉ちゃん!頑張って!!」

 「頑張ってください!ミルさん、クラルさん、ミナトさん!」


 金髪のお下げを揺らしたシルハとソーフもいた。


 「おう、頑張るぜ」

 「お任せ下さい」


 シルハの応援を受けて、俺やミルは手を振った。


 しかし一番大きく手を振ったのはクラルだった。

 気のせいか、シルハを見るクラルの眼は妹を見るように穏やかだ。

 シルハは妙にクラルに懐いていたが、クラル自身もシルハのことを気に入ったのかな。


 


 アルアダ山地はそこまで険しい場所ではない。


 道は少々荒いが、街道もちゃんと通っており、そこまで危険な魔物がいるところではない。

 もっとも今は盗賊がいる危険地帯だが。


 木はほどほどに生い茂り、時々動物や低ランクの魔物が現れたりするが、襲ってくる奴は俺やクラルの魔法で瞬殺している。

 鳥のさえずりが聞こえ、風の適度に吹いているので、結構心地よい。


 二時間ほど経ったときに、一行は止まった。

 どうやら、ここから少し行った先に目的の洞窟があるそうで、


 リーダーのブルズエルが皆を集まらせる。


 「いいか…斥候のバンの話では今さっき俺達が通っていた道のその先…その道の外れに盗賊のアジトである洞窟があるとのことだ」


 俺はふと、バンの方を見ると、彼は得意げな顔をしていた。


 なるほど、アイスウルフごときにはやられたけれど、斥候としての腕は確かなようだ。

 一言多いミナトである。


 「よし、昨日の作戦通りに俺、ウルド、モンシェ、レッカ、バンが前衛で戦い、クリンズ、ノルウェル、ノルトン、ミナト、クラルさん、ミルさんが後衛を担当。この陣形で盗賊達を一網打尽にするぞ」


 俺も異論は無かったので、頷いた時だった。


 「お待ちください。今回の作戦ですが、私から提案があります」


 異論を唱える者がいた。

 それはミルだった。


 「ん?ミルさん、提案とは?」

 「この中の誰かが盗賊にわざと捕まり、捕虜として洞窟に連れられたところ際に内側から撹乱や陽動を仕掛け、外で待機している人は外側から奇襲をかける…という作戦はいかがでしょう」


 なんとミルが作戦の修正案を提示してきた。

 突然の提案に驚いたのは俺やブルズエル達だけで無く、護衛のクラルもだ。

 俺は素直に聞いてみる。


 「わざと捕まる?何のためにですか?そのまま洞窟の中に侵入して、盗賊を片っ端から倒せばいいじゃないですか」


 俺は当たり前の事を行ったつもりだった。

 ミルはくすりと笑い、


 「そうですね……貴方ならば、それも簡単になし得るでしょう。しかしその作戦であると、攫われた人が人質で使われ、最悪殺されてしまう可能性があります」


 う……確かにミルの言う通りかもしれない。

 シルハと仲良くしていたっていうニナって子やそれ以前に恐らく捕まっているであろう商隊と冒険者の人達が人質にでも取られたら、見せしめに一人ぐらい殺される場合もあるな。


 「今回は洞窟という閉鎖的な場所であるので、貴方も私達もいつもよりは十善に動けないと思います。ここは誰かが敢えて捕まることで、盗賊のアジトに潜入した後…運が良ければ捕まっている人を確認し、そのまま保護した状態で盗賊を倒す………これが私の提案です」

 「う、う~ん」

 

 ミルの提案にリーダーのブルズエルが唸る。


 「た、確かに俺達が洞窟に突撃を仕掛けたら、盗賊達を刺激して、捕まった人を殺しかねない。だから、この中の誰かが盗賊に捕まったふりをして、洞窟に潜入し、油断しているところを叩く。理にはかなっている……なぁ」

 

 ブルズエルが渋々と言った様子で賛同する。

 他の皆も考え込んだ顔で異論を言おうとはしない。


 あ、ちなみに俺は捕まる役には、なりたくないよ。

 態と、とはいえ捕まるなんて雑魚っぽい。


 「な、なぁ……待ってくれ。何か言い作戦に聞こえはするが、潜入とは言え…そもそも盗賊に捕まるって事は拘束されるって事だ。そんな状態で自力で脱出して他に捕まっている人を守りながら戦うって……かなり、いや滅茶苦茶だろ」


 ここで盾使いのウルドが異議を申し立てる。

 常識的な観点だ。


 「それが出来る人がここにいます…………ミナトさんとクラルです」

 「「………」」


 言われた俺とクラルは暫く黙り込む。

 少し経って、


 「「ええぇ?!!」」


 俺達は二人そろって声を上げる。


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